リュカードの回想 1
結界を張りに、アストリア王国との国境にある崖にザイオンと出掛けた、あの日。
リスクは理解していたつもりだったが、近年見掛けていない第一級魔物が、しかも2体も同時に現れたのは、想定外だった。
魔物に襲われたとき、ザイオンの言葉のとおり、馬車ごと崖下に浮遊魔法で向かう。
…あの状況では、助かる可能性はまずなかった。
ザイオンが示してくれた可能性に、迷わず賭けた。
崖下まで追ってきた氷の大蛇に、最上級の魔法を放つ。
…自分が氷魔法の使い手であることが、不利にはたらくことはわかっていた。
けれど、魔力の残量と自分の使える魔術を総合して、氷の大蛇を倒せないまでも、せめて追い返せる可能性としては、この方法しか思いつかなかった。
魔法を放ったあと、がくりと力の抜ける感覚があった。
…これは、まずいな。
身体全体から血の気が引き、手足の先から身体の中心に向かって、どんどん冷えていく。
これが、魔力切れか。
今までは、魔力が切れるほどに魔法を使ったことはないし、流石に魔力の残量については注意していた。
だが、結界を張る途中で消費した魔力は、自分が感じた以上だったようだ。
咄嗟に使った最上級魔法が、命取りになった。
耳鳴りがして、ザイオンの声が遠ざかる。
自分の身体がしんとした静寂で包まれたように感じた、その時。
ふわっと、頬に温かなものを感じた。
乾き切った自分の身体に、泉から湧き出る水が流れ込んでくるような感覚がある。
…これは、何なのだろう。
ゆっくりと目を開けると、赤紫色の髪にエメラルド色の瞳の、美しい女神の姿が見えた。
…女神が見えるということは、俺は、死んだのだな。
そう、思った。
けれど、彼女は俺のことを心配そうに見つめ、口に何かを流し込んだ。回復薬だ。
身体の痺れがだんだん取れていく。
…けれど、はっきりとわかる。
俺の身体に力が戻ってきたのは、回復薬のせいではない。
俺の頬に当てられた彼女の手から、何かが俺に流れ込む。
気づくと俺は、頬に置かれた彼女の手の上に、自分の手を重ねていた。




