二人の勇者
「ねぇ?死神さん?」
第三勇者のその言葉は、アイルに向けられていた。
死神……?
その呼び名が、優しいアイルとどうしたって結びつかない。
「なんで……それを……」
当のアイルは……動揺していた。
「なんでって……もうちょっと自覚した方がいいよん。自分が有名人だってさ」
そんな彼女の動揺を見て、第三勇者は心底楽しそうに笑った。
駄目だ。このままだとアイルまでもやつのペースに飲まれてしまう。
「死神だぁ?なにわけわからん事言ってんだよ」
アイルの隣に並び、第三勇者を睨みつける。
「あっれれ〜?も・し・か・し・て!自分の加護のこと、お仲間に話してないのぉ〜?こんな所まで一緒に来たってことは、お仲間なんでしょ?それはあんまりじゃないかなぁ〜?」
「うるせぇよ、黙れ。隠し事の1つや2つ、誰にだってあるだろ」
第三勇者の声を遮るため、わざと大きな声を出す。
″誰も救えない加護″。たしかアイルはそう言っていた。
彼女にとって、加護の話はタブーだ。メルクリアとの会話のときから、そんな予感はしていた。
「うん、いいよ。僕が代わりに教えてあげる。″調教の加護″よりも……もっと恐ろしいその子の加護をね」
第三勇者パチンと指をならし、そのままアイルを指差す。
「黙れっていってんのが……」
再び、やつの声を遮ろうとしたが……
「……めて」
隣から聞こえて来た、あまりにもか細い声に遮られる。
「やめて……ください……」
その声を出したのは……
隣に立っていたのは……
──あまりにも普通の女の子だった
「アイ……ル?」
彼女のこんな顔、初めて見たかもしれない。
シノと出会った森の中でも、先程魔物に襲われたときでも。……彼女はずっと俺達を守ってくれていた。
──強くて優しいアイル。頼もしくて、いつも助けてくれるアイル。
だから……忘れていたのかもしれない。彼女が普通の女の子であることを。
「その子の……アイルちゃんの″加護″はねぇ〜〜」
──今こそ、俺は第三勇者の言葉を遮るべきだったのだろう。
だが、そんな思考は出来なかった。
それほどまでに、初めて見るアイルの顔が………俺に動揺を与えた。
「″必殺の加護″………文字通り、殺意を持って触れた相手を……必ず殺す能力さ!」
第三勇者は、まるで役者のように、伸び伸びと手を広げる。…………とても、楽しそうに笑っていた。
「い………や………」
そんなやつの態度とは対象的な様子のアイル。
彼女は一歩、また一歩と後ろに下がる。
………必殺の加護?
触れただけで相手を殺せる?
それが本当だというのなら、相手とどれだけ実力差があったって、相手がどれほど頑強な鎧を着ていたって関係ない。
そんな力が……アイルに……?
『誰も救えない力』。彼女はそう言った。
アイルは優しいから、優しすぎるから。きっとその力を恨んだことだろう。
だけど……″必殺の加護″がなんだ。そんなの、アイルとは全く関係ない。
……そんな力を持ってたって、アイルは俺達の″仲間″だ
「……ボクたちとアイルは″仲間″だ。どんな加護を持っていたって関係ないッ!」
シノが声を張り上げる。彼女の気持ちは俺と同じだ。
「わかってないなぁ〜。両手に剣を持ってちゃ、握手はできないんだよ?」
第三勇者は不敵に笑う。アイルの動揺を楽しんでやがる。
「『触れただけで相手を殺せる』……そんな力を持つアイルちゃんの両手は、もはや凶器なんだよね。……そんな凶器を隠したまま仲間面するなんて、アイルちゃんこわぁ〜い」
「偉そうなことをベラベラと……っ!俺達とアイルのことをなんにも知らないくせに!」
そうだ。何も知らないんだ。
アイルの優しさも、苦悩も、なんにも知らない。
アイルは俺だけを救うことに罪悪感を感じながら、それでも守りたいと言ってくれた。
その決意をッ!こいつは……
「ねぇ、ゼクス。案外さ、油断させたところで君を殺すつもりだったのかもしれないよ?『世界のために死んでくれ〜』ってさ」
第三勇者は、指で作った拳銃で、俺の胸を撃ち抜いた。
……心底、楽しそうに。
「違っ………、私はそんな……」
アイルが今にも泣き出しそうな声で首を振る。
このままだと……やばい。この話はアイルを傷付けるだけだ、話題を変えないと。
「随分と、楽しそうに話すじゃないか。これから捕まるっていうのに」
「捕まる?……僕が?なんで?」
俺の問に、第三勇者はとぼけた様子で答えた。
「ふざけんなよクソ野郎。こんな事件起こしてお咎め無しなわけないだろ」
「……箱の中の猫だよ。観測されていない事象は、起こってないのと同じさ。つまり僕は……この事件の犯人じゃない」
箱の中猫……シュレディンガーの猫のことか?
