必要ない
「やぁ、元気にしていたかい?」
扉を開け、入ってきた人物は第四勇者だった。
「お前かよ……」
見慣れた人物の登場に、緊張の糸がほぐれる。
それはアイルやシノも同じだったようで………。見て取れるほどに、彼女らは肩の力を抜いた。
「それで、隊長。一体何の用ですか?」
安堵の表情を漏らした俺達とは裏腹に、ルミナは鋭い視線を第四勇者に向けた。
その視線で理解する。第四勇者が招かれざる客だということを。きっと、彼がここに現れるのは"イレギュラー"だ。
「可愛い部下の顔を見に来たという理由では駄目かな?」
「駄目です」
戯けた第四勇者を、ルミナは一蹴する。
部下に見捨てられた彼は、『やれやれ』と肩を竦め、俺の方を向いた。
「君に伝えなければいけない事が2つある」
第四勇者の神妙な面持ちに、俺は息を呑んだ。
「1つは第三勇者の事だ。………彼は僕がこの王都まで連行し、今は地下牢に閉じ込められている」
「王都にある地下牢………"セメンテリオ"ですか?」
第三勇者が閉じ込められているという地下牢に心当たりがあるのか、アイルは呟いた。
「"セメンテリオ"は、5番目の勇者が護っているはず……脱獄の心配は、まずなさそうですね」
「よく知ってるね、アイるん」
「えぇ。これでも召喚士の妹ですので……」
勇者が護る地下牢………か。それならば確かに脱獄の心配は無さそうだ。
勇者と言っても、全員が化物みたいに強いわけじゃない。『特異な加護』を評価され勇者になるパターンもあるのだ。
そして第三勇者はそのパターン。そしてやつの"調教の加護"は………
『魔物を意のままに操る能力』だ。
魔物が居ない地下牢において、加護は意味を持たないだろう。
「…………」
俺は胸の前で小さな拳を作った。
様々な感情が頭の中でグルグルと回る。この気持ちをうまく表現することは出来そうにない。
怒りか、憤りか、はたまた悲しみか。
……兎にも角にも、ニーナの兄ちゃんに会えば、俺の役目は全て終わるのだ。
第三勇者の今後や、課せられる刑罰は、俺の知ったこっちゃない。それは偉いやつが決めることだ。
だがしかし。
願わくば、その罪に見合った贖罪を……。
「それで、もう1つは?」
様々な感情を振り払うように第四勇者を見る。
すると彼は……
ゆっくりと。
まるで、自分でもまだ納得が出来ていない話をするかの様に、口を開く。
「………このままじゃ、アイラが危ないんだ」
どこか追い詰められたような表情の第四勇者を、俺は始めてみた。
「……は?」
彼らしくもない、歯切れの悪い言葉。思わず聞き返してしまう。
「アイラが危ないって……一体どう言う意味だよ?」
「このままでは、君を逃した罪で………"処刑"されてしまうかも知れない」
「………っ!?」
………処刑。
あまりにも現実味を帯びないその言葉に、俺の時間は停止した。
確かにアイラは国のルールに背き、俺を逃した。その罪はきっと重たいのだろう。
だが、ここに来て急に処刑だなんて……。
「『かも知れない』……そう言った通り、まだ決定事項では無い。彼女の"処刑"を回避する方法は存在する」
続く第四勇者の言葉を上手く飲み込むことが出来ない。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、彼は構わず続ける。
「その方法は……サクラが僕と"決闘"をして勝つ事だ」
「………意味が分からない。どうしてサクラがお前に勝ったら、処刑が取り消されるんだ」
依然固まっている俺の代わりに、シノが質問を投げかける。
「さっちんが勇者である隊長に勝てれば、『最初から勇者の才能があった』って判断される」
その質問に答えたのはルミナだった。
「言い訳が付くでしょ?召喚士様は最初からさっちんの才能に気が付いていて、国の為になる力だと判断し、一時的に逃しただけとかさ」
「その通りだよ」
「…………」
頷いた第四勇者をみて、ルミナは少しだけ不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ブラフですね」
そこで初めて、アイルが口を開く。
お姉ちゃん大好きな彼女の事だ。『姉が処刑されるかもしれない』という話題の中、彼女が穏やかでいられたはずがない。
「第四勇者さんは知っているでしょう?お姉様が命を落としてしまえば、現存する全ての勇者が命を落としてしまいます。もちろん、あなたを含めて」
だが、やはり彼女は凄い人だ。
みんなの話をしっかりと聞き、自分なりに情報を整理した上で『ブラフ』だと言い切った。
「異世界からこの世界に来た貴方たちは、召喚士であるお姉様の魔力が無いと、この世界に適応できない………。お姉様の処刑を決め、サクラくんと第四勇者さんの決闘を条件にした人はそんな事も知らないんですか?」
「……アイラの処刑を決めたのは、この国の王だよ」
「国王が…?なぜそのような事を………」
アイルは一瞬驚いた表情を見せる。
「召喚士が死ねば、僕達勇者も命を落とす。だからこそ僕も、王にこの話をされた時はサクラをおびき寄せるためのブラフだと思ったよ。………だけど、考えてみてくれないか」
第四勇者の視線が、まっすぐにアイルを射抜く。
「………どうして、王はこの話を僕にしたんだ?」
その瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。
そうだ、そうじゃないか。
俺に勇者の才能があるかどうかを確かめるだけなら、別に決闘の相手は誰でもいい。わざわざ第四勇者を指名する必要があるのか。
それじゃあまるで………
「サクラくんと第四勇者さんの関係を、国王は知っていたと言うことですか……?」
アイルの声が微かに震えている。
「きっとそれだけじゃない。アイラを引き合いに出せば、必ずサクラが出てくると言うこともわかっているんだろう」
「ボクたちの行動が、ずっとバレていたってことか?」
「ずっと……とは言えないが、少なくともここ数日はバレていたと考えていいだろうね
第四勇者の答えを聞いて、シノは不機嫌さを隠すこともなく腕を組んだ。
「……どうしてバレていたかとか、どうして泳がされていたのかなんて関係ありません。『召喚士が命を落とすと、勇者も命を落としてしまう』この事実が変わらない限り、お姉様が処刑されることなんてありえません」
アイルの言葉には……先程までの力強さは感じられなかった。
そんなアイルの様子に、第四勇者も気がついたようだ。
「この世界は"緩やかに"滅びへと向かっている。それ防ぐために、召喚士は勇者を呼んだんだ。………つまり、多少の時間は残されている」
気温の低下に魔物の凶暴化……たしかに、どちらも世界崩壊には直結していない。
それに、魔女の仕業と言われるこれらの現象が起こり始めたのは、もう3年も前の話らしい。
たしかに、時間はまだあるのだろう。
「……アイラの"召喚の加護"は、親から子へと必ず受け継がれる特別な力。ならば……無理矢理に子を孕ませ、召喚の加護を移した上で殺せばいい」
「………っ!?」
あまりにも残虐な回答に、アイルは固まってしまう。
優しいアイルには、そんな方法など、思いつきもしなかっただろう。
「……この国は『自分たちの言うことを聞く召喚士』が欲しいんだ。それを成すだけならば、さきほど言ったやり方以外にも方法はある」
動揺しているアイルになどお構いなしに、第四勇者は続ける。
「体では無く、"心"を処刑したりね。魔法や薬を使えば、きっと簡単な事だろう。ほかには………」
「もういいっ!」
俺は大声を出し、第四勇者を遮った。
「国が何考えてるとか、アイラをどうやって殺すつもりだとか……そんなのはどうだっていい」
第四勇者だって冷静じゃない。いつものあいつなら、実の妹であるアイルの前で、こんな残酷なことは言えないだろう。
「つまり、つまりさ……。俺がお前に勝てば良いだけの話だろ?」
第四勇者を見据える。彼の体はとても大きく見え、自分が敵うはずないと思い知らされる。
だけど、視線だけは絶対に外さない。
「"勝つ"とは言ったけど、要は君に勇者の才能がある事さえ証明できればいいんだ。………それなら、1発……僕に当てるだけでいい」
1発当てるだけ。
……『それなら俺にも』というほど馬鹿じゃない。
あの化物に1発当てるだって?無理に決まってんだろ。
「隊長、決闘の日時は決められてるんですか?」
「あぁ。日にちは明日、時刻は、太陽が一番高く登ったときだ。場所は、この街の闘技場だね」
「明日ですか……随分と急ですね」
ルミナと第四勇者のやり取りを聞いて確信する。
国王は、間違いなく俺達の行動を知っていたと。
馬車が主な移動手段のこの世界において、明日というのはあまりにも早すぎる。
もしも遠くの街にいた場合、どうしたって間に合わなくなってしまうだろう。つまり……
国王は始めから、俺がこの街にいる事を知っていたのだ。
「さっちん、本当にやるの?」
ルミナが俺の瞳を見つめてくる。ルミナの瞳はとても美しく、吸い込まれそうな感覚にさえ陥ってしまう。
「この決闘は、国にとって相当都合よく出来てるんだよ?」
……ルミナの言うことは理解できる。
これは、国にとって都合よくしかできていない。
もし俺が勝てば、俺という新しい勇者を獲得でき。
もし第四勇者が勝てば、邪魔な俺を殺すことが出来る。
そんな事はわかっている。でも……それでも………!
「アイラが必要と言ってれるなら、俺は彼女の為になりたい」
俺がそう言うと、視界の端に……なぜか苦しそうに胸を抑えるアイルが見えた。
「………そう」
それだけ言うと、ルミナは俺から視線を外してしまう。
「って事だ第四勇者。明日はお前に、何がなんでも1発入れてやる」
助けて欲しいと泣いているアイラの姿が脳裏に浮かぶ。
目の前にいる第四勇者はとても大きくて、強くて、怖くて………。
でもそんなの関係ない。
俺は、アイラの為に生きてきた。
彼女が救いたいと願うこの世界で、彼女に生きていてほしいと願われたから。
彼女に……『必要』だと言われたから……。
前を向くのは今だ。拳を握るのは彼女のためだ。
勝てないと思っても、震えても、泣きそうでも、きっと立ち向かえる。
「そうだ、サクラ。アイラからの伝言があるんだ」
心の中にいる彼女が、俺のことを『必要』だと言い続けてくれるから。
「………助けは必要ない。だそうだ」
それだけで……俺……は………。
「必要………ない………?」
乾いた音が喉を突き破り、俺の全てが崩れていった。




