それはもう……
閉じていた瞼をあける。しかし、光は入ってこない。部屋の電気が消えているのだ。
そんな暗闇の中、俺はリビングのソファーに横になっていて、体に薄い毛布を掛けていた。
………つまりは、眠ろうとしていたのだ。だが、変に目が冴えて眠れない。
ーーーそんな夜ってありますよね!
アイル、シノ、ルミナの三人は、ルミナの部屋で眠っている。男一人の俺は弾かれものだ。
「…………」
ここが自分の家であれば、意味も無くテレビを見たり、漫画を読んだりして、眠気を待つのだろう。
だがここはルミナの家。俺はおとなしく、ソファーの上で目を閉じている事にした。
ーーー『ガチャリ』
ドアを開け、誰かが部屋に入ってくる。
そしてその誰かは、迷わず部屋の電気をつけた。
暗闇に慣れていた瞳はその光に耐えきれず、思わず手で顔を覆ってしまう。
「………ん」
眩しさに悶えていると、、部屋の電気をつけた少女が話しかけてくる。
「………起こしちゃった?」
「いや、起きてたよ」
ゆっくりと瞼を開けると、そこにはルミナがいた。
「アイルたちと寝てたんじゃないのか?」
問いかけながら、上体を起こし、ルミナが座る分のスペースを確保する。
「シーちゃんに追い出されちゃって」
はにかみながら、ルナミは俺の隣に腰掛ける。
「追い出されたって……あそこはルミナの部屋で、なんならここはお前の家だろ?」
「まぁ、そうなんだけどさー」
「………なんかやらかしたのか?」
「うん。お尻を揉んだね」
ルミナはキメ顔でそう言った。
「お前は酔ったオヤジか」
「とても幸せでした」
全く悪びれる様子のないルミナに、俺は少しだけ呆れていた。
だがしかし……一つだけ聞いておかねばなるまい。
「で、どうでしたか?感触は」
「それはもう極上の一品でした」
ルミナは感触を思い出すかのように、手を開いたり閉じたりさせながら舌なめずりをする。
「今度さっちんも触ってみなよ」
「……遠慮しとく、これ以上騎士に追われる理由は増やしたくないからな」
「ふふ、それもそうだね」
ルミナが小さく微笑む。その姿は、普通の女の子だ。………シノやアイルにセクハラしているときよりも、俺はこちらの方が好きだ。
「それで?部屋を追い出されたルミナさんは、俺に話し相手にでもなって欲しかったの?」
「まあ、そんなところかな」
ーーー改めてルミナを見てみる。
寝ていようとしていたのだから当然なのだが、彼女は寝巻で、髪もおろしている。
………普段着と同様、寝間着姿でも、顔以外の素肌が見えないし、グローブまでしっかりつけている。
俺がそんな姿で寝れば、背中が寝汗でぐっしょりになる事だろう。
「ルミナって寒がりなの?」
「そんな事無いと思うけど……どうして?」
「いや、何でもない」
曖昧に瞳を逸らす。
「ふーん、変なの」
そんな俺の態度を、ルミナは特に気にしていないようだ。
「お茶入れたら飲む?」
「頂こうかな」
俺の返事を聞くと、ルミナはソファーから立ち上ると、ポットを使い、鼻歌交じりにお茶を入れ始める。
「随分とご機嫌だな、なんかいいことでもあったのか?」
「そう見える?シーちゃんのお尻を触ったおかげかな?」
ルミナからお茶を受けとり、テーブルへと移動する。
するとルミナは、いつの日かと同じように、俺の正面に腰掛けた。
「お尻を触っただけで鼻歌とは、安いやつだな」
「えへへー。………でも、本当はそれだけじゃないかも」
「それだけじゃない?」
一体どういうことだろうか。
この世界に、シノのお尻を触ることよりも、幸せになれる何かがあるというのだろうか。いや、ない。(反語)
そんな事を考えていると……
「うん、実はね……アイるんが凄く幸せそうな顔をしてたんだー。あんな顔見たら、こっちまで嬉しくなるよね」
「あー」
確かにアイルは、夕食の間ずっと清々しい顔をしていた。
それはそうだ。ずっと不安に思っていた両親の問題が解決したのだから。
国を裏切った自分を責めたりはしないだろうか、嫌ってはいないだろうか、悲しんではいないだろうか。………そんな重圧から開放されたのだから、清々しい顔にもなるだろう。
「そういえばさっちん、昼間アイるんとどこ行ったの?もしかして……『イイコト』でもシた?」
「ふぁ!?……何もしてないし!」
どこかに含みのある言い方に、思わずお茶を吹き出してしまいそうになる。
これではDT丸出しだ。
「ふーん、怪しいんだー」
動揺する俺を見て、ルミナはニヤニヤと笑う。
「本当に何もしてないって!昼間はアイルの両親に会いに……」
「へぇ……アイるんの親にご挨拶しにいったんだ。ーーー『娘さんを僕にください』って?」
「だ、だからそういうのじゃないって!」
俺が必死になればなるほど、ルミナは心底楽しそうに笑った。
