2度目の目覚め
謎の少年とアリシアの姿が消えた後も、ディーク王国の結界に入ったひびは大きくなっていた。
穴の空いた箇所から、ひびは放射線状に広がって来ている。アストリア王国側は、結界への魔術での総攻撃をかけてきたようだ。
リュカードとシリウスは目を見合わせて頷くと、手を結界にかざした。
みるみるうちに結界は修復されていく。
その様子をアストリア王国軍側で見ていたキャロラインは口を開いた。
「お父様。アルスもこの状態ですし、分が悪くなってしまいましたね。
1つは狙いを果たしましたし、この辺りが潮時でしょうか」
「…そうだな」
魔術師たちに目で合図し、撤退を告げる。
ディーク王国側では、アストリア王国軍が撤退するのを見届けていた。
魔術での攻防戦は激しかったが、結界を対象とするものだったので、死傷者は1人も出さずに済んだ。
「リュカード様…」
ザイオンが話しかける。
「先ほどは私の判断で、アリシアの命を助けることを選びました。
…けれど、アリシアがどこに連れ去られたのかはわかりません。アリシアの魔力が敵方に利用されれば、このディーク王国を危険に晒すかもしれない。それを考えれば、この国のためには、得体の知れない者にアリシアを渡すべきではなかったかもしれませんが…」
リュカードは首を振った。
「いや、俺がお前でも同じ判断をした。
さっきシリウスと俺でこの結界を修復して持ち直すことができたのは、アリシアが魔力を魔具の弾に込めて渡してくれたお陰だ。そして…」
リュカードはいったん口を噤む。
(さっき、見えたのは)
アリシアから、自分の魔力を全快させるほどの魔力が込められた弾を撃ち込まれたとき。
まるで走馬灯のように、アリシアの感情が、自分との思い出が、アリシアの視点で流れ込んできたのだ。
そして、最後に込められていたメッセージは、
「結界を、ディーク王国を守ってください」
だった。
きっと、シリウスも同じだろう。結界を維持するための要となるシリウスと自分に、最後、とっさの判断で魔力を弾に込めて渡したのだろう。
そして、弟のアルスに残りの魔力は渡すことと、今までの感謝と別れの挨拶も。
(絶対に、探し出す。
アリシア、今は君が生きていてくれる、それだけで十分だ。
すぐに見付けるから、それまで待っていてくれ)
リュカードは、震えを抑えるかのように、ぎゅっと右手を握り締めた。
***
(ここは、どこかしら)
目を覚ますと、私はふかふかのベッドに寝かされていた。
頭がずきずきと痛んでいる。
(…?)
左手が、なぜか温かい。
不思議に思って上半身を起こすと、私の左手に手を重ねて、ベッドの脇で眠っている美しい男性の姿があった。
男性の顔を見つめる。
白磁のような肌に、類を見ないほど整った目鼻立ち。艶のある深い金色の髪が美しい顔を縁取り、長い睫毛が陽に透けて、白い肌に淡い影を落としていた。
しばらく見つめていると、その男性は私の視線に気づいたかのようにゆっくりと目を開く。深い海の色のような澄んだ青色の目と、視線が合った。
「アリシア…?目を覚ましたのかい」
男性はふわりと優しく私を抱き締めた。
こういうことが前にもあったような気がするけれど、思い出せない。
「フレデリック様…?」
「ああ、そうだよ」
フレデリック様はその美しい顔を優しく綻ばせた。
「私、大分長いこと眠っていたのでしょうか」
「ああ、丸5日だよ。アリシアが目覚めてくれて、本当によかった。…心の底から心配したよ」
私は驚きで目を見開く。
「まあ、丸5日も…!
アストリア王国の皇太子様のようなお忙しい方のお時間をいただいてしまって、すみませんでした。
それに、あの…」
私は少し俯くと、口を開いた。
「もうご存知かもしれませんが、私、魔術試験で、魔術がまったく使えないことがわかったのです。
…なので、魔術の才能が認められればフレデリック様の婚約者になるかもしれないと、婚約者の席も空けていただいていましたが、相応しくないことがわかりました。
…きっと、私はカーグ家も追われるでしょう。皇太子様にお声を掛けていただけるような立場にないのに、このように側についていていただいたなんて、申し訳ありません」
私の言葉を聞いてはっと驚いたようにしたフレデリック様は、少し目を細めた。
「カーグ家を追われるかもと言っていたが、君は、なぜそのように思うんだい?
そして、君が今まで何をしていたか、覚えている?」
私は首を傾げた。
頭にもやがかかったかのように、記憶がぼんやりとしている。
「…。
魔術試験を終えて、自分に魔法が使えないと知って、失意に沈んで帰りの馬車に乗ったところまでは覚えているのですが、その後の記憶がなくて…。
アストリア王国の貴族は、フレデリック様もよくご存知のとおり、魔術の才能で家格が決まります。ですから、私のような者はカーグ家には不要と追い出されるでしょう。
…もしかして、私は、そのままショックで寝込んでしまったのでしょうか」
フレデリック様は少し思案顔になってから、私を労るように、それは美しい微笑みを浮かべた。
「君ほどの魔力の持ち主が魔術が使えなかったなんて、それはショックを受けて当然だよ。辛い思いをしたね。それに、君は昔からよく、魔術が使えるようになった時のためにと、魔術の勉強をしていたのだから、君の失望は理解できる。しばらく、ゆっくり静養するといい。
ああ、それからね。君はカーグ家を追われることはない。君は、魔術は使えない代わりに、2人と見ないような膨大な魔力を持ち、それを魔術師に分け与えられることがわかったんだ。これは、魔術の能力がただ高いよりもよほど優れた、天に与えられた才能だ」
「そんな才能が、本当に私に…?」
「ああ、そうだよ。今も君に触れているだけで、溢れるような魔力が流れ込んでくるようだ。
…君は、その能力も認められて、私の婚約者に決まったよ」
私は驚いて目を見開いた。
「…!私が、フレデリック様の婚約者に?」
「ああ。これからもよろしくね、アリシア」
そう言うと、フレデリック様は、その神々しいような美貌を私の顔に頬擦りするように近付けると、私の髪に顔を埋め、
「おかえり、アリシア」
と呟いた。
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