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記憶の片鱗

俯いたまま黙ってしまった私の頭を、フレデリック様は優しく撫でた。

もう片方の腕は、まだ私に回したまま。

そして、長い指先がさらりと私の髪を梳いていく。


「…アリシア」


私の名前を呟くと、フレデリック様は片手で私の顎をそっと持ち上げ、その完璧なまでに整った美しい顔を私に近付けてきた。


「…!」


フレデリック様の唇が私の唇に触れそうな距離に近付いたとき、思わず私は顔を背けてしまった。

反射的に動いてしまった自分に、自分でも驚いたのだけれど。


フレデリック様は一瞬固まったようだったけれど、諦めたように私の髪に唇を落とすと、耳元で囁いた。


「ねえ、アリシア。アリシアは、私のことが嫌いかな?」


私はゆっくりと首を振る。

しばらく口を噤んでから、ようやく声を絞り出した。


「…いいえ、そのようなことは。

フレデリック様は、私にはもったいないお方です。けれど…」


フレデリック様は、皇太子であるのに加え、魔術の腕もさることながら、その美貌は女性たちの羨望の的だ。

これほど美しい顔に至近距離で見つめられて、心臓が跳ねない女性はきっとどこを探してもいないだろうと思う。


そのうえ、彼は皇太子という地位を振りかざすこともなく、この上なく優しく、私を大切にしてくださっている。

だから、私などにはもったいないお方だと思っていること、それは本心だ。


…でも。

キャロラインお姉様の、私を見つめる冷たい視線を思い出す。

私がフレデリック皇太子様の婚約者候補になったと知ってから、お姉様からは笑顔が消え、私が慕っていたお姉様はいなくなってしまった。

綺麗で誇り高く努力家で、自慢の姉だったのに。


あの時、お姉様が私に向けた嫉妬の裏側にある、フレデリック様への熱情。それと同じような熱量を私もフレデリック様に感じているのかというと、それは否定せざるを得なかった。


フレデリック様を悲しませたくない、その気持ちは嘘ではない。

けれど、思わず私が顔を背けてしまったのは、理屈ではなく、自分でも思うようにコントロールできない感情によるものだった。


私は腕に力を込めて、フレデリック様の胸を押し、少し距離を取る。


「フレデリック様。…先ほど国王陛下も仰っていたように、私はフレデリック様の婚約者ではなくなるかもしれません。

…どうか、今はご容赦くださいませ」


フレデリック様は一瞬悲しげな視線を私に向けたけれど、すぐに微笑んで、すまないと頷いてくれた。



…私は、胸元のアイオライトのペンダントにそっと触れる。

このペンダントの美しい菫色を見る度に、心の奥がずくりとするような切なさを感じる。

その理由を、思い出すことのできる日は来るのだろうか。


***

「アリシアの記憶が、なくなっているだと…?」


グレンがアストリア王国の王宮に忍び込み、アリシアに会った時の様子を伝えると、リュカードは呆然と呟いた。


グレンの報告を共有するため、今はリュカード邸の一室に、リュカード、ルーク、シリウス、エリザ、ザイオン、グレン、そしてアルスが集っている。



アルスはディーク王国に来た際、グレンへの取り次ぎを依頼する前に、すぐにリュカードの屋敷に迎えられていた。

アルスは、敵方だった自分があっさりと受け入れられたことに驚いたものの、リュカードが、アリシアから最後に魔力を分け与えられた際、大切な弟だというメッセージを受けていたと聞いて納得した。

アルス自身も、アリシアから魔力を受け取ったときに、リュカードやディーク王国に対して大切に思う気持ちが伝わってきたからだ。


そして、ヴェントゥスは、アリシアが連れ去られたのと同時に姿を消していた。



グレンは、リュカードの言葉に頷く。


「アリシアお嬢様は、魔術試験で魔術が使えないとわかったところまでの記憶はあるようですが、その後の記憶が抜け落ちていらっしゃるようです。…カーグ家を追放されたことも、ディーク王国に来たことも覚えていらっしゃらず、気付いたら王宮のベッドの上だったようなのです。


…ただ。私が王宮で襲われかけたとき、お嬢様自身も無意識のようでしたが、私を庇うために魔具を使用していらっしゃいました。…今は思い出せないようですが、記憶を完全に失っている、例えば何者かに記憶を封印されたなどという訳ではないように思われます」


シリウスが、グレンの言葉に思案顔で口を開いた。


「…記憶がなくなっているのなら、アリシア様からの連絡がないことも理解できますね。もし囚われているのなら、我々に魔具で救出を依頼するメッセージを送ってくるか、あるいは王宮で保護されているにせよ、何らかの連絡が来るものと思っていましたが、それがないことに疑問を覚えていました。

…アルス様に先日伺って、彼女がアストリア王国皇太子の婚約者となったことはわかりましたが、とすると、これからディーク王国とは敵対するおつもりなのでしょうか?」


グレンは首を振る。

「お嬢様ご自身が、それを判断する材料である記憶を失っているため、何とも言えませんが、お嬢様は真実を知りたいと仰っていました。…もし記憶が戻られれば、必ずお戻りになると思います」


アルスはグレンの言葉に頷く。

「アリシア姉さんから最後に魔力を与えてもらったとき、姉さんがカーグ家を追放されて、ディーク王国に来てからの記憶や思いを、まるで自分が体験するかのように感じました。どれほど、このディーク王国を大切に思っているかも。姉さんに記憶が戻れば、間違いなくディーク王国を支援するはずです」


シリウスの瞳がきらりと光る。

「アルス様も、アリシア様の記憶を見たのですね。私も魔力をいただいた際に、見たのですが…。

あまりに鮮明な記憶ではありませんでしたか?」

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