真の狙い
ノアの言葉に返事をしかねて戸惑っている私のことを、ノアはその澄んだオレンジ色の瞳でじっと見つめている。
(この子は私の味方なのかしら。…それとも、敵?)
どちらでもない、それが答えのような気もするけれど、それならなぜ、私に命の警告などするのだろう。
…ただ、彼の言葉からは、私の記憶のない間に、カーグ家での私の立場に関して、命の危険を感じさせるような出来事が起きているのだと感じられた。
私がフレデリック様の婚約者になったことで激昂するキャロラインお姉様の顔も思い浮かぶ。彼の言葉は、嘘ではないだろう。
私はようやくノアに口を開いた。
「…ノア、ご忠告ありがとう。
ねえ、ノアはなぜ私に、わざわざそんなことを言いに来てくれたの?」
ノアは可愛らしく首を傾げた。
首のチョーカーについた赤い宝石がきらりと輝く。
「うーん、昔のお礼かな。
昔ね、お姉ちゃんに優しくしてもらったことがあるんだ、僕。
…それに、お姉ちゃんの仲間が来ても、お姉ちゃんに会わせる訳にはいかないしね。
もう、この前のような失敗はしないから。
…あ、僕そろそろ行かなくちゃ」
最後にノアは私ににこりと微笑むと、
「じゃあね、お姉ちゃん」
と、バルコニーから飛び降りて去って行った。
私はノアの背中を、ただ動くこともできずに見つめていた。
***
「…アルス様、こちらです」
グレンがアルスを手引きして、王宮内に入り込もうとした時、すっと目の前に銀髪の男の子が現れた。グレンたちの行く手を阻むように立ちはだかっている。
グレンが声を潜めつつアルスに伝える。
「アルス様、彼は、アリシア様を連れ去った幼い少年です。…お話したように、前回王宮に潜入した時は、彼に襲われかけました」
アルスは、ああと軽く頷くと、魔術の発動の準備をして彼に向かっていく。
男の子は、現れた場所から微動だにしない。アルスにもグレンにも負ける筈などない、そんな余裕が感じられるほどだ。
3人の距離が手が届くほどに縮まった時、彼は口を開いた。
「もう、お姉ちゃんに君たちを近付ける訳にはいかないんだ。…大人しく帰ってくれる?
君たち自身が狙われていることに、気付いてる?君たちの行動なんて、とっくに読まれているよ。
…何より、君たちが捕まりでもしたら、アリシアお姉ちゃんの立場が悪くなるんだ。
1つ、いいことを教えてあげる。
君たち、近いうちにきっと、お姉ちゃんに会うことになる。
その時に備えておいた方がいいんじゃない?」
そう言うと、男の子はオレンジ色の瞳を光らせ、手を前にかざした。
(これは、第一級魔法…!)
アルスとグレンは目を見交わすと、それぞれ身を翻した。
アルスがグレンに告げる。
「いったん退がるぞ」
グレンは目で頷き、アルスと共に王宮を脱出した。
アルスは唇を噛んだ。
(姉さんの記憶を戻すことが先決かと思ったけれど、これは一筋縄ではいかない。
アリシア姉さんの立場を危うくすることにでもなれば、本末転倒だ。
けれど、あの少年は…。なぜ、忠告めいたことを僕たちに告げたのだろう)
アルスは最後に一回王宮を振り返ると、アリシアの身を案じながらグレンと王宮を後にした。
***
炎の将軍ローレンスは、アルスとグレンの後ろ姿を映し出した魔術のスクリーンを掻き消すと、不敵に笑んだ。
(まあ、あのような者たちはどうでもよい。
それにアリシアと言ったか、あんな小娘の力を借りるまでもない。
…俺の力だけで、十分だ)
国王陛下は、皇太子たちを下がらせてから、ローレンスに伝えていた。
次回ディーク王国に攻め入った時には、ディーク王国軍を殲滅せよ、と。
結界の破壊のみが目的と皇太子には告げていたが、本来の目的はそうではない。
前回の戦で、おおよそのディーク王国の戦力は把握済みだ。それに、前回は結界の破壊のみを目的にしたから、ディーク王国軍は多少油断している可能性もある。
(…次の戦が楽しみだ)
ローレンスは立ち上がると、その整った顔に薄く冷たい笑みを浮かべた。




