炎の将軍
「父上、それはあまりに酷いのではないでしょうか…!
アリシアは、先日ようやく目を覚ましたばかり。それを、いきなり戦に参加せよなどと…」
フレデリック様が必死に国王陛下に言い募ってくださったが、国王はフレデリック様に冷たく言い放った。
「アリシアが類稀な魔力の持ち主だと言ったのは、フレデリック、そなたであろう?
…ディーク王国の結界の破壊には、我が国の魔術師団が全力でかかっても、困難を極めるほどの魔力が必要だ。アリシアの魔力を証明するには、まさにうってつけの機会ではないか。
それから、ディーク王国への総指揮は、彼に任せる。
…ローレンス、ここへ」
「はっ」
国王の言葉を受け進み出てきたのは、浅黒い肌に暗い赤髪の、鷲のように鋭い目をした男性だった。整った顔には威圧するような迫力がある。
(この人は、炎の将軍…)
アストリア王国の筆頭魔術師にして、冷酷無慈悲と噂に聞く、剣技にも長けた将軍。その強力な炎魔法と、地獄の業火のような暗く燃えるような赤髪で、炎の将軍との2つ名が付いている。
無表情な彫りの深い顔には、冷たさが滲み出ているように見えた。
「ローレンス、お前はアストリア王国軍を指揮し、ディーク王国の結界を破壊せよ。フレデリックは、次の戦では彼の指示に従え。これ以上の申し開きは許さん。
…前回は結界の破壊を進言したカーグ家のヘンリーに指揮を取らせたが、失敗したからな。
アリシア、そなたはカーグ家の失敗の分まで取り返せ。そうすれば、前回のそなたの家の失敗も不問にしてやる」
(前回の戦のことすら記憶にないからわからないけれど、前回はお父様が指揮していたのね…。そして、今回は私に結界の破壊を手助けしろと…)
私は返事をすることもできず、ただ俯いていることしかできなかった。
***
「すまない、アリシア。君を、戦いに巻き込みたくはなかったのだが…」
フレデリック様は、先ほどの国王陛下との謁見後、私を送ってくださるついでに、そのまま私の部屋へと立ち寄っていた。
「おや、その犬は?」
部屋でベッド脇に蹲っている白銀の犬を見て、フレデリック様が尋ねた。
私を助けてくれたこの子は、今は私の部屋で過ごしている。まるで私を以前から知っているかのように懐いてくれて、私も一緒にいて居心地がよかった。
「この子はこの前、私を黄色い蠍から助けてくれた犬です」
「君を守れていないことばかりだな…。
ああ、そのことは兵士から聞いているよ。犬が蠍からアリシアを庇い、助けたと」
苦々しい表情のフレデリック様に、ところでと私は尋ねた。
「…フレデリック様。フレデリック様は、本当にこの戦が、ディーク王国の結界の破壊が必要だとお考えですか?」
フレデリック様は、国民を大切に考えるお方だと、私は思う。無用な戦を望むような方ではない筈だ。
フレデリック様は少し考えてから口を開いた。
「ディーク王国が結界を張ったのは、元々は魔物から自国を守るためだろう。それに関しては、みだりに結界を破壊したいとは思わない。
しかしね、アリシア。国と国との力関係は、微妙なバランスの上で成り立っているんだ。ディーク王国が結界を張れば、その分、我が国に対しても防御力を強化したことになる。それをみすみす放置してよいのか、という問題もあるのだよ。
ディーク王国と我が国とは長らく中立の関係を保ってきたが、前回はこちらから攻撃を仕掛けていることもあり、当然、両国の関係は悪化している。そのような状態で、以前よりも相手国の方が相対的有利になるのを避けたい、そういう認識もあるんだ」
「…。友好的に、両国が手を結ぶということは?」
フレデリック様はしばし口を噤んだ。
「…ああ。私も、できることならそれが望ましいという気持ちはあるのだが。
私の知らないところで、ディーク王国をアストリア王国の属国にするための動きが既にある。それは、私の手の届かないところにあり、国の頂点に立つ国王の意向からも、私には如何ともし難い。
それとね…」
苦しそうな、そして切なげな熱い目が、美しい顔から私を覗き込む。
「アリシアに私の婚約者でいてもらうためには、次の戦いに勝利しなければならないから。
…このようなことになって、私の力不足ですまない。
でも、私は君をどうしても失いたくない。
君を失って、君が目の前からいなくなってしまうのが、怖いんだ」
そして、私の存在を確かめるかのように、フレデリック様は強く私を抱き締めた。
けれど、私は彼の熱い視線を受け止めることができずに、ただただ俯いていた。