「バカかお前は、観測者なら俺達がいる。箱の中の猫は成立しない」
「ふふ……ふふふ」
第三勇者は顔を伏せ、堪えきれないという様子で笑う。
「なぁ、ゼクス。僕達の故郷には…全く素敵な言葉があるよね」
そして……パッと顔を上げる。
「『死人に口なし』って言葉がさ!」
第三勇者の体から、魔力がほとばしる。くだらないおしゃべりはここまでだと言うことだろう。
「……ッ!アイルッ!!」
相手の魔力を察知した俺は、アイルの名を呼んだ。この中で唯一、第三勇者に対抗できる人物の名前を。
だが彼女は……
「私は……サクラくんを殺そうだなんて………」
何かに怯えるように、肩を震わせていた。
おそらく、相手が戦闘態勢に入ったことさえ気がついていない。
これは……まずい。
「アイルっ!そんなことわかってるから……」
そして俺は、彼女の震える肩を抱こうと、両手を伸ばした。
だがその手は……
「いや……っ!」
他でもない、アイル本人の手によって弾かれる。
……アイルに拒否された。その事実が俺の頭にのしかかり、こんな状況だと言うのに思考が停止してしまう。
「はーーーはッは!そうだよねぇ、触れないよねぇ!自分の両手が凶器である事を知られちゃったんだからさァ!」
どこからか、第三勇者の甲高い笑い声が聞こえてくる。その声は……とても遠くに感じた。
そんなものが気にならないほどに俺は、アイルに拒否された事実を受け入れられずにいのだ。
「私………なんで………?」
アイルは自分の手を見つめながら狼狽する。アイル自身、俺の手を拒否するつもりは無かったのだろう。
──時間が……止まったような錯覚さえ覚える。
守りたい人に、守ってくれた人に。
………大好きな人に、拒否された。
『必要じゃない』そう言われた気がした。
……そんな事を考えていた。だから、俺の視界からは完全に第三勇者が消えていたんだ。
「サクラ!アイル!」
シノの絶叫を聞き、我にかえる。……だが、その時にはもう遅かった。
第三勇者が真っ直ぐに、こちらに向かって走ってきていたのだ。反応できる距離とスピードでは無かった。
そしてやつの狙いは俺ではなく……
「なんで………サクラくんの手を……」
未だ狼狽し続けるアイルだった。
「ハハッ!」
第三勇者無防備なアイルの鳩尾に拳を突き刺す。
「ぐぁ………」
肺の中の空気が一気に出てきたのだろう、アイルは声にならない声を出した。
前に倒れ込むアイルの右腕を掴むと……第三勇者は、その体を思いっきり後方へと投げ捨てた。
「まずは一人♪」
投げ飛ばされたアイルは……動かない。
「アイルっ!」
シノの声にも……反応なし。
「クソっ!」
シノの手を引き、第三勇者から距離を取る。仕方なかったとはいえ、後方に飛ばされたアイルとは更に距離が開いてしまった。
そのアイルの体を……目を凝らして見てみる。大丈夫、体から魔力が出ている、死んじゃいない。
ニーナに続いて、アイルやシノまで失ってしまったら、俺は………
再び、体の奥から『黒い何か』が溢れだそうとしたが……それを理性で押さえ込む。
ここで冷静さを欠いたら、残されたすべてを失ってしまう。
「さぁ、次はどっち?」
第三勇者が、俺とシノを交互に見る。
「……俺だよ」
怯えるシノを庇うように、一歩前に出る。
……戦う?俺が勇者と?
