国王の言葉
私を襲ってきた黄色い蠍を涼しい顔で退治した白銀の犬は、私の足元に擦り寄ってきた。
「助けてくれて、ありがとう。
…あなたのお陰ね」
かがみ込んでその頭を撫でると、美しい犬は目を細めて尻尾を振った。
まだ幼さの残る顔立ちだけれど、大型犬なのだろうか、身体はかなりしっかりとしている。賢そうな金色の瞳は澄んでいて、凛とした雰囲気を醸し出していた。
(…あら?)
先ほどの黄色い蠍をこの犬が吐き捨てた辺りの繁みに目をやる。
よく見ると、そこには、他にも蠍や蛇、毒のある虫型の魔物など、小型の魔物の死骸が散らばっていた。
私は自室のバルコニーを見上げる。
ここはその真下だ。背筋がぞわりと寒くなった。
(この魔物たちは、もしかすると私を狙うために…。
この子は、私を守っていてくれていたのかしら)
警備兵が青白い顔で私に話し掛ける。
「私共がついていながら、申し訳ありません。
この犬がいなかったら、アリシア様が蠍に襲われていたところでした。
…その犬は随分アリシア様に馴れているようですが、アリシア様の飼い犬ですか?」
私は首を振る。
「いいえ。けれど…」
私はその子を抱き上げる。
随分と重かったけれど、何だか抱き上げたいと思った。その身体はとても温かく、なぜだか私が感じたとおり、まったく嫌がる気配がなかった。
「私と一緒に来てもらっても、いいかしら?」
その子は、金色の丸い目を輝かせ、了承するように私の口元をペロリと舐めた。
***
アストリア王国の国王陛下に、フレデリック様と一緒に呼び出されたのは、それから間もない日のことだった。
国王陛下は、開口一番に私に告げた。
「そなたには、魔術の能力がないことが先日の魔術試験でわかっている。
…このアストリア王国で魔術の才能がない者は、貴族位を維持することすら難しい。
それを、そなたは、魔法が使えないにもかかわらず、フレデリックのたっての願いでフレデリックの婚約者に据えた。
そのことは、当然理解しておるな?」
「父上!アリシアは優れた魔力を持つ身。そのような言い方をなさるのは…」
フレデリック様が横から青ざめた顔で国王陛下を諫めてくださったけれど、国王陛下はフレデリック様を冷たく一瞥すると、続けた。
「魔力があろうと、役に立たなければ意味がない。
特に、皇太子の婚約者ともなれば、いずれこの国の世継ぎを生む身。その能力が証明できねば、そのような重責を預ける資格はない」
「父上!」
フレデリック様が口を挟もうとするのを許さず、国王陛下は強い口調で続けた。
「そなたの能力は非凡なものだという。…溢れんばかりの魔力を分け与えられるというが、それを証明してもらおうではないか。
近いうちに、ディーク王国に攻め入る予定だ。
…攻め入るとはいっても、この国の民の血を無駄に流したくはないのでな。この前に一度失敗した、ディーク王国の結界をまずは破壊することを目的にする。
そなたが本当にそれほどの魔力があるなら、簡単に結界を破壊できるだろう。我が国の魔術師団と、かの国の魔術師団では規模がまったく異なる。我が国の魔術師団が結界に総攻撃をかけるとき、そなたは我が軍に魔力を補充せよ」
国王陛下の言葉を聞いて、また頭の芯の方が痛み出した。
いくら自国軍の被害を抑えようとしているとはいえ、他国に攻め入るとなれば、血が流れるのは避けられない。
そのようなことをしたくはない、その気持ちが大きい。
そして。
(…結界)
その言葉を国王が発する度に、何かが頭の奥で揺れるような目眩を覚えた。
硬い表情のまま固まっている私に、そこで国王は初めて笑いかけた。怜悧な笑顔だ。
「晴れてディーク王国の結界を破壊できれば、そなたをフレデリックの婚約者と認め、早々に婚姻を結ぶことを許可しよう。
しかし…もし失敗したならば、そなたからはフレデリックの婚約者の地位を剥奪する」




