戦い
「キャロラインお姉様が、私の命を…」
悲しいけれど、そうだとしても驚きはそれほどなかった。
…それほどに、私は憎まれていたのだろうか。
グレンは私のことを心配そうに見守っていたけれど、しばらくすると口を開いた。
「それから、弟君のアルス様ですが。…アルス様は、アリシアお嬢様のことをとても慕っていらっしゃいました。アストリア王国とディーク王国が敵対したとしても、どうにかしてアリシアお嬢様を守ろうとするはずです。
なので、お嬢様。アストリア王国側でも、お嬢様の命を狙おうとする者、助け出そうとする者、両方の立場の者がいると思われます。
…けれど、アリシア様を助けようとしている者たちに対しても、アリシア様は、こちらで囚われている、あるいは騙されているという体にされているでしょうね。
だから、アルス様にしても遠慮なく全力で攻め入ってくるでしょう。アリシア様を助けるために」
「…アルス…」
考えてもみなかったことに、軽く目眩がした。
アルスがこのディーク王国の敵方になるなんて、考えたくもない。
私がもしアルスに何かを伝えられたとしても、きっと、アルスは私が騙されていると、私を諫め、憤るのだろう。
…私は、どうしたらよいのだろう。
これほどまでに当事者なのに、ここで静かに動かずにいることしかできないなんて。
アストリア王国が奇襲をかけてきた。
ディーク王国騎士団からその報告があったのは、その僅か2日後のことだった。
***
(もう、動いたのか)
リュカードはアストリア王国の動きの速さに舌を巻いていた。
グレンの言っていた通り、ようやく狙っていた機会を逃すまいとしているのか。
規模でいえば、アストリア王国軍の方が、魔術師団、騎士団合わせてディーク王国の3倍程はあるだろうか。
まともに正面からぶつかったら、明らかに分の悪い戦いになる。
(…結界を張っていなかったら、危うかったな)
結界は、物理的な攻撃は防げないが、魔物と攻撃魔法を防ぐ効果がある。
魔法を防げるならば、騎士団に攻め入られたとしても、険しい地形を利用して、アストリア王国の騎士団よりも少ない人数で守り切ることは可能だろう。
それでも、厳しい戦いになることは目に見えていた。
アストリア王国軍は、魔術師団を筆頭に、騎士団は魔術師団を両側から囲むように陣取っている。
魔術師団は、結界の一点を目指して攻撃魔法を放ってきた。
シリウスは、攻撃魔法の目指す先を見て、呟いた。
「…シャノンの言っていた通り、か」
攻撃魔法の光が向かうその一点とは、シャノンが以前に穴を空けた箇所だった。
結界が傷付いた場合、修復してもその部分が弱くなる。そこを狙っているのだろう。
シャノンは自らの行為をシリウスに報告し、シリウスがリュカードやルークたちにそれを共有していた。
シャノンの見た者の特徴からは、結界に穴を空けるよう仕向けたのは、グレンの知る容姿からも、まずキャロラインで間違いないと思われた。
ルークが首を傾げる。
「結界以外には、手を出してくる気はないのかな?」
リュカードが答える。
「騎士団には、こちらを攻撃してくる気配はないな。
あくまで、結界の破壊が狙いか」
リュカードがシリウスと目を合わせて頷くと、シリウスが言葉を継いだ。
「アストリア王国は、結界を破壊し、魔物の襲撃が再開してからこちらを叩くつもりでしょう。
その方が、今のように体勢を整えた状態の我が国と戦うより、被害が少なく済むと考えているはずです。
でも、結界の破壊だけが目的なら、アリシア様がいる我が国の方が有利。
ここは、私と数名の魔術師が内側から結界を支えます。
アリシア様、魔力の補給をお願いしても?」
「はい、わかりました」
アリシアが頷く。
リュカードがシリウスと一緒に結界を内側から修復しながら言った。
「アリシア、戦いに巻き込んでしまってすまない。
くれぐれも、魔力切れを起こさないように注意してくれ。
もし異変を感じたら、今度こそすぐにグレン、ヴェントゥスとここを離れてくれ」
アリシアは頷いた。
グレンはその状況を見ながら、どこか腑に落ちない思いを抱えていた。
(狙いが結界の破壊だけなら、いくらアストリア王国の魔術師が多くても、多量の魔力の補給が可能なアリシアお嬢様がいるディーク王国側が圧倒的に有利。
例え、キャロライン様やアルス様もアストリア軍側の攻撃に加わっていたとしても。
それなのに、なぜ結界だけを攻撃する?
アリシアお嬢様の魔力量を過小評価しているのか、それともほかに狙いがあるのか…)
その時、結界にぴしりとひびが入った。
リュカードは驚いていた。
(急に魔法の威力が強くなった。誰か優れた魔術師が、さらに攻撃に加わったか…)
ディーク王国側の魔術師が、結界内側からの修復魔法を強化し、アリシアが魔力の補給に動く。
***
その時、アストリア軍の魔術師団では、キャロラインがディーク王国軍の様子を魔術で映し出し、アルスに見せていた。
「ほらね、アルス。私の言った通りでしょう?」
アルスは、自分が攻撃に加わってから、慌てて防御を強化したディーク王国軍のためにアリシアが魔力の補給に走り回る姿を見て、抑えきれない怒りを感じていた。
(あいつら、アリシア姉さんをいいように利用して…!)
怒りで魔力が逆流するように、一気に魔法の威力が強くなる。
***
またも、結界のひび割れが大きくなり、ディーク王国側に動揺が走っていた。アリシアも、魔術師へ魔力を次々と補給していく。
その時、アリシアは、そのひび割れの向こう側に、ふと懐かしい顔と、そして背筋の凍るような情景が浮かぶのを見た。
(アルス!あなた、何をして…!)
可愛い弟のアルスが、怒りに青ざめて、魔力を暴走させてしまっている。
アルスはまだ12歳。いくら魔術の封印を自分で解くほどの才能とはいえ、まだ魔法のコントロールには慣れていない。
そんなアルスが、これほどの力を使ってしまったら。
魔力切れを起こすまで、それほど時間はかからないだろう。
(アルスをこんな状態にして、お父様、お姉様は、いったい何をして…)
その時、ディーク王国の結界が大きくひび割れ、そこから結界の一部が砕け散った。




