魔具
急に扉が開いてバランスを崩し、慌てて横のざらりとした壁に手をつく。
扉はそのまま閉まったかと思うと、なぜか扉ごと姿が見えなくなってしまった。
…いったい、何がどうなっているのかしら。
薄暗い先に目を凝らすと、どうやら、さらに地下へと続く階段があるようだ。
と、その先から誰かのすすり泣く声が聞こえた。
「…?」
壁伝いに、そろそろと階段を降りる。
一番下まで着くと、その先に半開きの扉があって中から光が漏れており、扉の向こう側からすすり泣きが聞こえてくる。
半開きのドアを、トントンと叩いたけれど、泣き声の主からの返事はない。
意を決して、そのままそろそろと扉を開ける。
扉の向こう側には、工房のような空間が広がっていた。
作業用の台や道具が並び、棚には所狭しと様々な武器や防具が並んでいる。
(ここは、武器や防具の工房なのかしら。
…あれは、いったい何?)
ほかの武器や防具とは明らかに存在感の異なるものが、作業用の机と思しきところに置かれている。
すすり泣きは、その作業机の横に突っ伏した男性のもののようだ。
「あのう…」
肩を揺らして泣く男性の肩を、遠慮がちに叩く。
幅広の肩にがっちりした身体のその男性は、ゆっくりと顔を上げた。
厳しい角張った顔のその男性は、この工房の主のようだ。髪には所々、白いものが混じっている。
「いきなりお邪魔して、すみません。
あの、どうなさったのですか?」
絶望感が滲み出ている男性は、私が誰かに構う余裕もないのか、不審がることもなく、ぽつぽつと話してくれた。
「この間、隣国が急襲してきた時、妻が捕らわれて、人質にされてしまった。
…依頼された魔具を明日の朝までに納めないと、妻の命がないのだが、もう…間に合わない。
…魔具に必要な魔法をかける魔力が、尽きかけているんだ。おれの魔力が尽きても、妻が助かるなら構わないが、これでは魔力が尽きるまで魔法をかけても、間に合わん。
…くそっ!どうすれば…
んっ?」
彼は何かに驚いたように、がばっと上半身を起こした。
「魔力が、回復してる…?」
そういえば、私がさっき彼の肩を叩いたからだろうか。
彼は片腕で目元を拭い、改めて私を見る。
「あんた、いったい誰だい?
…俺はエドガー。ここの職人だ」
彼が差し出した右手を取る。職人らしい、ごつごつとした手だ。
「私は、アリシアと申します。今はディーク王国に滞在して…」
私の言葉は話半分に、彼は握手した私の右手を見つめて言葉をかぶせた。
「あんた、すごいな…!この魔力、あんたからだろ?
助かった!俺にとって、あんたは救世主だ」
すぐに男性は、慣れた手付きで武器に魔法をかけ始めた。
エドガーさんは、魔法を使いながら、背中越しに私に言った。
「魔具を作るところは、普通は人には見せないんだがな、嬢ちゃん。あんたは、特別だ。
…ところで、あんたは魔術は使えるのかい?」
「いえ、使えないんです。
なので、何か、魔力を込められるような魔具を探していたところです。
…あっ、すみません。奥さんのための魔具作り、間に合いそうですか?」
エドガーさんはにやりと笑った。
「ああ、お陰さんでな。これだけ魔力があれば余裕だよ。伊達に、天才魔具職人と言われてる訳じゃない。
…やっぱりそうか、魔術は使えないんだな。そんだけ魔力があれば、魔術がもし使えたとして、相当な短命になっちまうだろうさ」
エリザの言葉を思い出す。
魔力が大き過ぎるから、魔術が使えない。そういうことなのだろうか。
エドガーさんは続けた。
彼の前には、どんどんと出来上がった魔具が積み上がっていく。
「…この魔具ができたら、あんたにもお礼に何か作ってやるよ。
…ああ、悪いが、また握手してもらってもいいかい?」
「もちろんです。…魔具、いいんですか…?ありがとうございます!」
しばらくすると、彼は明日の朝に向けた作業を終えたようで、くるりとこちらを向いた。
「嬢ちゃん。あんたは、何か護身用の武術とか、剣技とか、…は、やってなさそうだな。見るからに」
残念ながら、その通りだ。黙って頷く。
エドガーさんは、うーんと首を捻った。
「魔具には、持ち主との相性があるんだよ。…あんたの魔力は、人を傷付けるのには向いてないな。
例えば、魔力を離れた相手に届けるとか、自分に放たれた魔術に対して、魔力をぶつけて無効化するとか、そういうのなら…」
彼はぶつぶつ呟きながら、私にくるりと背中を向け、何やら作っている。
少ししてから、ほらよ、と何やら手渡された。
「これは…?」
渡されたそれは、掌と同じくらいの大きさで、引き金が付いており、銃のような形をしている。
「これはだな。魔力を込めて、狙ったところに弾を撃ち込むことができる魔具だ。
…狙うと言っても、物理的にじゃない。あんたが撃ち込みたいと願った場所に、弾が届く。弾は魔力で形成するから、弾切れはない。
あと、さっきも言ったように、この弾にあんたが魔力を込めても、人を撃ち抜いたり、怪我をさせることはできないが、攻撃に対して魔力を撃ち込むことで無効化することはできる。…あとは、回復させたい相手に魔力を届けるとか、な。
まあ、使い慣れるまでは、コントロールの練習がいるかもしれないが」
「こんなにすごい魔具を、いただいてもいいのでしょうか。…ありがとうございます」
「いや、あんたこそ俺の恩人だ。これはほんの気持ちだよ」
驚くような魔具を、ぽんといただいてしまった…!ありがたい。
掌の上でくるくると回し、いろいろな角度から見ると、可愛い花模様の刻印までしてくれていた。
私に、とのことだ。
「あと、最後に。
訳あって、最後の仕上げを今してやることはできないんだが。
…ディーク王国に滞在してるんだったな。ニケの店、という所にこれを持って行け。
それで、完成だ」
「…?」
最後の言葉はよくわからなかったけれど、頷いた。
「ありがとうございました、エドガーさん。使いこなせるように、練習しますね」
「ああ、達者でな」
大きな笑顔に見送られる。
工房の外に出ると、階段の上に、また扉が現れている。
(そういえば、私、ルーク様に案内してもらっている途中だったし、リュカード様たちも待たせてるかも…!)
はたと気づいた私は、慌てて階段を駆け上り、扉を開けた。