「ごめんごめん、冗談だよ」
「………ったく」
人をからかうのには慣れているが、からかわれるのにはあまり慣れていない。
シノやアイルにとってはもちろん、俺にとってもルミナは天敵かも知れない。
「ご両親に会えたアイるんがハッピーになれたのは分かったけど………さっちんはどうだったの?」
「え?俺?」
急に自分の話になり、思わず聞き返してしまう。
「アイるんはずっと幸せそうだったけど………さっちんはずっと悩んでる顔してたから」
そう言われ『はっ』とする。
夕食のとき俺は………いや、ルミナの家に帰ってきてからずっと。
『魔女を守ってほしい』
オスカーさんから聞いた話が、ずっと俺の中でとぐろを巻いていた。
魔女を守ってほしいとはどういうことか、なぜそれが世界を救うことに繋がるのか。
提示された情報だけでは解決できない問題を、ずっと心のどこかで考えていた。
ルミナたちから見た俺は、どこか上の空で、悩んでいるように見えたかもしれない。
いっそ、ルミナに打ち明けてしまおうかとも思う。彼女は何かを知っているかもしれないし、そうで無くても、俺の心は楽になるはずだ。
ーーーいや、駄目だ。
決めたじゃないか。自分の目で真実を確かめるまで、この不安は俺だけで抱えると。
「………なんにもなかったよ」
そう言いながら、ルミナに入れて貰ったお茶に視線を落とす。
「そっか……」
明らかに不自然な挙動を見せた俺に、ルミナは何も聞いてこなかった。これは彼女の優しさだ。
いや、彼女はずっと優しかった。
もしかしたら、シノに部屋を追い出されたという話も嘘で、こうやって俺と話をするためにこの部屋にやってきてくれたのかもそれない。
ずっと元気がなかった俺を心配して……だ。
「ルミナさ」
「ん?どったのさっちん」
それに、もう一つ。
「お前、嘘つきだな」
俺はそう言って笑った。
「僕が嘘つき?………どういうこと?」
ルミナがキョトンとする。それはそうだろう。
「教えてやらん。てかもう出ていけ。カップは洗っとくから」
「えー、なにそれ!」
………『アイるんが凄く幸せそうな顔してたんだー。あんな顔見たら、こっちまで嬉しくなるよね』
………ルミナは先程そういった。
そして、この前ルミナと話した時。あれはそう、ルミナがシノとアイルの着替えを隠したときだ。その時ルミナは……
『誰かの幸せは喜べない。人間はそう出来てるんだ』
………と、言っていた。あのときのルミナはいつもと違う雰囲気を纏っていて。……悲しいような、寂しいような………何かを諦めたような、そんな顔をしていた。
ーーーなんだよ、ちゃんと喜べるんじゃないか。
「どういうことなのさー!」
少しむくれているルミナを無視して席を立つ。そして、空になった彼女のカップ奪おうとするも………ルミナはそれに抵抗した。
「僕が洗うからいい!それより、『嘘つき』ってどういうことか教えて」
ルミナは少しだけ意地になっている様子。それもそうだ。俺が変に隠したせいで気になっているのだろう。
だが教えてやらん。なぜかって恥ずかしいから。
こんな明るい雰囲気の中、真面目な話をするのはすごく恥ずかしいことなのです。
「絶対教えてあげません。深い理由はないけど教えてあげないのです」
「えー!」
ルミナはさらに頬を膨らませ、腰に手を当てる。
………あ、ちょっと可愛いかも。
「っ………!?」
不意に、ルミナが黙り込んだ。頬がほんのりと赤くなっている。
「どうした?」
彼女の顔を覗きこむ。すると……
『何でもない!』とそっぽを向かれてしまった。
もしかすると、『可愛いかも』と思った時、思わず言葉に出ていたのかもしれない。
「俺、なんか言った?」
「何も言ってないけど、さっちんの考えてることはすぐ顔にでるんだよ!」
「俺ってそんなわかりやすいのかな……?」
問いかけると、ルミナはコクコクと頷いた。
そういえば、初めて会ったときも、ルミナに考えていることがバレた気がする。
俺がわかりやすいというよりも、ルミナの方が、人の心を察しやすいのだろうか。
「なんか、あんまり眠くならないね」
「そうだな……」
ルミナの言うとおり、眠気は感じない。
俺も、きっとルミナも一睡もしてないであろうに。
これ以上の夜ふかしは良くないのだが………まあ良いか。明日はなんの予定もないし。
どうせ俺達は、ニーナの兄ちゃんが見つかるま大人しくしておかなくてはいけない。
「眠くなるまでお話ししようよ」
「良いよ、何を話す?」
問いかけると、ルミナは顎に手を当てて思案する。
「じゃあ、アイるんとシーちゃんの可愛いところとか?」
「おいおい、朝までに終わらないぞ?」
他愛もない会話を紡ぐ。………そうして、夜はふけていくのであった。




