グレンの推測
リュカード様の屋敷で過ごす毎日は快適だった。
狙われるような場所にも出向いていないからか、ここしばらくは平穏な日々が続いている。
部屋の窓から、中庭の手入れをグレンも手伝っているのが見えて、私も久し振りにヴェントゥスと庭に出てみることにした。
「アリシアお嬢様。今日はお散歩ですか?」
グレンはすぐに私の姿に気付き、声を掛けてくれる。
「ええ。部屋からここにあなたの姿が見えたし、今日はお天気もいいから、出てみたくなって。ここなら、屋敷の人しかいないから、安全だしね」
「お嬢様。確かに屋敷の外に比べればここは安全ですが、念のため、いつも気をつけていてくださいね」
グレンがわずかに苦笑した。
私は笑って頷くと、辺りを散歩し始めた。
庭の花々は植え替えられたばかりのようで、花壇は色とりどりの瑞々しい花で埋め尽くされている。
少し顔を近づけると、花の甘くてよい香りがふわりと漂った。
「…ん?」
リュカード家の番犬が、庭の脇に寝そべっている。
いつもは元気のよい大型犬なのに、今日は元気がないようで、ぐったりとしている。
(どうしたのかしら)
近づいて頭を撫でると、だるそうに身体をだらりとさせたまま、くうんと小さく鳴いて、顔だけを持ち上げた。
その時。
犬の口ががばっと大きく開いたかと思うと、太くて短いヘビ状のものが、鋭い牙のある口を開いて、真正面にある私の顔に向かって勢いよく飛び出して来た。
「…!」
この近距離では、避けようもない。
そう思った時、目の前をシュッと鈍く光るものが通り過ぎた。
地面に落ちたのは、動物に寄生する下級魔物だった。
身体の中心を、見事に短剣が貫いている。
ヴェントゥスも飛び出してくれていたけれど、さすがに間に合わなかったと思う。
「アリシアお嬢様!」
グレンが駆け寄ってきた。
「お怪我はありませんか?」
心配そうにグレンが私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫よ、ありがとう。…あれは、グレンが?」
「ええ。間に合ってよかった。
それにしても、こんなところにまで潜んでいるとは…」
下級魔物といっても、鋭い牙には毒がある。噛まれたら危なかった。
「グレンが言っていた通り、魔物の動きが少し変わっている気がするわ。
…ヴェントゥスが側にいたら、少し前までは、怯えたように魔物は姿を見せなかった。
なのに、今は、危険を覚悟で私を襲いにきているみたい」
グレンが頷く。
「それに、今度は動物に潜む魔物でしたね。
…子供と動物、か。やはり、アリシアお嬢様の動きを読んで攻撃を仕掛けているようですね」
暖かな日の差す、鮮やかな花々のある庭園には不釣り合いな、重い沈黙が落ちる。
「アリシアお嬢様。
申し上げにくいのですが。…キャロライン様とアルス様も、ディーク王国に潜入している、あるいはこれからこの国に攻め入ってくる可能性がございます」
「お姉様と、アルスが…!」
私が驚いて目を見開くと、グレンは頷いた。
「はい。…リュカード様には既にお伝えしておりますが、お嬢様にはお伝えできておらず、申し訳ありませんでした。
キャロライン様らしき人が、結界に穴を空けるよう、神官をそそのかしたらしいとの情報が入っています。
キャロライン様のお考えはわかりませんが、結界の穴を通ったと思われるSランクの人型魔物の可能性のある子供と、先程の小型の魔物を見る限り、アリシア様の弱点を狙ったもの。アリシア様の命を狙っていると考えたほうがよいかもしれません」




