小さな男の子
なおも救護所内を歩いていると、ザイオンが知り合いの兵士らしき人に声を掛けられた。
ザイオンの邪魔をしないように、しばらくヴェントゥスを抱いて1人で見て回ることにする。
並べられたベッドのうち、半数くらいが埋まっているだろうか。
怪我人の多くは、魔物に対峙した兵士のようだけれど、その服装から、魔物の襲撃に巻き込まれたと思われる一般市民も混ざっている。
「…!」
1つのベッドが私の目に飛び込んできた。
大きなベッドに、不釣り合いなほど、ちょこんと小さな身体が乗っている。
目を瞑っているので、起こさないようにそっと近づく。
顔を覗き込むと、まだ小さな男の子だった。年の頃は4、5歳だろうか。
(こんなに小さな子まで、巻き込まれてしまうなんて…。お母さんか、お父さんは、近くにいないのかしら)
辺りを見回しても、両親らしき人はいない。
その時、うなされたのか、男の子がううん、と声を上げ、辛そうに身をよじった。
銀色のサラサラな髪の毛に縁取られた小さな可愛らしい顔は、青白く、苦しそうだ。
ヴェントゥスを足下に下ろすと、男の子の手をそっと握り、もう片方の手で、そっと肩の辺りをさする。
(小さい頃、私が熱を出すと、お母様が優しく身体をさすってくれたわ…)
そっと触れられて安心した昔の記憶を思い出し、できるだけ優しく小さな身体を撫でる。
男の子はそれに気付いたようで、そっと目を開くと、私の姿を認めた。
夕陽のような、澄んだ濃いオレンジ色の瞳だ。
「…ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」
男の子は小さく首を振り、私の手をぎゅっと握った。
やはり、心細かったのだろう。
「大丈夫だよ。…早く、よくなるといいね」
「…ありがとう、お姉ちゃん」
そういうと、男の子は少し弱々しく、けれど子供らしく無邪気に微笑んだ。
子供に好かれるのは昔から変わっていないようで、よかった。
男の子が眠りにつくのを見届けてから、そっと手を離す。
早くよくなりますように、と願わずにはいられなかった。
ヴェントゥスが、なぜか目を見開き、この小さな彼を注意深く観察していたことに、この時の私はまるで気付いていなかった。
***
ザイオンは、私が男の子の側で、眠るまで手を握っていたのを、近くで見守っていてくれたらしい。
男の子の寝顔をみて、ザイオンが柔らかく笑う。
「安心して眠れたみたいだね。…優しいね、アリシアは」
「いえ。…私にも弟がいるので、小さな子を見ると、懐かしい気持ちになります。
早く、元気になってくれるといいですね。
…お待たせしてしまったでしょうか?すみません」
「いや、大丈夫。向こうにリュカード様とシリウス様が待っている、そろそろ行こうか」
「はい!」
リュカード様とシリウス様のところに戻ると、リュカード様が口を開いた。
「大事な相談がある。できればこのメンバーで、場所を移して話したい」
緊張した面持ちだ。シリウス様も、少しぴりぴりとした空気を纏っている。2人は既に、相談の内容について話していたのだろうか。
「あ、では、私はこれで…」
迷惑だろうと先に失礼しようとしていると、リュカード様は真っ直ぐに私を見た。
菫色に澄んだ美しい目に、射抜かれる。
「いや、君が嫌でなければ、君にも来てほしい。ヴェントゥスという、その白い犬も。」
ザイオンも、いいかい、とその目が語っていた。
「私と、この子もですか?…もちろん、構いませんが」
シリウス様が私の返答を聞いてにこりと笑う。
「…では、早速場所を移すことにいたしましょう」