何に祈るか
「やあサクラ、おはよう」
「……いや、何でいるんだよ、軽くホラーだろ」
身支度をすませ、アイル、シノと共に宿屋の扉をくぐると……そこには第四勇者がいた。時間も決めていなかったのに。
こいつはいつ寝て、いつからここで待っていたのだろうという疑問が過る。
「おはようございます、第四勇者さん」
「ふん……」
アイルは丁寧にお辞儀をし、シノはそっぽを向いた。昨日のことをまだ根に持っているようだ。
「早速で悪いんだけど、目的地に急ごうか。彼はもう来ているはずだ」
「彼?」
俺の問いかけに、『行けばわかるさ』とだけ答え、第四勇者は歩き出した。
俺達三人は顔を合わせて小首をかしげたが、仕方がないので第四勇者についていく。
………移動中にアイル顔をチラリと見る。………大丈夫、昨日ほどドキドキはしない。うん、俺冷静
「そういえば………」
第四勇者が不意に声を上げた。先頭を歩いている彼の表情は当然見えない。
「ちゃんと……話しておかなければいけないね」
表情こそ見えないが、その声に、いつものようなふざけた様子は無い。
「………何をだ?」
「第三勇者の今後についてだよ」
第四勇者の言葉を聞いた瞬間、俺達三人の表情が険しくなる。
俺達にとって、第三勇者の名前は、それほど大きな意味を持つ。
現在俺達の心に空いている大きな穴。その穴を穿った張本人。
『ただ楽しいから』……それだけの理由でたくさんの罪もない少女を殺したゲス野郎。
「端的に言おう、世間的にいえば第三勇者は無罪となる。………いや、そもそも今回の事件の犯人とはされない」
「なっ………!」
第三勇者が無罪?事件の犯人とされない?
意味不明な第四勇者の発言に、俺は驚きの声を漏らした。………アイルとシノだって、声こそ発しなかったが、俺と同じような顔をしている。
「なんだよそれ、どういうことだよ!」
俺は先を歩いていた第四勇者の正面まで移動し、詰め寄る。
「『世間的には』と言ったろう。考えても見てくれ、世界を救うべき勇者がこんな事件を起こしたとすれば……騎士のメンツは丸潰れだ」
第四勇者は酷く落ち着いていた。………俺はそれが、とても腹立たしかった。
「騎士のメンツだと………?」
怒りのままに、彼の胸ぐらを掴む。
「そんな事の………そんな事の為に真実を隠すって言うのかよ!!!」
「あぁそうさ、そう言ってるんだ」
「…………ッ!」
さらに第四勇者をにらみつけるが……彼は全く意に介さない。
「民衆の信用を失えば騎士団そのものが瓦解する。………それでは何も守れない」
「そんなもんで……納得できるかよ!」
納得………出来なかった。いや、きっと納得しちゃいけないんだ。
「残された人間はどうなる………?被害者の家族は……?友人は……?真実を知ることさえも出来ないって言うのかよッ!」
「仕方が無いんだ。そうしなければ、その残された者すら守れない」
「だけど……っ!だけどさぁ!」
「今ここで騎士団が瓦解すれば、誰が魔女の恐怖を抑える?誰が魔物から民を守る?」
「………もっともらしい理由を付けて、正しいようなフリをして………!理屈じゃねぇんだよ、お前だってわかってんだろ!?」
「理屈じゃないさ。そんな事は誰だってわかっている。だけど今回は……我慢するしかない」
第四勇者は冷静だ、ムカつくほどに。
「サクラ、君の怒りは当然のものだ。だけどここは……抑えてくれ」
第四勇者が、胸ぐらを掴んでいた俺の拳を解く。
………それは、意外なほど簡単にほどけた。
……自分でも、わかっていたのだ。第四勇者が正しいということに。
「俺は………俺はアンタみたいに、器用になれない」
うつむきながら、つぶやく。
「不器用でいいさ。だから君は優しいんだ」
『それに……』と、第四勇者は続けた。
「第三勇者はこの僕が直接王都まで連れて行く」
……この件について、第四勇者が責任を持つと言う事だ。彼ならば、信頼できる。
第三勇者に、その罪にあった罰を与えてくれることだろう。
「………死刑にしろだなんて言わない。だけど必ず、罪を認めさせ、それを償わせてくれ」
しぼり出した俺の言葉に、『わかった』と、第四勇者は短く返事をした。
「ごめん、ちょっとムキになった。先を急ごう」
俺がそう言うと、第四勇者は黙って歩き始めた。
アイルとシノが心配そうにこちらを見ていたが、彼女たちに声をかけられるほど、今の俺は元気ではなかった。
第四勇者は俺なんかよりよっぽど大人だ。
自分がしたいこと、しなくちゃいけないことを天秤にかけ、どちらを優先するべきなのかを考えることが出来るやつだ。
