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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
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二人の夜

アイルを探し、夜の街を駆け抜ける。


闇雲に走っているわけではない。彼女はきっと……あそこにいる。


そして……暫く走ると、目的地に到着した。


その場所は、ニーナと遊んだ広場だ。この街に来て日が浅い俺達に取って、この場所は……とても大きな意味を持つ。


「ふぅ……」


呼吸を整えてから、あたりを見回す。


…………いた。あの日ニーナが腰掛けていた備え付けのベンチに、アイルは一人で座っている。


彼女は目を閉じているが、無論寝ているわけでは無いだろう。………長かった一日を思い返しているのか、それよりも遠い記憶をなぞっているのか……俺にはよくわからない。


ただ一つ俺にわかることは……彼女がとても()()()と言う事だ。 


月明かりに照らされたその姿はまるで………いや、

俺の中にある言葉では、あの美しさを表現することは叶わない。


……暫くの間、呼吸すら忘れてアイルに見とれてしまう。


「いやいや……」


違う。俺はこんなことをしに来たのではない。

 

アイルのもとへと一歩を踏み出す。


彼女はまだ、こちらには気が付かない。よほど物思いにふけっているのだろう。


そして………俺が隣に腰掛けたところで、ようやくアイルは顔を上げた。


「……っ!……………。」


だがすぐにアイルは、何かを堪えるような表情で俯いてしまう。


「帰るぞ、シノも待ってる」


アイルの顔を覗き込むようなことはせずに、夜空を見上げながら呟いた。………今日は、綺麗な満月だ。


「………駄目じゃないですか、酷い怪我だったんですから、ゆっくり寝てないと」


アイルはまだ………俯いたままだ。


「アイルだって魔物に噛まれてた」


「私は別にいいんです………!それよりサクラくんが………」


アイルの声が、少しだけ大きくなる。


「よかないだろ。噛まれた腕、もういいのか?」


「………大丈夫です。私も魔法で治してもらいましたから」


私………″も″。やはり、俺の傷は魔法で治してもらったようだ。………というか当たり前か、魔法以外であの傷がすぐに治っていたというのなら逆に怖い。


「私………すごく心配したんです。私が気を失っている間に、サクラくんが無茶をしたって聞いて。………シノの声も震えていて……」


アイルは膝の上で拳を握る。


「心配してくれたのなら、側にいて欲しかった。なんで俺達から逃げ出したんだ」


「…………っ!私は逃げたりなんて……っ!」


アイルは、未だ星空を見上げていた俺に視線を向けた。


「逃げたろ。戻ってくるつもりは無かったはずだ」


今のアイルの顔があの日の………最後に見たアイラの顔と被る。どうしようもなく寂しそうなあの顔と。


「なんで黙って投げ出した?」


アイルの瞳を正面から見据える。彼女は数秒と耐えきれずに、俺から視線を外した。


そして………吐き出すように言葉を紡ぐ。


「もう一緒には………いられませんから」


「………なんで」


あぁ、俺は多分………『怒って』いる。


「嘘を……つきましたから」


「加護のことか?」


アイルはコクリと頷く。


「嘘なんかついてないだろ。隠し事をしていただけだ」


「どちらも同じことです」


「いーや、違うね」


「私は…………っ!」


そこでアイルは、一度呼吸を整える。


「私は………私の両手は、凶器なんです」


アイルは自らの両手を見つめる。両手は微かに震えていた。


「″必殺の加護″………触れただけで生命を奪う能力(ちから)……そんなものを持った私を誰が仲間と呼んでくれるでしょうか。………きっと、怖がられてしまうだけです」


『きっと』……あやふやな言葉だった。


アイルの加護を怖がるのは誰かじゃない、アイル自身なんだ。


いつか誰かを殺してしまうかもしれない。そしてそれは大切な人なのかもしれない。………アイルはそれが怖いのだ。


だから、逃げ出した。一人になれば、周りに誰もいなくなれば、誰も傷付けることが無くなるから。


…………どんな言葉を伝えれば、アイルの恐怖を消せる?