あまりに現実味がない現実が迫ってくる。
「君って勇者になれなかった出来損ないなんでしょ?………やれんの?」
「……やってやるさ。シノ、離れてろ」
シノは何か言いたそうな顔をしたが………俺の剣幕に押され、更に後方へと移動した。
正直……体が震えるほどに怖かった。勝てるわけが無い。
この前の……第四勇者との修行を思い出す。……結果だけ言うのなら、俺はかなり強くなった。
第四勇者曰く、『騎士団の一般騎士と同じくらい』だそうだ。それくらいには、自分の魔力を身体強化に回せるようになった。
しかし、逆立ちしたって勇者には勝てない。
皮肉な話だ。実力を上げる為の修行で、自分の弱さを思い知る事になるなんて。
「それじゃあ……遠慮なくッ!」
第三勇者が姿勢を低くして、こちらに迫ってくる。
えらくスローモーションになった思考の中で、第四勇者との修行を思い出す。
『魔顕の瞳を持った僕達は、瞳に頼った戦い方ができる』
あいつは、そういった。
本来は瞳だけでなく、全身で相手の動きを感じ取るべきなのだ。だが……俺達は違う。
『だから、一度だって目を閉じるな。瞬きすら許されない。………相手を見失った瞬間に、死んだと思え』
第四勇者の声が鮮明に蘇る。
そうだ、敵を観察しろ。相手の魔力から、相手の動きを読み取れ。
第三勇者の魔力は……右手に集まっている。つまり、右手を使って攻撃してくるはずだ。
そして、魔力のゆらぎから、大体の軌道も予測できる。
……予測できるのなら──躱せるッッッ!
「お前も人形にしてやるよ………。『神』である僕を楽しませろッ!」
不敵な笑みを浮かべた第三勇者の右拳は、俺の予測をそのままなぞって放たれた。
やつの狙いは……顔。
「………!」
大仰は動きで躱すな。それは隙になる。
俺は必要最低限の動きで第三勇者の拳を避けた。
「なッ────チっ!」
勇者になれなかった俺に……無能な俺に、攻撃を避けられるとは思わなかったのだろう、やつは一瞬『ギョッ』っとした。
だが……すぐに我にかえり、2撃目を放ってくる。
次は──左拳。狙いは脇腹。
「ふっ──」
高鳴る鼓動を落ち着かせるように、短く息を吐きながら半歩身を引く。
それだけで……第三勇者の攻撃は宙を切った。
「クソッ!なんで………ッ!」
第三勇者の顔に焦りが浮かぶ。
やつは理解したのだ。俺が攻撃を避けたのが……偶然では無いことを
「くそっ!くそっ!くそぉぉぉ!」
第三勇者はひたすらに攻撃を放つ。
右、左、下……また左。
俺はそのすべてを避けてみせる。
第三勇者の動きは隙だらけだった。やはり俺と同じ、戦闘になんか慣れていない。………偶然力を手にしただけの、ただのガキなんだ。
だが……隙だらけの第三勇者の体に、攻撃を放つことができない。
俺とやつでは身体強化の精度に差があり過ぎて、ダメージにならないからだ。
どうしたらいい。やつの体は隅々まで魔力で覆われている。弱点なんてない。
存在しない弱点を付くには……どうしたら……
「なんで避けられるんだよぉぉぉ!」
第三勇者の額に血管が走り、更に攻撃の速度が上がる。
なに、なんてことはない。今まで通りすべて避けて……
───あれ?
今、やつの攻撃が、俺の体をかすめなかったか?──気のせいだろうか
瞬きなんてしていない。俺はずっとやつの魔力を観察し、やつの動きを把握している。
だが……
再び、やつの攻撃がかすった
気のせいなんかじゃない。やつの攻撃が、少しずつ当たって来ている。
なんで……?どうして……?
頭の中がはてなマークで覆われる。
………駄目だ、集中しろ。今俺は………戦闘中なんだぞッ!
やつの次の攻撃は……蹴りッ!
魔力の揺らぎも見て取れる。狙いは……俺の腹だ。
「ふっ───」
俺はまた、自分の動揺を抑えるために短く息を吐いた。
この軌道なら……簡単に避けられる。
だが………
───あれ?
足が─────動かない?
………なんで、どうして!?
いや、どうしてじゃない……!このままだと腹に直撃する。………それだけは不味いッ!
