アルスの誤解
その頃、アストリア王国のカーグ家にて。
キャロラインが帰宅すると、アルスが今や遅しと待ちわびた様子で玄関に飛び出してきた。
「姉上!ディーク王国の様子はいかがでしたか?
アリシア姉さんはどうしているのか、何かわかりましたか」
キャロラインは呆れたような笑顔をアルスに見せた。
「あら、私も敵方に潜入していたというのに、私の心配はしてくれないのね?
…もう、アルスはアリシアが大好きなんだから」
アルスはしまったと少し顔を歪めてから、口を開いた。
「失礼いたしました。ご無事で何よりです、姉上。
…何かディーク王国で情報は掴めましたか?」
「ええ、それなりにね。
少なくとも、アリシアは生きてはいるわ」
「そうですか、よかった…」
アルスは安心したように息をついた。
しかし、訝しげに呟く。
「ディーク王国にアリシア姉さんがいるというのは、間違いないのですよね?
…友好国の隣国、カドリナ王国に行くと聞いていたのに、なぜディーク王国に…」
***
アリシア姉さんがカーグ家から追放された日。
父上がアリシア姉さんに家を出るように告げた直後、姉さんが部屋を出てから、部屋に残った僕アルスは父上に食ってかかっていた。
「父上、正気なのですか!?
…アリシア姉さんを、家から追放するなどと。いくら魔術が使えないとはいえ、姉さんはこれからどうなるのですか!?」
父上はゆっくり口を開いた。
「アルス、お前も、このアストリア王国で魔術の才能がない貴族は、価値がないどころか、むしろその存在が邪魔になることはわかっておろう。
それに、キャロラインが今日、フレデリック皇太子の婚約者に決まった。王家と姻戚関係になるのに、そのような者を家に残すべきではないのだ。
ただな。このアストリア王国内にアリシアを残す訳にはいかないが、隣国カドリナ王国に、今後の住まいと生活の用意はしてある。貴族ではなくなるが、不自由のない暮らしはできるだろう」
「そうなのですか…」
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
アリシア姉さんに魔術が使えなかったというのは心底驚いたけれど、姉さんの魔力量は底知れない。
少し触れるだけで、尽きかけた魔力を一気に、しかも軽々と回復させることができるほどの魔力量が姉さんにはあるのに…。なぜ、父上は気付かないのだろう。
けれど、父上は本当に姉さんの魔力量に、能力に、気付いていないのだろう。
なぜなら、もし知っていたのなら、決して他国に追放したりはしないだろうから。
魔術が使えなかったとしても、その能力があれば皇太子の婚約者になれる可能性はあるし、そうでなくても、アストリア王国で重用されるはずだ。
カーグ家に利になる者を、父上は手放すような人ではない。
…けれども。
アリシア姉さんに魔術が使えないとわかっただけで、あのような冷酷な対応をする父上だ。
今姉さんの能力を父上に進言しても、かえって姉さんが利用される恐れがある。
それなら、僕が16歳を超え、立派に魔術を使えるようになり、姉さんを守れるようになってから、僕がカドリナ王国に姉さんを探しに行けばよいのではないだろうか。
そう、思っていた。
その2日後。
アストリア王国とは中立を保っているディーク王国で、国全体にわたる結界が張られた。
最近、魔物の対応に苦慮しているようだとの噂は聞いていたが、国全体にわたる結界など、そう簡単に張れるものではない。
我が国よりも規模の小さなディーク王国に、それほどの能力の魔術師がいるのだろうか。
ふっと、嫌な予感がしたけれど、まさかと打ち消していた。
アリシア姉さんは、カドリナ王国で平穏に暮らしているはずだ、と。
***
キャロラインの帰宅をアルスが迎えたところに、父のヘンリーも姿を見せた。
「ただいま帰りました、父上」
「ああ、ご苦労だった、キャロライン。
…アリシアがディーク王国の筆頭魔術師の家に捕らえられているというのは、本当か?」
キャロラインは頷く。
「ええ、その通りです。今は、筆頭魔術師の屋敷に閉じ込められているようです」
「何だって!?」
アルスが語気を荒げる。
キャロラインが続けた。
「あの結界も、やはりアリシアが結界を張るのを手伝ったようですね。
ほぼ魔力が尽きて、幾日も目覚めず、命も危険だったとか。それでも、まだあの国はあの子を利用するみたいですね」
ヘンリーが、怒りに肩を震わせるアルスの顔を見た。
「アリシアは、カドリナ王国で、彼女の能力を何らか察したディーク王国の手の者に攫われたようだ。
その後に送ったグレンの消息はまだ掴めていないが、アルス、お前もアリシアを助け出すのを手伝ってもらえないだろうか」
「僕にできることがあれば、何でもします」
気色ばんだアルスに、キャロラインが微笑む。
「そうねえ、アリシアを取り戻すためには、まず、あの王国に張られた結界を破壊するのはどうかしら。
…そうしたら、ディーク王国の戦力も分散するし、アリシアを助けるのも容易になるはずよ」




