リュカードの回想 6
アリシアは、短時間のうちに、俺のほぼ空になっていた魔力を満たし、シリウスの魔力も回復させている。
それだけの魔力を使ったのだ、本人が無自覚でも、どこか身体に変調が現れていたり、具合が悪くなったりしていないか心配だった。
だが、彼女は、自分は元気だと言い、むしろ、会った時に死に掛けていた俺の体調を気遣っていた。
アリシアのお陰で、俺は回復した。魔力を減らしているのは、君なのに。
俺も、ザイオンも、そして多分シリウスも。アリシアがただ素直で優しい少女だと、アストリア王国からディーク王国を探りに来た者などではないと、感じている。
なのに、その確証がないというだけで、少しでもこちらに不都合にならないようにと、アリシア自身の能力も本人に伝えずに、ディーク王国のために利用しようとしている。
きっと君は、君の能力を伝えても、喜んで協力してくれるのに。
…君に魔力を分けてもらったから大丈夫、それすら言えないことが、ひどく心苦しかった。
結界を張る時、アリシアの右手が俺に伸びた。
柔らかいその手からは、やはり溢れるように魔力が流れ込んでくる。
彼女自身は、シリウスと俺とを繋ぐ単なる連結環だと信じきっているのに、その魔力のお陰で、順調に結界が形作られていく。
結界がかなり高く伸び、ついに完成が見えてきたとき。
俺は、エネルギーが滞っているような違和感に、気付かなければいけなかった。
…いや、自分が苦しくなってきた感覚があったのだから、気付いていたのかもしれない。
結界を張るのに、かなり集中していたのは事実だ。
あともう少し、その意識が強かったのと、アリシアの素直さに甘え、何かあれば自分から抜け出てくれるだろうと、期待してしまっていた。
しまったと気付いたのは、結界完成の直前。
明らかな異変を感じたのと、ヴェントゥスが風のように突っ込んで来たのが、同時だった。
アリシアが後ろに弾かれ、シリウスと俺の身体が互いに寄り掛かるように重なった直後に、結界は完成した。
…ヴェントゥスが来るのが一瞬でも遅ければ、アリシアは助からなかっただろう。
アリシアは、その後意識を失ったままだった。顔色も悪い。
手を握っても、泉が枯渇してしまったような、乾いた感覚があるだけだ。
魔力が尽きても、身体には問題がない場合、心臓が止まるまでにはタイムラグがある。
少しずつ身体が冷えていき、いずれ命の火が消える。
アリシアからは、魔力は感じられなくなったけれど、身体はまだ温かく、冷え始めてはいなかった。
そこに賭けて、回復を願うしかなかった。
アリシアの身体が知らぬ間に冷え始めるのが怖くて、その手を離すことができずに、ずっとベッドの側にいた。
手を重ね、俺がもらった魔力を君に返せたらと、祈り続けていた。
命の恩人を利用して、その命まで奪いかけていることへの罪悪感も、もちろんあっただろう。
…けれど、俺は、目の前の君が、このまま目を開かずに、俺の前から姿を消すことを想像するだけで、気が狂いそうになるほどに胸が苦しかった。
たとえ、君が許してくれなかったとしても。
また君のエメラルドに輝く瞳を開いて欲しい。それしか考えられなかった。