「くッ───!!!」
咄嗟に左腕を、自分の腹と第三勇者の足の間に滑り込ませる。
そしてその一瞬あとに、俺の左腕に凄まじい衝撃が走る。やつの蹴りがヒットしたのだ。
ヒットの瞬間に左腕に魔力を集めたというのに……そんなものはほとんど意味を成さなかった。
せめて飛ばされないように、足に力を入れてみたが……抵抗も虚しく、俺の体は後方へと吹き飛んだ。
その瞬間、俺は理解した。なぜやつの攻撃が徐々に当たり始めたのか。なぜあのとき、足が動いてくれなかったのか。
答えは簡単だ………やつの攻撃の速度が──体の反射を超えたのだ。
目では追えた。頭でも理解できた。どうすれば避けられるのかもわかっていた。
だが……身体能力がついていかなかったのだ。
頭の中にあった動きと、実際の動きが少しずつズレていき……最後には──足が動かなくなったんだ。
『ドン』っと、鈍い衝撃が全身を襲い、地面に衝突したのだと理解する。
「サクラ………っ!」
シノが今にも泣きだしてしまいそうな声で駆け寄ってきた。
「大丈夫……思ったより痛くない」
「でも左腕………折れて………」
シノは俺の左腕を見つめる。………力が入らない左腕を。
おそらく、彼女が言うとおり折れているのだろう。
「大丈夫だって」
シノに一度微笑みかけてから、右手を使い立ち上がる。
腕が折られるほどの衝撃を受けて吹き飛び、地面にも衝突したというのに……思ったより痛くないという言葉に嘘は無かった。これがアドレナリンというものか。………あとが怖い。
「な〜〜〜んだ。やっぱり雑魚じゃんか」
第三勇者が俺を指差して笑う。
「凡人が『神』に挑むからそうなるんだよん」
煽るようなやつの視線を……俺は無視した。
「シノ、ちょっと」
第三勇者に聞こえないように、小さな声でシノの名前を呼ぶ。
「なになに、作戦会議?それとも最後のお別れかなぁ?───いいよ、見逃してあげる」
……チっ、ムカつくやつだ。……だけど、ありがたい。これで心置きなく話せる。
「シノ、正直あいつに勝つのは無理だ」
俺はシノに、真実だけを伝えた。
「そう……だよな」
シノはあまり驚か無かった。……当然だ、やつに対抗できたはずのアイルは、すでに意識を失ってしまっているのだから。
「だからシノ………作戦がある」
……………………。
「ぜったい駄目だ!サクラが危険すぎる!」
俺の作戦を聞いたシノは、それを拒否した。……俺の身を案じて。
「大丈夫、俺も上手くやる。だから……信じてくれ」
真っ直ぐに、シノの瞳を見つめる。
「…………もう、大切な人がいなくなるのは嫌だ」
シノの瞳が僅かに潤む。
「シノ………でもこれしか……」
確かに、この作戦において、俺は少々危ない橋を渡る事になる。だが……納得してもらうしか……
「だから…………約束。ボクとも約束しろ」
だけど、シノは俺が思っているよりも強い女の子だった。
「『ずっと一緒にいる』って、ボクとも約束しろ」
シノは俺に向かって小指を差し出してきた。──指切りをしようというのか、こんな時に。
「何笑ってるんだ?」
知らぬ間に微笑んでしまったのだろうか、シノに指摘される。
「いや……やっぱりシノは綺麗だと思ってさ」
「うるさいバカ」
そして……シノの指に自らに指を絡め……
あの日アイルと交した約束を……シノとも交わす。
だけど、ごめんなシノ。約束……守れないかもしれない。──でも大丈夫。シノとアイルは絶対に守るから。
「じゃあ……ちょっと行ってくるわ」
シノの頭を撫でようと思ったが……やめておこう。彼女は男性恐怖症だ。俺には触られても大丈夫とはいえ、頭となれば恐怖を覚えるかもしれない。
だから……その代わりに、シノの両手を包み込むように握った。
「ん」
シノは少しだけ頬を赤くする。ういやつういやつ。………この少女を、絶対に消させたりしない。
「作戦通り頼みますよ」
「わかってる」
シノの手を離し、第三勇者へと向き直る。
「最後のお別れはすんだの?」
「最後になんてならないさ」
軽口を叩きながらも、相手を油断なく観察する。
折られた左腕は、鈍い痛みを発信し続け、その痛みをもって、相手との実力差を思い知らされる。
足が震え、息がつまり、視界が霞む。俺は今………『死』の間近に立っている。
