決戦2
ディーク王国の騎士団を襲う炎の竜に、ルークとエリザが騎士たちを庇いながら立ち向かう。
炎の竜の攻撃をどうにか防ぐことはできても、魔法を操る本体がこの場にいない以上、本体にダメージを与えることはできない。
エリザの頬を竜が吐いた炎がかすめる。
すんでのところで身を躱したが、これでは騎士たちを逃がすことすら難しい。
「エリザ、大丈夫か?」
ルークも苦しそうな表情をしている。
彼の言葉にエリザは頷く。
「私は大丈夫。
…でも、これじゃ埒が明かないわ。
どうして、本体は離れている筈なのに、こんなに精緻な攻撃ができるのかしら、この魔法の竜…!」
「相当の炎魔法の遣い手なんだろう。
アストリア王国の炎の将軍、多分そいつだ。噂には聞いていたが…」
その時、ぴたりと炎の竜の動きが止まった。
アストリア王国軍の先頭に立つ赤黒い髪の魔術師に、青紫色の髪の少年の姿が交錯し、眩い光が見える。
(…アルスが本体を攻撃したのか)
アルスが放つ稲妻の最上級魔法が、容赦なくローレンスに襲い掛かった。
ローレンスは盾で魔法を受けると、アルスをその鋭い目で見つめた。
「君は敵に回したくない1人なんだがな、アルス。…君もアストリア王国の家の者だ、もし今こちら側につけば、この攻撃は不問に付すし、アストリア王国軍で厚遇する。どうだ?」
アルスはローレンスへの攻撃の手を緩めない。
「お言葉ですが、ローレンス将軍。
僕は姉さんとディーク王国に味方すると決めました。僕も、将軍とは戦いたくはありませんが…」
と、ローレンスの剣を持つ手が輝きを帯びた。
「アルス、避けてっ!!」
アリシアの叫び声と同時に、アルスがローレンスの剣から放たれた魔法でバランスを崩す。
(炎の竜を発動したまま、ほかの魔法を同時に発動させて攻撃するですって?
そんなことをできる人がいるなんて…)
アリシアは、ローレンスから程近い場所で、フレデリックに腕を掴まれて動けずにいるまま、ローレンスの魔術の腕を呆然と見つめていた。
ディーク王国は明らかに劣勢だとわかるが、どうすることもできない。
アルスは一度ローレンスから距離を取って体勢を立て直すと、さらにローレンスに魔法を放つ。
ローレンスが炎の竜を発動して、その余力でアルスと対峙して、だいたい互角のようだ。
とそこに、ローレンスの背後から闇のような黒い塊りが纏わりついた。
「何だと…」
(グレン!グレンも来てくれたのね)
ローレンスが目を見開く。彼を背後から襲ったのはグレンの魔法だった。
ディーク王国の結界内の炎の竜も、その力を失うようにゆらりと揺らめく。
ルークはすかさず騎士団に大声を張り上げた。
「アストリア王国軍の行く手を遮れ!ここで食い止めるんだ」
ローレンスは顔を顰めた。
アルスがこの速さで単身で、いやこのもう1人とこちらの軍勢に乗り込んでくるとは、想定外だった。
だが…。
ローレンスの顔に、氷のような笑みが浮かぶ。
ローレンスは大きく跳躍したかと思うと、フレデリックからぐいとアリシアの腕を奪い取り、アリシアの首に剣を突きつけた。
フレデリックはローレンスに険しい顔で剣を向ける。
「ローレンス、何をする!アリシアを離せ」
フレデリックの叫びに、ローレンスは冷たく答えた。
「フレデリック様、この娘、使いものになりませんな。触れると魔力が回復するなどと、真っ赤な嘘ではありませんか。
…おい娘、俺の魔力を回復させろ。
アルスとそこのお前、俺を攻撃したら、この娘の命はない。わかったか」
「姉さん…!」
「お嬢様…」
アルスとグレンがアリシアを捕らえたローレンスに顔を歪める。
アリシアは、自分がどうすれば魔力を与えられるのか、自分でもわからなかった。
けれど、一つわかっていることがある。…この将軍には、絶対に魔力を渡してはならない。そのアリシアの思いに呼応するように、ローレンスの魔力は回復しない。
しかし、ローレンスに攻撃できないでいるアルスとグレンに、アストリア王国は優勢を強めつつあった。
炎の竜が息を吹き返し、ディーク王国の騎士団に再度襲い掛かる。
崖の上に残る枯れ木に炎が燃え移ったのか、崖の中腹までが揺らめく炎に包まれ始めた。
アストリア王国魔術師団により続く攻撃により、ディーク王国の結界に入ったひびは結界全体まで行き渡り、いつ結界が崩壊してもおかしくない状況になっている。
アストリア王国騎士団も、ディーク王国内に徐々に歩を進めていた。
誰の目からしても、ディーク王国軍には絶対絶命の状況だと言えた。
(私のせいで…)
首に食い込みそうな刃先を感じながら、アリシアは絶望感に押し潰されそうだった。
その時。
一陣の大きな風が、びゅうっと戦場を駆け抜けていった。
風向きが変わる。
炎の竜が吐き出して、崖の上で燃え盛っていた炎は、まるで意思を持ったような風に煽られて、アストリア王国軍の行く手を遮った。
風は、アストリア王国の魔術師団にも狙ったように炎を運んでくる。
「あれは、いったい…」
ローレンスが呆然と見つめる先には、目にも留まらぬ速さで、戦場を風のように駆け抜ける白銀の犬が映っていた。




