グレンの目的
「グレン…あなた、どうしてこんな所に…」
制止する騎士たちの手を振り切って、青白い顔で息も絶え絶えのグレンに触れる。
私も魔力を大分使っていたと思うけれど、グレンの魔力を回復させる程度は残っていたようだ。
グレンの頬に赤みが差したのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「その男は、アリシアの知り合いか?」
リュカード様に尋ねられ、頷く。
「はい。…彼は、私のいたカーグ家で長年執事をしてくれていた、グレンです。私が家を追われたときまで、変わらず執事をしてくれていましたが…」
それからグレンの方を向く。
「まさか、ディーク王国に密偵に来たなんて、嘘でしょう…?」
最後は呟くように消えかかってしまった私の言葉に、苦笑しながらグレンが口を開いた。
「残念ながら、事実です。…今更隠しても仕方ないでしょうし、嘘だと言ったところで、信じていただけないでしょうから」
リュカード様とルーク様は目を見合わせて頷くと、ルーク様が人払いをしてくれた。部屋の中には、リュカード様、ルーク様、シリウス様、エリザ、ザイオン、グレン、それに私とヴェントゥスがいるだけとなった。
ルーク様がすっと目を細め、口を開く。
「ねえ、君。その魔術の強さや身のこなし、ただの執事のものじゃないよね?
…それに、その実力じゃ、簡単に捕まるような人じゃないでしょう。
はじめから、ここで自爆することが…ディーク王国の主力を潰すことが目的だった?」
「…ご明察の通りです」
グレンの返答に、ショックのあまり崩れ落ちそうになった私を、リュカード様が支えてくれた。
…グレンは、そんな人ではないはずだ。
私より5つ年上のグレンは、グレンの父親がカーグ家の執事を務めていたこともあってか、若くからカーグ家で執事をしてくれていた。
年の差以上に落ち着いていて、まだ私が幼い頃から、随分とお世話になっていた。
私が辛いとき、誰よりもそれを察して、私を気遣う温かい言葉をくれたのは、グレンだった。何度、彼に励まされたことか。
そして、彼は穏やかで優しい物腰と、その綺麗な顔立ちで、侍女たちにとても人気があった。
…ただ、よく見るととても整った目鼻立ちで、濡れたように艶のある黒髪に、ルビーのような輝きの瞳が美しいのに、なぜか、気配を消しているような、普段は目立たない感じがしていて、不思議に思っていたものである。
…そして。
自爆魔法を使おうと、白い輝きに包まれた先程の彼は、見たことのない、鋭い刃のような空気を帯びていた。
こちらが彼の本当の顔なのだろうか。
うまく回らない頭でぼんやりと考えていると、グレンが私に向かって口を開いた。
「…先程、私の魔法を止めたのは、お嬢様ですね?」
私は頷く。
「ええ。魔具を使って、私の魔力を飛ばしたの。多分、あなたの自爆魔法の無効化に成功したんだと思うわ」
「そういうことか…」
ザイオンが呟いた。
ザイオンは、彼の能力で、グレンが自爆魔法を唱えた時に未来を見たらしい。
リュカード様が対抗する魔法を唱えるより先に、私が放った弾がグレンの魔法を無効化する未来が見えていたようだ。
「…もしお嬢様ごと吹き飛ばしていたら、死んでも死に切れないところでした。
ところで、旦那様からお嬢様に言付かっていることがあります」
私が訝し気に首を傾げると、彼は言った。
「『アストリア王国に戻ればカーグ家の除籍処分は取り消し、元の予定通りアストリア王国皇太子との婚約者に据える』と」
「…!」
リュカード様の顔が凍りついた。
部屋の温度が数度下がったような気がする。
私は首を横に振り、はっきりとグレンに答えた。
「いいえ、私はアストリア王国にも、カーグ家にも戻る気はありません。私の居場所を与えてくださったのはリュカード様で、私の居場所はここですから」
なぜか、グレンは私の言葉に微笑んだ。
「そう仰ると思っていましたが、改めてお嬢様の口からそれを伺って安心いたしました。
旦那様からの言付けといっても、もし、私がこの任務を果たす前にアリシアお嬢様に会えたら伝えてほしい、と伺っていたもので、私としたことが、額面通りに受け取ってしまいましたが。
…恐らくですが、旦那様が私の自爆に巻き込みたかった相手には、ここにいらっしゃる、ディーク王国の主要な方々に加えて、アリシアお嬢様も含まれています」
「…!」
私は言葉を失う。
「はは、私としたことが、とんだ道化になるところでした。…こんなに単純なことに、今更気付くとは。
私がこの任務に成功すれば、アリシアお嬢様は晴れてカーグ家に戻り、皇太子殿下の婚約者になる、という話でこの国に参りましたが、まさか、お嬢様ご自身を狙うことになっていたとは、ね。
…私も把握していませんが、恐らく、他にも密偵が何人か潜んでいるのでしょう。気を付けた方がいい」
私は頷きつつも、困惑する。
…グレンは、私がアストリア王国に、カーグ家に戻れるように、命を差し出すつもりだったということなのだろうか。
グレンはにこりと笑った。
「お嬢様に助けていただいた命です。これからお嬢様のために使いましょう…そちらの方々のご了承が得られれば、ですが。信じていただけないのなら、煮るなり焼くなり、好きにしてくださって、結構です。
さて、もうご存知のことと重なるかもしれませんが、アストリア王国での動きについて、私の知る限りのことをお話させていただきましょう」




