人型の魔物
グレンがリュカード様の屋敷にやって来た。
カーグ家の執事服でないグレンを見るのは、どこか新鮮で、不思議なような気がする。
護衛といっても四六時中私の側にいる訳ではないので、リュカード家の使用人に混ざって手伝いなどをしているようだ。
その穏やかな物腰と柔和な笑顔であっという間にリュカード家の使用人に溶け込んでいる様子は、さすがグレンである。
ローナも、
「まあ、若いのに働き者の執事さんですわね!アストリア王国の執事さんはみなさんこんなに優秀なのかしら?それとも、アリシア様の執事さんだからなのかしら。
助かっておりますよ、ふふふ」
と、にこにこしている。
そして、リュカード家の侍女たちにもグレンは人気があるようで、みな浮足立っていると、こっそり教えてくれた。
グレンがリュカード家に来た時、リュカード様、ザイオン、グレンと私で応接室に集まり、私が襲われた時の詳細を共有すると、グレンは
「これほど早くに手を出してくるとは…」
と唇を噛んでいたけれど、何かを考えるように少し視線を落としてから、私たちを見て口を開いた。
「…嫌な予感がいたしますね。
今回の襲い方を見る限り、少なくともこの襲撃には、アリシア様のことをよく知っている人物が関わっているように思われます。
アリシア様は昔から子供が好きでいらっしゃいましたし、子供にもよく懐かれていらっしゃいました。子供なら警戒しないで近づくだろう、その意図を持って計画したのではないかと推測されます。
それから…」
グレンは1度、言葉を切った。
「アリシア様を襲おうとした幼い少女は、すっと消えたように見えたというお話でしたね?」
リュカード様が頷く。
「ああ。…魔法による転移とも違うようで、一瞬で姿が見えなくなったのではなく、姿が薄くなるようにしてかき消えた。
俺も今まで、あのようなものは見たことがない」
「私も、詳しい訳ではありませんが…」
グレンが続ける。
「魔物の最上位のものは、人型を取るそうです。第一級魔物のさらに上、Sランクとでも申しましょうか。魔族とも呼ばれます。
どんな能力を持っているのか判明していない部分の方が多いのですが、我々の知る魔法とは違う能力も使えると耳に挟んだことがあります」
ザイオンが青ざめた。
「人型を取る最上位の魔物なんて、ディーク王国では今まで目撃情報を聞いたこともないぞ」
リュカードも口を開く。
「そのような存在がいると噂には聞いたことはあるが、人間とは一定の距離を置き、ほかの魔物とは違って人間を襲ったり、敵対したりはしては来たことがないとの話だった。
…まあ、襲ってこない限りは、人型をしていれば、よほど注意でもしていなければ、我々に混ざっていても、その存在自体に気付くこともないだろうが。
そのような魔物まで関わっている可能性があるのか?」
「あくまで、可能性の話です。
…仮にそうであったとしても、能力がわからない以上は、その存在に注意するほかありませんが」
私も噂でしか聞いたことがないけれど、最上位の人型の魔物は人外の美しさだという。
私を襲った女の子の、幼いと思われる年齢らしからぬ、目を離せなくなるような大人びた美しさを思い出していた。
***
シャノンは、結界に穴が空いたために入り込んだと思われる魔物のために、リュカードも怪我をしたと聞いて、シリウスに自分のしたことを告白すべきか、夜も眠れず思い悩んでいた。
(もし私のしたことを告白すれば、私の神官位は剥奪されるでしょう。…けれど、私のせいでリュカード様まで襲われてしまった。私が見たことを話せば、何かの役に立つかもしれない。
…ああ、でも。それを話したとしても、信じてもらえるのかしら)
シャノンに、小魔物を結界内に入れてほしいと頼んだ老婆、いや、老婆の姿を模していた、その人物は。
結界に穴が空き、目的を達成すると、その変装を解いたその美しい女性は唇に人差し指をあて、
「誰にも言わないでね」
と、艶のある微笑みを浮かべたのだけれど。
もちろん、そんな人物はシャノンの知り合いではない。
けれど、…雰囲気はまったく違うけれど、その女性は、どこか、アリシアに似ているように思ったのだ。