『そんな加護、使わなければいい』 『アイルなら正しい使い方ができるさ』 『どんな加護(ちから)を持っていたってアイルはアイルだ』


………違う。どの言葉もきっと()()


そもそもだ、彼女が長年抱えて来たであろう恐怖を、その不安を。……ぱっと出の俺の言葉なんかで取り消せるわけがないんだ。


だから………俺が伝えたい言葉を伝えよう。彼女の恐怖を抑えるための取り繕った綺麗事ではなく、俺の───心からの言葉を。


「アイルで良かった」


「………え?」


彼女は驚きの声を漏らす。だが、俺は構わずに続けた。


「一緒にこの街に来たのがアイルで良かった。あの日の俺についてきてくれたのがアイルで良かった。いつも俺を守ってくれたのがアイルで良かった。…………″必殺の加護″を持って生まれたのが…………アイルで良かった」


アイルと視線がぶつかった瞬間、夜とは思えないほど温かい風が吹いた気がした。


「殺意を持って触れただけで相手を殺す加護(ちから)………正直に言えば、俺には良くわからない」


自分の右手を見つめる。


俺には力が無かった。世界を救う勇者になれず、アイラの期待を裏切った。………そして今は、国から命を狙われている。


自分の平凡を恨んだことは一回じゃない。望んだ力を持てなかった自分に腹が立ったりもした。


もしも俺に力があればニーナだって………


「いや、きっと俺だけじゃない。その加護(ちから)を持つ責任も、重さも、怖さも……きっとアイル本人にしか分からないんだ」


望んだ力を得られなかった俺と、望まない力を持ってしまったアイル………真逆だ。だから彼女の気持ちは、想像することしかできない。


「なんで私がって、ふざけんなって思うかもしれない。だけどやっぱり………その加護(ちから)を持っていたのがアイルで良かった」


彼女の瞳を真っ直ぐに見据える。あの日……アイラが俺にそうしてくれたように。


「誰も救えない加護(ちから)なのかも知れない、誰かを傷付ける恐ろしい加護(ちから)なのかも知れない。………だけど絶対に、アイルは間違わない」


俺は彼女から視線を外さない。絶対にだ。


だけどアイルは………俺から視線を外した。


「一度だけ………自分の加護(ちから)を使ったことがあるんです」


俺から外した視線を、アイルは虚空へと向ける。……昔を懐かしんで………いや、悔いるような表情。


「幼い頃に、魔物に襲われたんです。その時にお姉様が私を庇って………。いまもお姉様の背中には、痛々しい傷が残っています。」 


事務的な口調に、温度のない声。だけど俺は、彼女の肩が微かに震えているのを見逃さなかった。


「お姉様が私を庇って怪我をしたときに私は………()()()()()()()()んです。」


彼女はまだ……俺と目を合わせてはくれない。


「目の前が真っ暗になって、恐ろしい『何か』に全身が支配されて、魔物への憎しみ以外の感情が消えて………。気が付いたとき、私は………」


『魔物を殺していたんです』……続きはきっとこうだ。だけどアイルは、それを言うことが出来なかった。


「怖いんです………自分の加護(ちから)が。次は魔物ではなく『誰か』を殺してしまうんじゃないかって……」


アイルの声に温度が宿る。………悲しい温度が。


「こわ………いんです……。また殺意に支配されてしまうのが………っ。そんな私を見て、サクラくんたちが離れてしまうのが………。そうなってしまうくらいなら………」


「そうなってしまうくらいなら……自分から距離を置こうって?」 


アイルは潤んだ瞳を瞼で隠し、ゆっくりと頷いた。


…………長い長い沈黙が訪れる。その間俺は、彼女とのこれまでを思い出していた。


そして、再度決心する。


彼女抜きで、旅を続けるなんて『ありえない』と。


「アイルってさ、強いよな。いつも俺を冷静にさせてくれる。ニーナたちが石を投げられたときも、ニーナのお父さんと話したときもさ」


「別に強くなんて……」


アイルの否定の言葉は聞かない。聞いてなんてやらない。


「駄目なんだよ、アイルがいないとさ。………それに言ったろ、アイルを怖いだなんて思うことはありえない」


立ち上がり、アイルの正面へと移動する。……彼女はそれでも立ち上がってくれない。……だけど、構わない。


「約束もしたろ。『ずっと一緒にいる』って」


「………ただの口約束です」


「約束は約束だ、指切りもした。」


「駄目なんですよ。私は二人に嘘をついていたんですから」


「アイルがそれを気にするのなら………」


アイルに向かって右手を伸ばす。


「これで嘘や隠し事が無くなったんだ。だから………ここからは″本物″を始めよう」


アイルは俺の言葉に顔を上げ、伸ばしている俺の右手を見つめる。


そして、その右手を掴もうと、僅かに腕を上げたが………その動きは途中で止まってしまう。………俺の手を取ってはいけないと、一緒に居てはいけないと、自分を言い聞かせているのだ。………とても、つらそうな顔だった。


彼女は結局、俺の取ることは無かった。たった一度……僅かに伸ばしただけ。


──だが、それで十分だ。僅かに腕を上げてくれたのなら………俺達と一緒にいたいと、少しでも思ってくれたのなら………っ!


