仕上げ
オルガは、手に持った魔具をじっと眺めた。
そして、小さく刻まれた、花の模様の刻印を。
(…これは、間違いない)
数百年に一度の名工と呼ばれ、天才の名を欲しいままにした曽祖父が作った魔具だ。
造りや機能を調べたが、このような性能を備えた魔具は見たことがないし、曽祖父以外の誰にも作れないだろう。
…そして、この魔具は、特定の持ち主用にカスタマイズされているようだ。
例えば、撃った弾を狙い通りの場所に飛ばす機能。これは、大きな魔力に加えて、相手が「見える」能力もなければ使いこなせない。この能力のある者は、俺もほとんど見たことがない。
…曽祖父の代。その魔具を欲しがるものは後を絶たなかった。どれだけ金を積んでも、魔具の持ち主にふさわしいと認めた者以外には首を縦に振らなかった曽祖父は、他国の権力者を怒らせ、妻を人質に取られた上で、到底不可能と思われる量の魔具を短期間で作るように命令された。
…そのため、曽祖父の代以降も、他国の者には魔具は売らないようにしているのだが。
曽祖父は、ある者に命を助けられた。
尽きかけていた魔力をその者に分け与えられ、回復した曽祖父は、一気に魔具を作り、間一髪で、曽祖母の命を救えたという。
曽祖父から、名工の名を受け継ぐこの家に、代々伝えられていることがある。
「もし、カンパニュラの花が刻まれた魔具を持った者が現れたら、それは私の恩人だ。
その魔具に、仕上げをしてほしい」
と。
…そして、さっきの少女が持って来た魔具にあったのは、間違いなくカンパニュラの刻印だった。ーーその花言葉は、「感謝」。
仕上げのため、俺はその魔具に手をかざした。
部屋中が、眩い光で包まれる。
(…これで、完成だ)
このニケの店は、そもそも限られた者にしか知られていないが、ここの魔具には、ほかにはない特徴がある。
…それは、魔具を使った相手に、思いを伝えることができること。手紙や念話のようなものだ。
この機能のある魔具は、決して他国には渡さないことにしている。
一見武器と見えて、味方への緊急の連絡手段にもなり得るこの魔具は、手紙のような連絡手段になり得る魔術がない中で、使いようによっては際立って有用なのだ。
曽祖父は、恩人に救われたとき、他国用の魔具も作っていた。
そして、この仕上げは光の作用で広範囲に影響が及ぶため、その恩人の魔具だけでなく、他国に渡す魔具にもその機能が備わることを憂慮して、仕上げができなかったという。
俺は仕上げをした魔具を手に取った。
…あの少女は、いったい何者なんだろう。
***
工房の奥から戻ってきたオルガさんから、
「仕上げ済みだ」
と、魔具を手渡された。
「ありがとうございます、オルガさん」
受け取った魔具には、一見先程との違いは見えないけれど、撃った弾の受け手に思いを伝えることができるという。
横で私たちを見守っていたエリザも、嬉しそうだ。
「あんたは…。
曽祖父のエドガーから、この魔具を持って来た人は恩人だ、礼を言うようにと、この家に伝えられている。
どういう経緯でこれを手にしてるのか、俺は知らないが、まさか俺がこの目でこの魔具を見る時がくるとは思わなかった。
曽祖父に代わって礼を言う。ありがとうな、嬢ちゃん」
「…!いえ、こちらこそ、仕上げをしてくださって、感謝しています」
まさか、エドガーさんがオルガさんの曽祖父だったとは。
…そして、そんな言葉を残しているなんて。
(あの時、私が違う時代から来たことに、エドガーさんは気付いていたのね)
オルガさんは微笑んだ。厳格な顔が柔らかくなる。
「もし何かあれば、あんたには特別に対応してやるよ。
欲しい魔具でもできたら、また来るといい」
「本当ですか、嬉しいです!どうもありがとうございます」
帰り道、エリザとお茶をしながら魔具をもらった経緯を話すと、驚きつつも、魔力を活かせそうな魔具が手に入ったことを喜んでくれた。
***
エリザと別れた、帰り道。
街中を歩いていると、向こう側から、遠目でも際立って美しい男性が歩いてくる。
道行く人が、思わず振り返るのがわかる。
「あ、リュカード様」
「アリシア?」
こちらに歩み寄ってきたリュカード様は、ふわりと笑う。
「今日はお一人なんですか?」
「ああ、結界のお陰で、街ももう落ち着いているからな」
エリザとニケの店に行き、魔具の仕上げをしてもらった帰り道だと話すと、リュカード様は、口を開いた。
「アリシアの時間をもらってもいいか?
…少し、付き合って欲しい場所があるんだ」




