アストリア王国皇太子
アストリア王国にて、魔術試験の行われた日の午後。
王宮では、滅多に声を荒げることのないフレデリック皇太子が、青ざめた顔で父王に訴えていた。
「…父上、これはいったい、どういうことですか!?」
「どういうこと、とは何だ?
そなたは、まだ何も聞いていないのじゃな」
その後に続いた父王の言葉に、眉目秀麗と名高い金髪碧眼の皇太子は、悔しげにその唇を噛んだ。
***
私がアリシアに初めて会ったのは、アリシアがまだ8歳のとき。
彼女の父親が父王に会いに来た際、彼女は一緒に王宮に連れられてきたのだ。
まだぎこちないカーテシーで挨拶をする彼女は、とても可愛らしかった。
年の割に難しい魔術書を抱えた彼女は、父を待つ間、眉根を寄せてそれを読んでいた。
彼女が婚約者候補であることは父王から聞いている。
今日会ったのも、顔合わせの意味合いもあるのだろうが、彼女はあまりそれを理解していないようだった。
「随分難しい本を読んでいるんだね」
声を掛けると、彼女は無邪気に笑った。
「私、魔術の封印が解けたら、早く魔法を使いこなせるようになりたいんです」
「それは、なぜだい?」
「…魔法で、みんなを笑顔にすることができるって、聞いているから」
彼女は頬を赤らめた。
隣に腰を下ろして話をする。
どうやら、彼女の姉に最近笑顔が見られなくなってしまったらしい。
魔術が使えるようになったら、姉を笑顔にしたいらしいのだ。
さすがに、人を直接笑顔にする魔法というのはない。
魔法の効力で、例えば怪我を回復させて、結果として人を笑顔にする、ということはできる。きっと彼女が聞いたのは、そういう意味合いの言葉だろう。
…けれど、それは幼くて純粋な気持ちだった。
「うまくいくといいね」
そう言うと、彼女はにこりと笑う。
なおも難しそうに魔術書を読む彼女に、説明してあげようかと、魔術書に手を伸ばす。
彼女が魔術書を持つ手に触れた時、驚いた。
(…この魔力は、何なのだ)
まだ幼いのに、溢れるような魔力を感じる。
本人は自覚していないようだが、ふわりと温かく、癒すような流れだ。
一般に、魔力の大きさと、使える魔術の強さは比例する。
この子は、きっと優れた魔術の使い手になるだろう。
…なぜだか、この時、聞いてみたくなった。
「…君が大きくなったら、その魔術で、私と一緒に、この国の人たちを笑顔にするのを助けてくれるかい?」
彼女は弾けるように明るく笑った。
…皇太子という重責に、私の心に落ちていた暗い影までも、照らすように。
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