作戦会議
リュカード様、シリウス様、ザイオンに私、それにヴェントゥスは、救護所を後にし、屋敷の一室に向かった。
広い円卓のある会議室で、それぞれ席につく。ローナが温かく、香りのよい紅茶を入れてくれた。
リュカード様が円卓を囲む私たちを見回してから、口を開く。
「ここ最近、魔物が街に出るようになり、大きな被害が出ていた。…アリシアは、ディーク王国の城下街はまだ見ていないだろうが、さっきの救護所の様子から察してもらえるだろう。
ただ、今日は街で魔物が出たという報告は入っていない。…正確には、昨日、アリシアたちとこの屋敷に戻って以降は、魔物の目撃情報はない。これは、実に2か月ぶりのことだ。
この状況がいつまで続くかはわからないし、またいつ、魔物が街を襲ってくるかもわからない。
そこで、昨日は失敗したが、再度、結界を張ろうと考えている」
何となく、話が見えてきた。
単なる偶然かも知れないけれど、ヴェントゥスと私がいる時に、襲ってきた第一級魔物が突然姿を消した。
アストリア王国との国境沿いの崖の辺りに結界を張る際、験担ぎに着いてきてほしい、ということだろうか。
私もリュカード様に質問する。
「…では、昨日お会いした、国境沿いの崖の辺りに、また出掛けるのでしょうか?」
「いえ。今回は、王都の中心にある、神への祈りを捧げる神殿で、結界を張ります」
言葉を継いで私の質問に答えたのは、シリウス様だった。
「明日に向けて、神殿で結界を張るための準備を整えさせています。…善は急げと言いますからね。
ああ、ご挨拶の時に申し上げていませんでしたが、私は神官もしております」
よく見ると、シリウス様の着衣は、アストリア王国の神官の服とディテールは違うけれど、確かに神官のそれとわかる紺色の長衣だった。
私は、あれ、と首を捻った。
「私がお聞きするのも差し出がましいのですが…。結界は、一面だけ張るような場合には、張る場所に近い方が容易ですよね?」
シリウス様が微笑んで頷く。
「魔術に深い知識をお持ちなのですね。…ええ、一面だけの結界を張る場合には、アリシア様の仰るとおりです。
ただ、明日は、このディーク王国全体を覆う結界を張ります。そのため、王国の中心である神殿で結界を張るのが、最も効率的なのです」
私は理解したことを示すように頷いた。
国を覆うように、半球型の結界を張るのならば、その底面である円の中心で魔法を使うのが最適だ。
ザイオンが驚いたように、がたりと音を立てて椅子から立ち上がった。
「ディーク王国全体だって…!?
いくらリュカード様、シリウス様が高い魔術の才能と魔力をお持ちとはいえ、1人で結界を張るのは難しいのではないですか?」
リュカード様が口を開く。
「ああ、そうだ。1人では無理だろう。…だから、明日はシリウスと俺の2人で結界を張る」
「2人で…」
呟きながら、ザイオンがまた椅子に腰を下ろす。
シリウス様が私を見て、口を開く。
「アリシア様。2人以上で1つの魔法を使う場合、どうすべきか、ご存知ですか?」
「ええ。…あたかも1人で魔法を使うように、魔法を使う者の全員が波長を合わせる必要があります。そのために、例えば相手と身体のどこかを触れ合わせるか…手を繋ぐ、などですね…後は、何か連結環を使う、といったところでしょうか」
私は魔術の能力が使えるようになった時のためにと、魔術の知識だけは先に学んでいたのだ。…結局、私には使えなかったけれど。
シリウス様は、大きな笑顔になった。
「さすが、アリシア様…!満点の解答ですね。
そこで、できれば明日はアリシア様にもお手伝いいただきたいのです。その、『連結環』として」
「…!?
は、はい…。私でよければ」
少し考えてみたけれど、連結環とは、ただ術者をつなぐ役割を果たすもの。連結環自体に魔術の力は必要とされない。何なら道具でも構わない。
なぜ私が連結環をするのかは、大いに疑問だけれど、もし何か必要としてくれるなら、ぜひ役に立ちたい。
リュカード様が私の答えを受けて、口を開いた。
「では、アリシア。明日、俺たちが結界を張る間、俺たちと手を繋いでいてくれ。シリウスは左手が利き手、俺は右手が利き手だから、魔術に使う利き手とは反対側を。…シリウスの右手と、アリシアの左手。俺の左手と、アリシアの右手を繋いでもらうことになる」
「それだけで、よいのですか?」
リュカード様が頷く。
「ああ。
…ただ、万一、途中で身体に違和感を覚えたり、具合が悪くなるようなことがあれば、すぐに手を離すんだ。いいな?」
私もリュカード様の目を見て、頷いた。
リュカード様は、なぜか少し心配そうな表情になって、続けた。
「それから。…例えば、昨日や今日、気分や具合が悪くなったことはなかったか?」