才能以外に、彼を勇者たらしめているのは、きっとその様な部分なのだろう。
俺にはきっと………一生できないことだ。
自分でも薄々わかっていた。心配そうに見つめてくるシノとアイルに声をかけられなかったのは元気が無かったからではなく、恥ずかしかったからだと。
自分には何かを守る力なんて無いくせに、第三勇者との決着だって、第四勇者に任せたくせに。
それなのに、気に食わないことにだけ声を荒げ、駄々をこねる。
『まるで』ではなく、そのまんま俺は子供なのだ。
そんな自分が………恥ずかしかった。
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…………………それからどれほど歩いた事だろうか、前を歩いていた第四勇者がその歩みを止めた。
「ここ………は」
考え事に没頭し、ただただ第四勇者の後を追っていた俺は、初めて辺りを見回す。
この場所は………
ニーナがさらわれた場所。すなわち───シオンの花の咲く場所だ。
………つい先日来たこの場所に、目新しいものがある。それは………墓石だ。
誰のものかなんて……考える必要もない。
「シノに彼女の話しを聞いたとき、この場所がいいと思ってね。………魔物の心配はしなくてもいい。僕から話を通し、この場所にも結界を張ってもらえる事になった」
第四勇者に言われ、改めて辺りを見回してみると………数本の木々に、魔力結晶が埋め込まれていた。シノのそれとは違う、青色の魔力結晶が。
そして、気がつく。墓石の足元に、花束が置かれていることに。
あれは……誰が置いた物だろうか。
「スタークだよ」
そんな俺の思考を読み取ったのか、第四勇者が口を開いた。
「まったく……僕達が来る前に帰ってしまったようだね」
スターク……。
彼は王国騎士団戒める者、3番隊の副隊長。
俺達と一緒に第三勇者の屋敷へと侵入し、俺達を先に進ませるため、メルクリアを足止めしてくれた人物。
そして………俺の背中を押してくれた。
仲間とも、友人とも違う、ちょっと不思議な関係。
「ふん、素直じゃない奴」
「彼らしいではありませんか」
シノは鼻を鳴らし、アイルはスタークのフォローをする。
本当に……素直じゃない。
彼はニーナと面識がない。なのに花を手向けたということは……きっと俺達に対する義理人情だ。
どうせなら、顔を見せてくれれば良かったのに。
「いない人間の話しをしていても仕方がない。僕は僕のやるべき事を済まさせてもらうよ」
第四勇者は墓石へと向き直り、そして………
墓石に向かって……
頭を垂れた。
勇者である彼が、だ。
「すまなかった…………!」
そして第四勇者は口にする、謝罪の言葉を。
こんな弱々しい声音は聞いたことがない。無力さが、虚しさが、切なさが滲み出ている。
「僕がもっと早くに、第三勇者の異常性に気がついていれば………少なくとも君は救えた………ッ!」
第四勇者は歯を食いしばり、続ける。拳も………固く握られていた。
「言葉をかわした事もない少女よ……。どうか僕の無力を許してくれ……。」
あぁ、そうか。
第四勇者もまだ子供なんだ。
俺とは違い、勇者である彼は、駄々をこねる事さえ、弱音を吐くことさえ許されないんだ。
勇者である事を求められ、正しい判断を求められ、その行動は民の模範とされる。
あいつだって……苦しんでいるんだ………
「どうか、その眠りが安らかでありますように」
第四勇者は、一度頭を上げると……両手を合わせて目をつむった。
「…………」
それに続いて、俺達三人も手を合わせて目をつむる。
きっと……みんな考えていることは同じだ。
あのとき、こうしていれば………自分にもっと力があれば……皆そんな事を考えているはずだ。俺だってそうなのだから。
もしもあのとき……ニーナに、家族と話すように言われければ、ニーナは家を飛び出すことはなかっただろう。
もしもあのとき、俺が一緒にシオンの花を取りに行っていれば、彼女がここに一人で訪れることは無かっただろう。
今更遅いとわかっている。後悔したって仕方がないことだということも。
だけど………そうせずにはいられない。
…………いや、今だけは辞めておこう。今は、祈ることが大事だ。
祈……る?神様なんていないこの世界で、一体何に祈りを捧げるというのだろうか。
だけど、それでも祈らずにはいられなかった。
ニーナの安らかな眠りと……そして。
こんな悲しい思いをするのは………彼女が最後でありますようにと。
どうか彼女の最後の願いだけは、叶いますようにと。