「…………ッ!」


引っ込めたアイルの腕を乱暴に掴み、自分に向かって引き寄せる。


「………え?」


アイルは困惑した表情を浮かべながらも、手を引かれる力に抗えず───俺の正面に立つ。


「何が凶器だよ。ただの女の子の………柔らかい手じゃないか」


アイルは手は……とても柔らかくて、温もりを感じた。この手で、いつも俺を守ってくれていたんだ。


「いや………離してください!」


アイルは口ではそう言うが、あまり抵抗はしなかった。そもそも、彼女が本気なら、俺の手くらいは簡単に振りほどける。彼女がそうしないのは、やはり心に迷いがあるから。


………やっぱり、仲間だ。


「嫌だ、絶対に離さない………つ!」


「どうしてですか!?」


アイルを握る手に力を込め、真っ直ぐに彼女を見据える。


「今離したら……アイルは()()()()()()()()()()()()()()


「…………ッ!」


俺の言葉に、アイルは息を呑む。だが……すぐに俯いた。


そして、胸の前で、小さく拳を作る。


「やっぱり痛いよ………お姉ちゃん。太陽みたいに輝いて……私には眩しいな……」


潤んだ瞳を瞼で隠し、彼女は呟く。俺ではない誰かに。


だから………俺に対する言葉を待った。


「一緒に居ても………いいんですか?」


意を決したようにアイルが吐き出した言葉はそれだった。


答えなんて決まりきっている質問。だから俺は、黙って頷いた。


「また……殺意に支配されてしまうかもしれません。今度は『誰か』を……殺してしまうかもしれません………」


「大丈夫。ずっと一緒にいてくれるのなら、今度は俺がアイルを冷静にしてみせる」


「本当に……出来るんですか?」


「………おそらく、きっと、メイビー」


「ふふっ……なんですかそれ」


アイルは小さく微笑み、人差し指で涙を拭った。


「アイルが俺達と一緒にいちゃいけない理由なんて無いんだよ。──君がいい、君とがいい、君じゃなきゃ駄目なんだよ。だからさ……()()()()()()()()()()


「…………っ。そんな綺麗な言葉を言われたら……私、勘違いしてしまいます………」


せっかく微笑んでくれたというのに、彼女は再び泣きだしてしまう。


「私は……『月』なのに……誰かの光を受けてしか輝けない『月』だというのに……太陽(みんな)の近くにいていいんだって………。最低の勘違い……してしまいます」


『みんな』……その言葉が誰を指しているのかはわからないが、その中に彼女の姉が含まれているのは間違いないだろう。


ずっと……劣等感を感じていたのか、輝かしい太陽であるあの姉に。


「今日は月が……綺麗だな」


俺が空を見上げると、アイルもそれを真似た。


「確かにさ、誰かの光を借りてしか輝けないかもしれない。だけど、あの月が綺麗なことに変わりはないんだ。借り物の光でも、暗い夜道を照らしてくれる。それで十分じゃないか」


空を見上げるのをやめ、アイルの顔をみる。再びアイルも俺の真似をする。


「それにさ、俺は好きだな。………月」


アイルの頬が紅潮する。それは、涙を流しているためだろうか。それとも………


「勘違い………、しようと思います。最高の勘違いを」


アイルは涙を拭い、言葉を紡ぐ。


「約束を守ります、ずっと一緒にいます。サクラくんが離れたいといっても、もう許してあげませんから」


落ち着いた声音に、出会った頃のアイルを思い出す。彼女は……本当に変わった。


「やっと……素直になれたんだな」


「私はずっと素直です。輝かしいお姉様の妹ですから」


「やっぱり謎理論……」


呆れながらアイルの手を離し、振り返る。


もう手を握っている必要はない。アイルの意思で、俺達と共にいてくれるのだから。


「帰るぞ、シノが待ってる」


そう言って、一歩を踏み出そうとしたとき。


「サクラくん」


ふいに……アイルから名前を呼ばれる。


「ん?」


俺は振り向こうとしたが……それは叶わなかった。


アイルが……背後から俺を抱きしめてきたからだ。


「アイ……ル?」


正直……とても驚いた。彼女が俺を抱きしめる理由がわからない。


「アイルさん……?どうしました?」


鼻腔をくすぐる甘い香りが、背中に伝わる柔らかい感触が、どうしようもなく俺の心をざわつかせる。


「何処にも行かない、ずっといっしょだよ」


アイルは俺の背中に頬をこすりつけると、名残惜しそうに両手を離した。


彼女の腕から開放され、振り返る。


そこには………大好きな表情(かお)があった。


──正直に言おう、アイラとアイルの姉妹は可愛い。というか俺好みだ。


いつもの顔も、怒った顔も、泣いた顔も……ボケーッとしている顔ですら可愛い。


だけど……そのどれも今のアイルには敵わないだろう。


「シノのもとに帰りましょう。───()()()


今のアイルの表情は………満面の笑みだった。

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