会いたかった人
「ここ……か?」
アイルに問いかけると、彼女は小さく頷いた。
俺達の目の前にあるのは、ごく普通の家。
俺と二人で行きたい場所がある………そう言ったアイルにだまって付いていくと、この家の前についたのだ。
行きたい場所………アイルはそう言っていたが……道中、彼女の足取りは常に重たかった。
『行きたい場所』というよりも、『行かなければいけない場所』という感じだ。
「…………」
アイルは扉に手を伸ばし、それを一度引っ込める。
そして、胸に手を当てて大きく深呼吸すると……。
意を決したように、扉をノックした。
コン、コン、コン。
語気味いい音が響き、すぐさま、中から返事が聞こえてくる。
「はーい、今開けますよ」
聞こえて来たのは女性の声。扉越しなのでそれ以上はわからない。
中から聞こえてくる足音が大きくなるにつれて、アイルの表情が険しくなる。
そしてついに……、扉がゆっくりと開いていく。
出てきたのは、おそらく30〜40くらいの女性。
太っていると言うわけでは無いが、女性らしい、丸みを帯びた体だ。
髪の色は………美しい金髪。
そしてその顔は、どこか見覚えがある。
「お待たせしました。どちら様………です…………か………?」
優しい笑顔を向けてくれたのは一瞬。扉から顔を覗かせた女性は………。
アイルを見た瞬間、その笑顔を消してしまう。
「………アイル?」
次に現れたのは困惑の表情だった。
その視線を向けられたアイルはゆっくりと……だが確かに口を動かす。
「ただいま………。お母さん」
『お母さん』………アイルはそう言った。この人がアイルと……そしてアイラの母親。
言われてみると、二人と顔が似ている。見覚えがあるように感じたのはその為だろう。
「………早く家に入りなさい」
アイルの母親は、あたりを気にしながらアイルを家へと招き入れた。
「あの……その人も」
扉を閉めようとしていた母親をアイルは静止し、俺の方をみる。
母親は、そこで初めて俺の存在に気がついたようだった。
久方ぶりの親子の再会なのだ。視野が狭まるのは仕方がない。
だけど……アイルの母親から、我が子に会えた『喜び』を感じ取ることは出来なかった。
「この子は?」
険しい顔のまま、我が子に問いかける。
「彼は……」
アイルは一瞬、言葉に詰まった。
そして……
「6番目の勇者………"ゼクス"です」
母親の目をまっすぐに見据え、真実を伝えた。
この国において俺は、『勇者の力を悪用し、世界に仇なす咎人』ということになっているのに。
この場で騎士を呼ばれる可能性だってあるだろうに……だ。
少しの間だとしても、家族に嘘はつきたくないと考えたのかもしれない。
「……………入りなさい」
アイルの瞳をしばらく見たあと、母親は俺にそう言った。
なんて言えばいいのか分からず、俺は黙って従う。
すみません?ありがとう?そのどちらも違う気がしたのだ。
いや………、俺は少し気まずかったのかもしれない。
だってそうだろ?俺と行動をともにしているせいで、アイルは国から追われているんだから……
「少し待っていて」
リビングにある4人がけのテーブルに俺とアイルを座らせると、アイルの母親は奥の部屋へと消えて行った。
「…………」
隣に座るアイルを見る。
彼女は「きゅっ」と唇を結び、重々しい表情で、膝の上に載せた拳を握っている。
その拳は、僅かに震えているように見えた。
「大丈夫か?」
彼女に問いかけると、黙って頷いた。
だがすぐに……
「やっぱり嘘。大丈夫じゃありません」
そう言って、弱々しく笑ってみせた。
「怖いんです。………私達はきっと、お母さんの期待を裏切ってしまいましたから」
「アイル………」
アイル達は世界を救う召喚士と、その妹だ。
お城で暮らす我が子を思うとき、その母親はどれだけ誇らしかっただろうか。
笑顔で送り出したのだろう。その帰りを心待ちにしていたのだろう。
だが、全ては変わってしまった。俺を救ったから。
世界を救う召喚士の姉妹から、国に追われる咎人の姉妹。
その変化は、どれだけ母親を傷付けたのだろう。
国は、近所の人々は、罪人の母親にどんな目を向ける?
「きっと、大丈夫だから」
そう言って、アイルの震える手を握る。
彼女は恐れているのだ。愛する母親に『お前は間違えた』と、言われることを。
俺と出会って、城から飛び出してからの日々を否定されることを。
……そんなのは俺だって嫌だ。
アイルは悩んで……もがいて……苦しんでここまで来たんだから。
ガチャリ。
不意に扉から開き、アイルの母親が現れる。
その姿を見た瞬間。急に恥ずかしくなり、俺はアイルの手を放した。
よくよく見てみると、アイルの母親の隣に見知らぬ男性が立っていた。普通に考えれば、父親だろう。
………こう考えるのは失礼だろうが、その男性に対する第一印象は『ダメなおっさん』だった。
髪は白髪混じりの黒。服はところどころよれている。
髭もあまり手入れされているように見えない。
胴体から伸びる四肢は細く、あまり力強さを感じなかった。
「アイル」
「お父さん……」
父親に名前を呼ばれたアイルは、少し怯えたような表情。
続く父親の言葉は罵声か、それとも悲嘆か。
「立ちなさい」
アイルの隣まで移動すると、父親は短くそう言った。
椅子に座っている俺やアイルにとって、その表情は少しだけ威圧的に見える。
「………」
アイルは父親の指示に従い、イスを引いて静かに立ち上がった。
そして次の瞬間。
「お帰り、アイル」
「………え?」
父親は、アイルの体を抱きしめた。
大切な物を慈しむように優しく。だけど……しっかりと。
「よく帰って来てくれたね。怪我はしてないかい?」
「はい………大丈夫です」
まだどこか緊張した様子のアイルに、父親は笑顔を向ける。
「そんな言葉使いをしないでおくれ。私たちは……家族じゃないか」
その言葉を聞いた瞬間、アイルから怯えや困惑が消えた。
そして……
「うん……っ。うん………。ただいま、お父さん」
アイルは涙を堪えるようにして、父親の胸に顔を埋めた。
………そっか、心配することなんて、何もなかったんだ。
親は理由もなく子を愛する。子は理由もなく親を愛する。きっとそれが、正しい家族の形なんだ。
『無償の愛』………俺が欲しいと願い、そして手に入れられ無かったもの。それを確かに、アイルは持っているんだ。
喜ばしい。そして……羨ましいと感じた。




