決戦1
アストリア王国軍がディーク王国との国境に向けて前進する様子を、ディーク王国側ではシリウスが魔法で映し出していた。
その様子を見ていたリュカードが呟く。
「…前回よりも兵士の数が増えているな」
ルークも口を開いた。
「ああ、そうだな。だが、陣形はこの前と同じだ。魔術師たちを騎士たちが囲むような格好をしている。
それから、アストリア王国軍が向かっている目的地も、この前と同じようだ。
あの場所からは、結界の弱点…一度空いた結界の穴を目掛けて攻撃はしやすいが、騎士団が攻撃を仕掛けてくるには、地形的に不利だ。…こちら側が切り立った崖に挟まれていて、その間しか通れる道がないから、こちらは守りやすいが、向こうは攻めづらい。なのに、なぜ、兵士数を増やしてここを狙う…?」
シリウスも続けた。
「魔術師も、騎士の数も大分増えているようですね。
アストリア王国はこれほどの兵士数を擁していたとは…。
確かに、我が国に総攻撃をかけるなら、国境沿いの山が途切れた平地部分から狙う方が攻めやすいのでしょうが、そちらには兵力を分散させてはいないようです」
前回は、ディーク王国の3倍ほどだったアストリア王国軍の兵士数は、今回は一見するだけで5、6倍はあるだろうか。
リュカードは嘆息せざるを得なかった。
(…相当厳しい戦いになるな。
今回は前回と異なりアルスがディーク王国軍側にいるが、アリシアはアストリア王国軍側だ。彼女の魔力なしに敵軍を防ぎきることができるのか…)
そして、ディーク王国の筆頭魔術師として、国を守る者として、私情は後回しにしなければならないと自覚しつつも、シリウスの映し出す画像の一点を、どうしても視線が追い掛けてしまう。
(アリシア…)
どれほど、その姿を見たいと思っただろう。夢で見るほど、彼女に会いたくて、その声が聞きたくて、堪らなかった。
…その彼女は、今はアストリア王国軍で、美しいアストリア王国の皇太子に庇われるようにしている。俯いたその顔からは、表情を読み取ることができない。
彼女をまたこの腕に抱き締めることはできるのだろうか。
…彼女は、俺を思い出してくれるのだろうか。
***
アストリア王国軍では、フレデリックがアリシアの側にぴったりと寄り添っている。
フレデリックは、一言も言葉を発せずに横で俯くアリシアを気遣っていた。
フレデリックは、先日行われた進軍に関する最終会議を思い返していた。
「…ディーク王国軍を殲滅するだと?
そんな話は聞いていない。結界の破壊だけをするはずでは…」
呆然としたフレデリックに、ローレンスが怜悧な笑いを浮かべる。
「皇太子殿下。国王陛下は、この機会を逃さずにディーク王国を征服するおつもりです。前回の戦いで、概ね相手軍の規模は掴んでおります。いくら精鋭揃いであったとしても、我が国の敵ではないでしょう。…ディーク王国軍に、魔力の供給源でもない限りは」
(その事実を知れば、アリシアは決して戦の場に出向くことはないだろう。
そうすれば、アリシアは私の婚約者ではなくなり、…私は、彼女を失う)
蒼白になったフレデリックに気づいたのか、ローレンスはまたも薄く笑んで続けた。
「アリシア様は、何でもディーク王国にいる間、ディーク王国の筆頭魔術師と懇意にされていたとか。今は記憶を失くされているようですが、皇太子殿下にとっても、邪魔者は排除しておいた方がよろしいかと。
…それに、アリシア様には、特に今回の戦に協力していただく必要はございません。ディーク王国軍に魔力を与えるようなことさえしなければ、それでいい。フレデリック様は、そのようなことがないようアリシア様を見張っていてくだされば結構です」
フレデリックは目を瞠る。
「何だと。本当にそれで構わないのか…?」
ローレンスは頷く。
「ええ。
戦は結果がすべて。たとえアリシア様がアストリア王国軍に魔力を供給しなくとも、戦に協力する体で戦の場に赴いていただいた上で、この戦に勝利しさえすればよいのです。そうすれば、彼女の皇太子殿下の婚約者としての地位も保たれるでしょう。
ディーク王国軍側には結界があるにせよ、敵軍は我が国の兵力と比べれば雲泥の差です。アリシア様による魔力の補給が敵方になされない今回は、一気に叩くことも難しくない」
フレデリックは息を吐いた。
かろうじて、希望の光が見える。アリシアを騙すようなことになるが、方法はこれしかない。
「…承知した」
フレデリックの言葉に、ローレンスの目が光った。
***
アストリア王国軍の進軍は速かった。
前回よりも増強された魔術師団の魔術師たちが、一斉に結界に攻撃を放つ。
リュカードは結界を内側から守りながら、同様に結界を補強するシリウスと目を見合わせた。
…このままでは、長くは持たない。
アルスも結界の防御に回したら、ここまで厳しい状況にはならなかったかもしれない。
けれど、アルスにはグレンと共にアリシアの元へ向かわせている。
ある意味で、アリシアもこの戦の鍵だった。
彼女がアストリア王国軍を支援したら、それこそディーク王国軍に勝ち目はない。
できるだけ早く、彼女の記憶を取り戻して、こちらに連れ戻す、その必要があった。
リュカードの顔から汗が滴り落ちる。
結界の防御に当たれるほど魔力の強い魔術師は多くはない。
その他の魔術師は、アストリア王国の魔術師団を狙って攻撃を放つが、アストリア王国側でも敵軍を覆う小規模な結界を既に張っているのか、ダメージを与えている様子はなかった。
騎士団は、崖の上に待機していた。もしアストリア王国軍の騎士たちが近付けば、ディーク王国に続く細い道の両脇にある崖上から敵軍を狙うことができる。
(くっ…)
アストリア王国軍の魔法による結界への攻撃が弱まることはない。
そこに、ぴしりと結界に大きな割れ目が走った。
「しまった…!」
リュカードが頭上を見上げると、結界のひび割れはどんどんと広がり、はじめに亀裂が入った箇所がバリッと大きく弾けとんだ。
結界の割れた隙間からは、魔物とともに、大きな炎の竜がするりと結界内に滑り込む。
(これは、操れる者がほとんどいないと言われる、炎の最上級魔法…)
そして、炎の竜は、崖上に待機していたディーク王国軍の兵士たちに大きな炎を吐いて襲い掛かる。
「ルーク!!」
リュカードが炎の竜が向かった国境の崖側に目をやると、崖上で炎を受け、散り散りになるディーク王国の騎士団を尻目に、国境の向こう側からアストリア王国の騎士団が一斉に流れ込んで来た。
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