婚約者
アリシアが魔術試験を受けたちょうど1年前の、魔術試験の日。
この年、私は20歳を迎え、アストリア王国の皇太子として魔術試験の式典に参加することになっていた。
私が試験会場に姿を見せると、ざわざわと周囲が騒がしくなる。
「ああ、フレデリック様よ!…何てお美しいのかしら」
「魔術にも秀でていらして、あのお姿…。さすが『花の皇太子』様ですわね」
妙齢の貴族の女性たちが、我先にと挨拶に近づいてくる。
笑顔でかわすが、煩わしいことこの上ない。花の皇太子などという二つ名も迷惑でしかなかったが、皇太子という立場上、当たり障りなく女性たちに対応するほかなかった。
この年、近年見ない程のずば抜けた魔術の才能を示した者がいた。
アストリア王国中でも、16歳という年にして、5本の指に入る能力だった。
…第一位の成績を表彰する盾を私が手渡したのは。
「キャロライン・カーグと申します。
本日はとても光栄です。…ずっと、フレデリック様にお会いしたいと思っておりました」
瞳の奥に熱を宿して私を見つめたのは、アリシアの1つ年上の姉、キャロラインだった。
盾を手渡した後も、熱い視線が私を追うのがわかる。
薄桃色の髪に、アリシアの瞳を少し濃くしたような深緑色の瞳。
美しく成長したアリシアに勝るとも劣らない、整った容貌のキャロラインだったが、彼女の熱い視線も、私にとっては、私を辟易させる他の女性たちのそれと何も変わらなかった。
あまりに際立ったその魔術の能力に、彼女も私の婚約者候補上位に名前が上がることとなる。
***
式典後、姉のキャロラインの試験を見に来ていたアリシアを見つけた。
「アリシア、元気にしているかい」
「…フレデリック様、お久し振りでございます」
言葉少なに頭を下げる彼女。
私が彼女に話しかける際、横にいた姉のキャロラインが彼女に向けた凍てつくような視線に、私は状況を理解した。
…思わず苦笑が漏れる。
初めてアリシアに会った時、姉に最近笑顔がなくなったと言っていたのは、もしかしたら。
その時は、アリシアが私の婚約者候補となった直後だった。
アリシアは、姉も私に会いに王宮に行きたいと泣いていたと、あの時悲しそうに呟いていたが。
…もし、自分が慕う相手の婚約者候補に、妹がなったのなら、笑顔もなくなるだろう。
姉を笑顔にしたいと言ったアリシアは、その笑顔を失くさせたのが自分だと気付いたとき、どれ程傷付いたのだろうか。
ろくに私と目も合わせずに立ち去るアリシアの背中を見つめた。
…私が、熱い視線で見つめてほしいと思う相手は、アリシアしかいないというのに。
***
翌年の魔術試験の日。
この日、アリシアが私の婚約者として内定するはずだった。そう信じて疑っていなかった。
…いくらキャロラインの魔術が優れているとはいえ、あの信じられない魔力量を持つアリシアの能力が、姉に劣るとは思えない。
父王が口を開く。
「お前は魔術試験の結果を聞いていなかったのか。アリシアには魔術が使えなかった。ほんの少しでさえも、な。
当然、お前の婚約者になどなり得ない。よって、昨年優れた魔術の才が認められた、キャロライン・カーグをお前の婚約者とする」
「そんな馬鹿な…!
嘘だろう。あの、アリシアが…」
その時、はっと気付く。顔から血の気が引くのがわかった。
「アリシアは、どうなるのですか?」
父王は口の端を下げた。
「さあな、わしの知ったところではないが。
お前も知るように、このアストリア王国で魔術が使えない貴族など、存在意義はない。
あれの父は厳しい男だ。皇太子の親族になる家に、そのような者を残しておくのかどうか…。
わしも残念じゃよ。
もし、アリシアに言われていた通りの能力があったなら、この国のためにその力を活かすべき大事なときだというのに…」
「大事なとき?」
怪訝そうにした私に、父王は唇に冷笑を浮かべた。




