急襲
結界に穴が空いた形跡があり、魔物がディーク王国内に入り込んだ可能性があるとわかってから、魔術師団にも騎士団にも緊張が走っていた。
何かあればすぐに対応できるように、一定人数の魔術師と騎士が待機している。
シリウス様が結界の異変に気付いた日、シリウス様に呼ばれ、リュカード様、ザイオンと私、そしてヴェントゥスが神殿に集まっていた。
私たちの顔を見回すと、シリウス様が口を開いた。
「もう連絡が届いていると思いますが、結界に穴が空けられ、閉じられた形跡があります。
結界を傷付けるのは、結界内部からの方が容易ではありますが、それでもある程度の魔力がなければ不可能です。
その上、閉じられた形跡まであるということは、何らかの目的で穴を空けた可能性が高い。
結界は魔物を弾くためのもの。それに穴を意図的に空けたのならば、魔物が結界内に入り込んでいると考えるのが自然です」
リュカード様がシリウス様の言葉に頷く。
「ああ、そうだな。
…神官が穴を空けた可能性があるというのは、本当か?」
シリウス様が苦々しく頷く。
「はい。
この国の神官になる際に受ける儀式で、魔力の質が少し変わるのです。結界の穴には、恐らくそれと思われるものが感じられました。
神官のうちに、内通者がいるか、または密偵に騙された、あるいは脅されているか。
神官たちにも、混乱を招くのは承知の上で、そのことを伝えています。
内通者でなければ、名乗り出てくれることを願うのみですが、さてどうなるか…」
ザイオンが首を傾げた。
「魔物が結界内に入り込んだなら、なぜすぐにでも騒ぎになっていないのでしょう?
魔物が凶暴化してからは、街に現れた魔物は人を見ると見境なく襲い掛かっていたはずです。
魔物が入り込んでいるとして、あまりに静かな気もしますが」
リュカード様が口を開く。
「ああ。
街中で混乱を起こすことが目的なら、魔物によりすぐに襲撃されているだろう。
それが、まだ動きがないということは、恐らく何かの狙いがあるのだろう。
…例えば、誰かを襲う機会を窺っている可能性がある」
リュカード様は私とヴェントゥスを振り返る。
「アリシア、君も狙われている可能性がある。…できるだけ、単独行動は避けたほうがいい。ヴェントゥスと一緒だから、まず大丈夫だとは思うが、可能な限り気をつけていてくれ」
「わかりました」
私も神妙に頷いた。
***
神殿の外側に出ると、小さな子供の泣き声が聞こえた。
「うっ、うっ…ひっく、ううっ…」
小さな女の子が、神殿の外側の壁に背を持たせかけるようにして、泣いていた。
「どうしたの?」
近寄って声を掛けると、女の子が顔を上げた。
「さっき、こわい魔物が襲ってきて…。逃げているうちに、お母さんとはぐれちゃったの」
「…何ですって!」
リュカード様がザイオンと顔を見合わせる。
魔物が姿を現したのか。
まだ泣きべそをかいているその女の子は、まるで人形のように可愛らしい顔をしていた。幼いながら、見事に整った顔には儚げな美しさがある。
(かわいそうに…。心細いでしょう)
女の子は逃げるうちに転んだのか、膝を擦りむいていた。
私が女の子に視線を合わせてしゃがむと、その子は抱っこをせがむように、私に向かって両手を差し出してきた。
微笑んで、抱き上げようと両手を伸ばした、その時。
「アリシア、危ない!よけろ!」
ヴェントゥスが私を押し倒し、リュカード様が私たちの間に割って入る。
…女の子の手が光っている。
私の首元に、魔法を打ち込もうとしたところだったことに気付く。
私を庇ったリュカード様の左手の防具が魔法を受けて壊れ、その手には血が滲んでいた。




