幸せな夢
「そうして少女は夢を見る。被虐の巫女は夢を見る。ーーー平和な世界の夢を見る」
読み終わると、シノはパタンと絵本を閉じ、小さく息を吐いた。
「これでいいのか?」
シノがこちらの様子を伺ってくる。
「あぁ。可愛かったよ」
『かわいい……?』と、シノは怪訝そうな顔を浮かべる。
「この絵本、『かわいい』ところなんてあったか?」
「あぁ………」
そうか、確かに言葉足らずだった。
絵本の内容は、お世辞にも可愛いとは言えない。
つまり、俺が可愛いと思ったのは………
「可愛かったのはシノだよ。一生懸命に読んでくれてありがとな」
そう告げると、シノの顔がほんのりと赤らむ。
「………ちゃんと聞いてたのか?」
シノは適当なページを開き、顔を隠す。
「ちゃんと聞いてたよ。なんか………楽しい話しじゃなかったな」
「うん………そうだな」
「シノはどう思ったんだ?」
「ボクは………」
シノは絵本を膝の上に置き、表紙を優しくなでた。
「バカな奴だなって思った」
「『被虐の巫女』を……か?」
シノはコクリと首肯する。
「自分を犠牲に世界を救うなんて、バカのやる事だ」
『でも……』とシノ続ける。
「本当に………世界が好きだったんだな」
「そうだな。そして、本当に優しい女の子だったんだ」
被虐の巫女は自らの幸せと引き換えに世界を救った。
「不要な争いを望まず、知らない世界の為に幸せを捨てて……」
被虐の巫女が救ったのは、自らの住む魔界ではなく……王子の住む人間界だ。
「そんな事、出来るやつなんてそうそういない。………本当に世界を愛していたんだろうな」
「…………」
シノが俺の顔を見る。身長差があるので、見上げるような形だ。
「けど、ひとりぼっちだ」
そして彼女の瞳は、儚く揺らめいていた。
「目が覚めたとしても誰もいない、門を封印し続ける為には外にも出られない。被虐の巫女が眠りについたのは、きっと寂しかったからだ。………ボクならきっと、耐えられない」
「シノ………」
悠久のときをひとりぼっちで過ごす。
それも、狭い結界の中でだ。
誰と話すことも出来ず、何をすることも出来ず。
存在するのは、『結界を解いてしまえば、人間界が滅んでしまう』という、途方もない重圧だけ。
………普通の人間なら、すぐに頭がおかしくなってしまうだろう。
そらこそ、眠り続けるようなことをしなければ。
「…………ボクもアイルたちを手伝ってくる」
「おう」
重たい空気を嫌ったのか、シノはキッチンへと向かった。
その後ろ姿を眺めたあと、俺はソファーに置かれたままの、絵本の表紙を意味をも無く眺めていた。




