再会
ある晴れた気持ちのよい日。
私は、滞在している王宮内の庭園を散策していた。
フレデリック様の婚約者という立場もあり、王宮内に部屋が与えられ、何不自由ない生活をさせてもらっている。
それは、とても有難いと思っている。
…けれど、もう意識が戻って時間も経っているというのに、何か大切なものが記憶から抜け落ちていて、それがまだ思い出せないことに、私は焦燥感を募らせていた。
庭園の中庭の噴水の脇に、花壇に囲まれたベンチがある。
そこは初めてフレデリック様に会った場所だった。私が抱えていた、私には難し過ぎる魔術書について優しく説明してくださったのも、その場所でだった。
今の私には、思い出せることをなぞるしかない。
(…昔のことは、思い出せるのに)
そうぼんやりと考えながらベンチに近付くと、珍しく、今日は先客がいた。
小さな男の子が、足をぶらぶらとさせてベンチに腰掛けている。
(誰かを待っているのかしら)
幼い頃、私も父上の仕事が終わるのを待って、ここで魔術書を開いていた。
何だか懐かしく感じて、ベンチに座る男の子を見ると、彼が私を手招きしていた。
人懐こい子供のようだ。
招かれるままに、私は彼の隣に腰を下ろす。
男の子はあどけない笑顔を見せると、私に話しかけてきた。
「こんにちは、お姉ちゃん」
私も彼に微笑んだ。
「こんにちは。ここで何をしているの?」
「あのね、人を待っているんだ」
「そうなの。ちゃんと1人で待っていられて、偉いわね」
「うん!」
にこにこと細められるオレンジ色の瞳は愛らしく、銀色の髪の毛は陽の光に透けていた。
噴水の水飛沫が風にあおられて、それが陽に照らされて輝いている。
花壇の花も鮮やかに咲き誇っていて、とても綺麗だった。
「お天気もよくて、綺麗ねえ」
男の子に笑い掛けると、男の子は笑顔で頷いてから、少し俯いた。
「お母さんにも、見せてあげたいなあ。
…お母さん、身体が弱くてあまり外に出られないんだ」
男の子は寂しそうな様子をしている。
母親思いの優しい子だ。このくらいの年頃だ、きっと甘えたい盛りだろうに、きっと母を気遣って我慢しているところがあるのだろう。
「そうなの。…お母さん、早くよくなるといいわね」
私の言葉ににこりと頷くと、男の子は、ちょこんと私の方に身体をずらすように近づいて、私にその肩を持たせかけた。
「ねえ、お姉ちゃん。
お姉ちゃん、あったかいね。ちょっとだけ、僕のお母さんと似てる」
「ふふ、そうかしら?」
甘える男の子をにこりと見下ろす。
…可愛い。母性本能がくすぐられるような可愛らしさだ。
首には赤い宝石のついた金のチョーカーをしている。
男の子の頭を撫でると、目を細めてふわりと笑った。
そして何かに気づいたように視線を走らせた。
「…あっ、待っていた人がそろそろ来たみたい」
男の子はベンチからぴょんと飛び降りると、噴水の向こう側を見つめた。
そこから現れた人影は。
「アリシアお嬢様!
…よかった、ご無事で」
私は驚いて目を見開いた。
「…グレン?
なぜ、こんなところに」
男の子の待っていた人というのは、グレンだったのだろうか。
男の子を振り返ると、男の子はグレンの姿をじっと見つめ、その手は強く発光していた。
(…これは、まさか)
「グレン、危ない!」
男の子に私が被さるように倒れると、男の子の手を離れた光の玉はグレンから逸れて飛んでいった。
男の子の手は再度輝きを帯びる。
グレンは慌てて距離を取ったけれど、男の子の手からは既に魔法が放たれていた。
(…!)
私は咄嗟に何かを取り出すと、その魔法に向けて弾を放った。
魔法は弾に吸い込まれるように、その光を消した。
男の子は驚いたように目を見開き、ぽつりと呟いた。
「そうか、まだ、記憶が残っていたんだね…」
何が起こったのかわからずに茫然と彼を見つめる私に、男の子は
「またね」
と手をひらひらと振ると、すうっと消えてしまった。
グレンが慌てて近づいてくる。
「お嬢様、お怪我はありませんか?
また、お嬢様に助けていただきましたね。
ありがとうございます」
グレンは素早く周囲を見回すと、声を潜めた。
「…アリシアお嬢様のことを、リュカード様たちがディーク王国でお待ちです。
ですが、お嬢様は、フレデリック皇太子の婚約者になられたとのこと。
お嬢様は、どうなさりたいですか?」
グレンは私を気遣うような視線で私を見守っている。
「リュカード様…?リュカード様って、いったいどなた?」
「…!」
グレンは一瞬言葉を失ったようだった。
「アリシアお嬢様、記憶を失くされていらっしゃるのでしょうか。
魔具は使えているのに…」
私は、手に持ったままの銃型のものを見つめた。
目覚めてから、これは何だろうと思っていたけれど、さっき、私はこれを使えていた。
私は使い方を知っているのだろうか。
リュカード様とは、誰なのだろう。
その言葉の響きを聞くだけで、どこか胸が締め付けられるような感覚があった。
そう思ったとき、また頭がずきずきと痛み出した。




