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辺境の地

「姉さん!」

すぐにアルスが後を追って来た。

青ざめて、ひどく悲しそうに涙をこらえている。


「まさか、本当に出て行ったりなんて、しないよね…?」


私は首を振る。何とか笑顔を作ってみせた。

「ありがとう、アルス。でも、私に魔術がまったく使えないことがわかったのだもの、仕方ないわ。

…このまま私に関わると、あなたにもよくないの。わかるでしょう?あなたはこのカーグ家の跡取りよ。私にはできなかったけれど、きっと立派にこの家を守ってね」


そう言ってアルスの青紫色の髪の毛を撫でる。

…随分、大きくなったのね。

改めて時間の流れを感じる。


4つ年下のアルスは、男子を授からなかったカーグ家が遠縁から引き取った養子である。引き取ったのは6年前、まだアルスが6歳のとき。


アストリア王国では、生まれる時に、祝福を受けると同時に魔術の封印の儀式がなされる。そして、16歳の魔術試験の日に、一斉に封印が解かれて魔術の才の有無が測られるのだ。


そんな中で、わずか6歳にして自らの封印を破り、魔術を使ったのがこのアルスである。これほどの才能は滅多に現れず、型破りなことこの上なかった。アルスの異色の才能に、制御しきれるか不安を覚えたその両親に、父は多額の報酬と引き換えに、彼を養子として引き取ることを提案したのだった。


「…ねえ、姉さん。もし本当に出ていくというなら、せめてこれを持って行って?」


さっと彼がポケットから取り出したのは、薄桃色に輝く液体が入った2つの小瓶だった。


「もしかしてこれは、回復魔法を込めた清めの水…?」


「うん、そうだよ」


平然と言うアルスの顔を思わずまじまじと眺める。


「あなた、本当に凄いのね…!回復魔法を使える魔術師でさえ少ないのに、直接魔法をかけるのではなくて、さらに水に魔法を込めるなんて。

こんな貴重なものを、ありがとう。大切に

使うわね」


「たぶん、それなりの値段で売れると思うから、お金に困ったら売ってもいいし、あんまり考えたくないけど、もし怪我をすることがあったらすぐに使って。

…魔術試験の結果を聞いて、慌てて作ったから、これしかできなかったけど」


この短時間でこれを!目眩がするような才能だ。

どんな気持ちで、アルスはこれを私に作ってくれたんだろう。


私は可愛いアルスをぎゅっと抱きしめた。


「私のために作ってくれたのね、嬉しいわ。ありがとう。

…どうか、元気でね…!」


私の腕の中で、弱々しくアルスの声が聞こえた。

「僕もいつも元気をもらってたよ。今だって…。

姉さんに精霊さまの御加護がありますように」


最後に腕にぎゅっと力を込めると、すぐにアルスに背を向けて玄関に向かう。泣き顔は見せたくなかった。

父に呼ばれる前に、事態を予想して荷造りはしてあった。


靴を履いていると、

「お嬢様!」

と背後から震える声が聞こえた。

この家に長年仕える侍女のハンナだ。


「長いこと、お世話になったわね。ありがとう。いつも、あなたの優しい心遣いには感謝していたわ。これからもカーグ家をよろしくね」


「お嬢様のいない、カーグ家、なんて…。使用人一同、嘆き悲しんでおります。旦那さまに見つかってもいけませんので、わたくしだけが皆を代表してまいりましたが…」


言葉をつまらせるハンナの背中を撫でる。

ハンナは布に包まれた箱を差し出した。


「これくらいしか、できることがありませんでしたが、お昼食、召し上がってらっしゃらないでしょう…?

落ち着かれましたら、どうぞお召し上がりくださいませ。

どうか、ご無事で」


「ハンナも、どうか元気でね。皆にも、よろしくね」


さっき拭き取った目元に、またじわりと熱いものが滲む。


アルスにもらった回復薬とハンナにもらったお弁当を入れた荷物を持ち、もう振り返ることなく、玄関を出て馬車に乗った。


今後、この家の門をくぐることはないだろう。


***


馬車は想像以上にガタガタと大きく揺れた。


さあ着いたぞと馬車から放り出されたのは、私の予想の上を行く場所だった。


国外追放は覚悟していたけれど、さすがに友好国である隣国、カドリナ王国の国境沿いの街に下ろされるのではないかと踏んでいた。それなりの規模で流行っているその街でなら、何とか働き口を得て生活していけるだろうと考えていたのだ。


…けれど、馬車があれだけ大きく揺れた時点で、気付くべきだった。


あの揺れは、急な山道を下っていたためだったのだ。


私が向かっていたのは、カドリナ王国とはちょうど真逆の位置にあり、アストリア王国とは深い渓谷を挟んで中立を保っている、ディーク王国だった。

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