なりそこないの使命
「この世界のどこかにいる"魔女"を探し出し、そして…………守り抜いてほしい」
「………は?」
アイルの父親であるオスカー・コールからのお願いは、勇者の存在理由を根本から否定するものだった。
「ま……まってください」
平静であろうとすればするほど、俺の声は震えていく。
「魔女っていうのは倒すべき敵で、その為に異世界から勇者が呼ばれていて……」
そうだ。気温の低下、魔物の凶暴化。この世界が破滅へと進む全てが、魔女のせいだと言われている。
………そう。
ーーー言われているーーー
………なんて曖昧な言葉なのだろうか。
だが、駄目だ。
勇者は魔女を"倒す"ために呼ばれた。その根底が崩れてしまえば、アイラたちは一体なんの為に……
「そ、そもそも魔女は未だその存在を確認されてないって……それを守れだなんて…………。…………え?」
自分が発した言葉で、自分自身が驚愕する。
魔女は、その存在すら確認されていない。それは確かな情報なはずだ。
………先程、オスカーさんは何といった?
『この世界のどこかにいる"魔女"を探し出し、守り抜いて欲しい』
確かにそう言った。曖昧な言葉を使わず、『この世界のどこかにいる』……そう言い切って見せたのだ。
間違いない。この男は何かを知っている。
さほど暑くも無いはずなのに、頬を一筋の汗が伝った。それに……全身の毛が逆立つような感覚。
オスカーさんに『この世界に魔女は存在するのか』……そう聞くのは簡単だ。だが、そうするともう後戻りできないような気がした。
俺は勇者としてこの世界に呼ばれた。だが、勇者になれなかった。つまり……これまでは無関係でいられたのだ。
魔女を倒すだなんて使命も、世界を救うだなんて使命も関係ない。
そんなのは、本物の英雄がやることだ。
アイラが生きて欲しいと、そう願ってくれたこの命と、この世界で出会った「大切な人」だけを守っていければ俺はそれで良いんだ。
だが……俺は溢れ出る疑問を消すことは出来なかった。
もう後戻りは出来ないと、その答えを聞いてしまえば繋がりができるとわかった上で、俺はオスカーさんに問いかける。
「存在するんですか………?この世界に魔女が………」
「あれを魔女と呼んでいいのかわからない。だが、この世界を殺そうとする者は存在する」
オスカーさんがなぜ歯切れの悪い言い方をしたのかは気になるが……
この世界を殺そうとする者。………それはまさしく魔女ではないか。
「『世界を殺そうとする者』を、守れだなんて………。いや、そもそも貴方は何を知っているんですか」
頭に浮かんだ疑問を、馬鹿みたいに一つ一つ問いかける。
魔女の情報は、勇者である第四勇者や、召喚士であるアイラですら持っていなかったものだ。
この男は……一体何を知っている?
「『魔女を見つけ、守ってほしい』。私が君に伝えるのはそれだけだ。それが世界を救うことに繋がるからね。………質問に答えるつもりはないよ。その先の真実は君自身で確かめてほしい」
「一昔前の、ゲームの攻略本みたいなことを言うんですね。………理由も明かされずに守れだなんて言われても、納得できません」
ゲームの攻略本。オスカーさんは、聞きなれないであろうとその言葉に、一瞬困惑したが……すぐに真面目な表情に戻る。
「納得できない……か。それはそうだろうね。………だが、ここで私が、私の知る全てを話したとして、それで君は納得するのかい?初対面である私の言葉を、君は信用できると?」
「それは………」
思わず言い淀んでしまう。
彼の言うことは正しい。きっと俺は、言葉のすべてを信用できないだろう。
「自分で知るから意味がある。目で見て、耳で聞いて、肌で感じた体験こそが、君に大きな意思と行動力を与える」
………ここで信用できるかもわからない情報を聞かされて、言われたから『守る』のと。
………自分の経験をもとに『守りたい』と思うのではどれほどの差が生まれるのだろうか。
「自分で知ったあと、俺が『魔女は守るべきではない』と判断したならどうするんですか?」
「きっとそうはならない。………私は君を信用しているよ」
「………俺と貴方は初対面です」
矛盾している。俺はオスカーさんを信じられないだろうと、オスカーさん本人が言ったのに、自分は俺を信用するだなんて。
「ふふふ、初対面だけど、君を信用するだけの理由があるんだよ」
オスカーさんは………笑った。
その笑顔は、どこにでもいる普通の父親のものだった。
「理由ってなんですか?」
先程までとのギャップに戸惑いつつも、俺は問いかける。
すると彼は、『ピッ』っと、俺の胸に光るペンダントを人差し指で指した。
「それは、アイラの物だろう?」
そう。俺の胸で赤く輝くこれは、アイラから授かったものだ。
「アイラがそのペンダントを君に渡し、アイルが君を連れてきた……」
俺の返事を待たずして、オスカーさんは続ける。
「それだけで十分じゃないか。…………娘が信じた人を、父親が信じられなくてどうする?」
「えぇ、きっとそれだけで十分です」
いつの間にか、俺の頬も緩んでいた。
………素敵な家族。羨ましいとさえ思える。
だけどきっと、これが『あたりまえ』なんだ。
そんな『あたりまえ』を、みんな持っていれば良いのに………
「お父さん、サクラくん、話は終わりましたか?」
コン、コン、コン。
ノックのあとにアイルの声が聞こえてきた。心配になって見に来たのだろうか。
「あぁ。………………すまないね、思ったより長くなってしまった」
アイルに短く返事をしたあと、オスカーさんは申し訳無さそうにこちらを見た。
「いえ、大丈夫です」
「それは良かった。…………ほら、早く行きなさい、アイルが待っているよ」
そう言ったオスカーさんに軽く会釈をして、ドアに手をかける。
「……………」
だが、俺はドアノブを捻らずに、もう一度オスカーさんと向き合う。
「俺、この世界を見てこようと思います。なにが世界を救うことに繋がるとかは分からないし、俺にそんな事が出来るとは思えません。だけど……」
………『世界がもう少しだけ……優しかったらよかったのにね………』
頭の中に声が響く。これはニーナの最期の言葉だ。
「だけど、知ろうと思います。知って考えたいんです。どうやったらこの世界が優しくなるのかを」
「……応援しているよ。私と、きっと娘達も」
「ありがとうございます」
軽く会釈をして、俺は部屋を出た。




