誰かの為に
〜アイルside〜
「説明してもらえるのかしら?」
サクラくんとお父さんが別の部屋に向かったすぐ後、対面に座ったお母さんが、鋭い視線を向けてきた。
「………」
「なんであんなことをしたの?」
言葉に詰まっていると、お母さんは更に質問を重ねる。
「…………」
「アイル。黙っていても分からないわ」
そう言ったお母さんの顔は……最後にあった時よりもやつれていた。気苦労をかけたのだろう。
それもそうだ。世間からしてみれば、姉妹揃ってこの『世界』を裏切ったのだから。
期待を裏切ってしまっただろう。
辛い思いも、悲しい思いもさせたはずだ。
だけど、一つだけ。一つだけわかってほしい。
………私とお姉様は、絶対に間違えていない
「泣いている人が居た」
この世界の"罪"だとか。サクラくんがお城から逃げ出した理由なんて語らなくてもいい。
「関係ない世界の運命を背負わされて、それなのに『必要ない』って言われて」
ただまっすぐに。
「その人はぜんぜん凄い人じゃなくて。弱くて、怖がりで……。なのに、私達の前では笑って見せて」
私の想いだけを語ろう。
「『普通』だからこそ、誰かに優しくできる人」
知らず知らずのうちに、自分の言葉に力がこもる。
「いつもいつも"誰かの為に"って、自分の為になるかなんて考えもしないで……」
サクラくんはいつだってそうだった。
貧国街でナナリーに襲われたあと、私から距離を置こうとしたのも……
第三勇者との戦いの時だって。自分の命を失おうとも、私とシノを命がけで守ってくれたと、シノが言っていた。
「だから私は……」
そう。………『だから』
「自分でさえ、自分の為に生きられない彼の為に。私くらいは………彼の為に生きてあげたい」
「それが……アイルの想いなの?」
「はい」
お母さんを見据え、しっかりと頷く。
「アイルは、あの子の事が好きなのね」
そう言ったお母さんの顔からは、険しさが消えていた。
「えっと、その………。……………うん」
思わず俯いてしまう。もしかしたら、頬も染まっているかも知れない。
私がサクラくんを好きだと言うことは、すでにサクラくん本人も知っている。
だがしかし、それを実の母親に指摘されるのは、なんともむず痒い。
「アイル」
お母さんに名前を呼ばれ、俯いていた顔を上げる。
「大きく……なったわね」
お母さんは………微笑んでいた。
「怒って……無いの?」
恐る恐るお母さんに問いかける。
すると……少しだけキョトンとした顔で答えた。
「怒る?どうして?」
「きっと、私達のせいで迷惑をかけたから……それに期待を裏切ってしまって………」
「そんな事で怒ったりはしないわ」
「じゃあなんで、ずっと険しい顔を……」
『あぁ、それは……』そういって、お母さんはもう一度微笑む。………私が大好きな顔だ。
「ずっと連絡一つ寄越さなかった娘が、知らない男を連れてきて、髪の毛まで染めてるんですもの。険しい顔にもなります」
拗ねたような声音でお母さんはそう言った。
「うっ………その…………ごめんなさい」
「許しません」
イタズラっぽく微笑んだ顔は、お姉様によく似ている。
「"召喚の加護"………それは他の加護とは違い、コール家の長女に必ず生まれる能力。……それはもはや、『加護』というよりも『呪い』」
お母さんは、何処か遠くを見つめるように語り始めた。
「アイラが産まれた時。"召喚の加護"は私からあの子に受け継がれた。たくさん苦労を掛けたわね、貴方たちには……」
「そんなことは……」
私の言葉を、お母さんは無言で首を振ることによって否定する。
「世界がこんな事になって、アイラが召喚士としての人生を歩むことになったとき思ったの。『あぁ、どうして私じゃないんだろう』って」
それは仕方のない事だ。いつ魔女が現れ、この世界を破滅へと導くかなんて、それこそ魔女にしか分からないのだから。
それでも……お母さんの『悲しみ』は消えない。
「世界を救う召喚士とその妹。それはきっと光栄なこと。でも………世界を救うのは、みんなの期待に答えるのは簡単な事じゃない。貴方たちには……『普通の女の子』として生きていてほしかった」
「お母さん……」
「ごめんね、アイル」
私は……テーブルに置かれていたお母さんの手をそっと握った。
「謝らないで。私と、きっとお姉ちゃんも幸せだったから」
普通の女の子にはなれなかった。
この両手は罪で汚れてしまった。
だけど……一番大切なものに出会えたのだから……
「…………そう言えば、まだ言ってなかったわね。ーーーお帰りなさい、アイル」
「………ただいま、お母さんっ!」
私は、目一杯の笑顔で答えた。