「次は君からおいでよ」
第三勇者は鼻を鳴らし、いつでもどうぞと両手を広げてみせる。先程のやり取りで、やつは天狗になっているのだ。
「さすがは『神様』……寛容だな」
俺は第三勇者から視線を外さないままに、腰のあたりに手を当て……あるものを抜きとった。
それは………護身用にとアイルからもらったナイフだ。
ナイフを見た第三勇者の表情に変化はない。『やれるものならやってみろ』。やつの目はそう言っている。
───ずっと、考えていた事がある。
それは…俺があいつにダメージを与える方法だ。
やつの体は、全身の隅々に至るまで魔力で強化されている。
俺の力では、到底ダメージを与えることができないだろう。たとえナイフを使って切りかかったとしても同じだ。
──だが一つだけ……やつの魔力を剥ぎ、ダメージを与える方法がある。
その方法を行う為に必要な条件は2つ。
1つ──俺が『武器』を持っていること。
………アイルのナイフにより、これをクリア。
2つ──相手が戦闘において素人であること。
………同じく素人の俺でもやつの攻撃をしばらくは避けることができた。よって……これをクリア。
「………条件完了。力を貸してくれよ……アイルッ!」
一度だけナイフを力強く握り、アイルの事、シノの事を考える。………失敗は───できないッ!
「……………ッ!!!!」
覚悟を決めた俺は、持っていたナイフを、唯一の武器を───第三勇者目がけて思いっきり投げつけた。
……思いっきり、だけど……適当に
狙ったのは……だいたい顔のあたり。
俺の手を離れたナイフは回転しながら突き進んでいる。もし第三勇者に命中したとしても、都合よく刃の部分が当たるとは限らない。それくらい……適当に投げた。
だが──それでいい。
『ナイフの投げた』この事実だけが大事なんだ。
ナイフは、俺たちの世界にだってある……分かりやすい『死の象徴』だ。
戦闘に慣れていない人間が、そんなものを投げつけたら、冷静な判断なんて出来ずに、反射だけで動いてしまう。
「くっ………」
第三勇者は……予想通りの反応を見せてくれた。
迫ってくるナイフに備えて、左腕を顔のあたりに移動させたのだ。
………当たるかもわからない。当たったとしても、体に傷をつけるのかすらわからないナイフを防ぐために。
そしてやつは反射的に……両目を閉じた
………今だッ!
その瞬間、俺は稲妻のように駆け出した。
──折られた左腕が訴えかけて来る。
自分の無力を、相手の強さを。そして………恐怖を。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。……もしも、失敗してしまったら?
───やめろ考えるな。
怖くてもいい、震えてもいい、情けなくたって構わない。──だけど……ッ!
前を向き、顔を上げろ!目を離した瞬間にすべてを失ってしまうぞ!!!
『カラン』という音があたりに響く。俺の投げたナイフが、第三勇者に命中することも無く地面に落ちたのだ。
第三勇者が両目を開る。眼前にまで迫った俺に、そこでようやく気がついた。──だが、もう遅い。
やつの左腕はナイフを防ごうと、顔の正面まで持ってきたままだ。……ご丁寧に魔力まで添えて。
やつは反射的にナイフを防ごうと左腕を上げた。だから、無意識のうちに魔力も左腕に集まっている。
つまり……左腕以外の魔力は……やつの防御は薄いッ!
「うぉぉぉぉぉぉッ!」
俺は、自分に扱える分の魔力すべてを右足に込め、渾身の蹴りを繰り出す。──狙いは、左腕から最も離れた部位……右足だッ!
「こいつでぇぇぇぇぇぇ!!!」
現れたやつの……『弱点』を思いっきり蹴りとばす。
『グキッ』っという音と、自らの足に伝わってきた感触で、第三勇者の骨が折れたことを理解する。
「僕の………『神』である僕の足がァァァァ!!」
第三勇者は折れた足を抑え、うずくまる。
「『痛い』だなんて言うなよ………第三勇者」
俺はグッと拳を握る。
「お前が生んだ『痛み』は………ッ!」
──ニーナの最期を思い出しながら
「お前が生んだ『悲しみ』は………ッ!!!」
──アイルとシノの涙を思い出しながら
「全ッ……然ッ!こんなもんじゃねぇぞッ!!」
俺は──地に落ちた『神』に吐き捨てた。




