未来の選択肢
結界の一部が粉々に砕けたとき、アリシアの目は、結界に空いた穴は映していなかった。
その穴の向こう側で、アルスが真っ青な顔で崩れ落ちる様が瞳いっぱいに映っていた。
(魔力切れだわ。このままでは、アルスが死んでしまう…!)
そして、アルスの脇にいるもう1人の顔も目に映った。
(お父様…!)
アルスはカーグ家の跡取り。何よりも家のことを優先するお父様が、どうして、こうなるとわかっていたのにアルスの暴走を止めなかったのか。
…しかし、アリシアは、父の口元に薄く、そして勝ち誇ったような笑みが浮かぶのを見た瞬間に、すべてを理解した。
(ああ、お父様。すべてが、お父様の狙い通りですね。
…お父様は、私がこれからしようとしていることまでわかっている)
アリシアは、自分が今何をすべきかを完全に理解した。
迷いなく魔具を取り出す。
(最後に、3つの弾を)
1つは、シリウスに。
もう1つは、リュカードに。
そして最後に…
「お嬢様!」
「アリシア!」
グレンとザイオンがアリシアを止めようとするより少しだけ早く、アリシアはアルスに弾を放った。
ありったけの魔力を込めて。
***
「くそっ、間に合わなかった…」
僕の絞り出すような言葉に、ルーク様が振り向く。
「ザイオン?」
「アリシアが…!」
グレンが血の気のないアリシアの身体を支える。
リュカード様が血相を変えてアリシアに走り寄り、アリシアの手を握った。
「手が、冷え始めている…」
リュカード様が絶望の色を滲ませて呟く。
さっき、いくつかの未来を見た。
1つは、アリシアの弟が魔力切れを起こして息絶える未来。
さっきアリシアを止めるのが間に合っていたら、この未来があった。
けれど、絶望に泣き崩れるアリシアも同時に見えてしまい、一瞬ためらって、アリシアを止めるのが遅れてしまった。
…これが、命取りになった。
ほかに、今選べる未来は。
魔力を補給できる人物は、アリシアのほかにディーク王国にはいない。
エリザもアリシアに似て強い魔力を持つが、魔力を分け与えることはできない。
…どうすればいい。
目の前に見えるいくつもの選択肢の分岐の先には、アリシアの魔力が切れ、このまま冷たくなってしまう未来ばかりが浮かぶ。
その時。
もう1つの選択肢がすっと目の前に浮かんだ。
そして、その選択肢の未来の向こう側から、僕に話しかけてきたのだ。
「ねえ、聞こえるでしょう?ぼくの声が。
ぼくならアリシアを助けてあげられるから、その代わりアリシアを貸してくれないかな?
返してあげられるかは、わからないけれどね…」
(あんたは、誰だ?)
未来から話しかけられたことなど、今まで一度もない。いったい、これは何者なのだ。
背筋がすっと冷える。
その声が笑う気配がする。
「あなたなら、見えるでしょう?この先の未来が。
だから、ちょっと協力してくれないかな。ね、お願い…」
声の主が見えた。ぼんやりと見覚えがある。
(もしかして、この顔は…)
僕は、未来視をしてどの未来を選ぶか決めるとき、直感を大切にしている。
この未来を見る作業を繰り返してきた僕の経験上、懸命に考え抜いて、計算し尽くして出した答えより、直感に従ったほうが、よい未来にたどり着くことが多い。そう感じている。
そして、僕の直感は、この未来を選べと告げていた。
僕は叫んだ。
「リュカード様、シリウス様、結界の穴を、少しだけ修復せずにいてもらえますか?
そしてリュカード様とグレン、ヴェントゥスも、アリシアから離れてください。
…これしか、方法がないんだ」
リュカード様とグレンは目を合わせると、アリシアの身体からすぐに離れ、ヴェントゥスもひらりと飛び退いた。
…そのとき、結界の穴から、すっとアリシアの横に降り立った影があった。
直接その姿を目の前にして、ようやく僕は彼を思い出した。
銀色の髪に燃えるようなオレンジの瞳の、幼い少年。
アリシアが、救護所で手を握ってあげていた男の子だ。
その子はアリシアの手を握った。
「ほら、お姉ちゃんにもらった魔力、返してあげる…」
僕は驚いた。もらった魔力を返せる人間はいないはずだ。この子は…。
アリシアの頬に少し赤味が差したと思ったとき、その少年とアリシアの姿はすうっと目の前からかき消えたのだった。




