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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
53/229

二人の勇者

「ねぇ?死神さん?」


第三勇者(ドライ)のその言葉は、アイルに向けられていた。


死神……?


その呼び名が、優しいアイルとどうしたって結びつかない。


「なんで……それを……」


当のアイルは……動揺していた。


「なんでって……もうちょっと自覚した方がいいよん。自分が有名人だってさ」


そんな彼女の動揺を見て、第三勇者(ドライ)は心底楽しそうに笑った。


駄目だ。このままだとアイルまでもやつのペースに飲まれてしまう。


「死神だぁ?なにわけわからん事言ってんだよ」


アイルの隣に並び、第三勇者(ドライ)を睨みつける。


「あっれれ〜?も・し・か・し・て!自分の加護(ちから)のこと、お仲間に話してないのぉ〜?こんな所まで一緒に来たってことは、お仲間なんでしょ?それはあんまりじゃないかなぁ〜?」


「うるせぇよ、黙れ。隠し事の1つや2つ、誰にだってあるだろ」


第三勇者(ドライ)の声を遮るため、わざと大きな声を出す。


″誰も救えない加護(ちから)″。たしかアイルはそう言っていた。


彼女にとって、加護の話はタブーだ。メルクリアとの会話のときから、そんな予感はしていた。


「うん、いいよ。僕が代わりに教えてあげる。″調教の加護″よりも……もっと恐ろしいその子の加護をね」


第三勇者(ドライ)パチンと指をならし、そのままアイルを指差す。


「黙れっていってんのが……」


再び、やつの声を遮ろうとしたが……


「……めて」


隣から聞こえて来た、あまりにもか細い声に遮られる。


「やめて……ください……」


その声を出したのは……


隣に立っていたのは……


──()()()()()()()()()()()()()()


「アイ……ル?」


彼女のこんな顔、初めて見たかもしれない。


シノと出会った森の中でも、先程魔物に襲われたときでも。……彼女はずっと俺達を守ってくれていた。 


──強くて優しいアイル。頼もしくて、いつも助けてくれるアイル。


だから……忘れていたのかもしれない。彼女が普通の女の子であることを。


「その子の……アイルちゃんの″加護″はねぇ〜〜」


──今こそ、俺は第三勇者(ドライ)の言葉を遮るべきだったのだろう。


だが、そんな思考は出来なかった。


それほどまでに、初めて見るアイルの顔が………俺に動揺を与えた。


「″必殺の加護″………文字通り、殺意を持って触れた相手を……()()()()能力さ!」


第三勇者(ドライ)は、まるで役者のように、伸び伸びと手を広げる。…………とても、楽しそうに笑っていた。


「い………や………」


そんなやつの態度とは対象的な様子のアイル。


彼女は一歩、また一歩と後ろに下がる。


………必殺の加護?


触れただけで相手を殺せる?


それが本当だというのなら、相手とどれだけ実力差があったって、相手がどれほど頑強な鎧を着ていたって関係ない。


そんな力が……アイルに……?


『誰も救えない力』。彼女はそう言った。


アイルは優しいから、優しすぎるから。きっとその力を恨んだことだろう。


だけど……″必殺の加護″がなんだ。そんなの、アイルとは全く関係ない。


……そんな力を持ってたって、アイルは俺達の″仲間″だ


「……ボクたちとアイルは″仲間″だ。どんな加護を持っていたって関係ないッ!」  


シノが声を張り上げる。彼女の気持ちは俺と同じだ。


「わかってないなぁ〜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


第三勇者(ドライ)は不敵に笑う。アイルの動揺を楽しんでやがる。


「『触れただけで相手を殺せる』……そんな力を持つアイルちゃんの両手は、もはや()()なんだよね。……そんな凶器を隠したまま仲間面するなんて、アイルちゃんこわぁ〜い」


「偉そうなことをベラベラと……っ!俺達とアイルのことをなんにも知らないくせに!」


そうだ。何も知らないんだ。


アイルの優しさも、苦悩も、なんにも知らない。


アイルは俺だけを救うことに罪悪感を感じながら、それでも守りたいと言ってくれた。


その決意をッ!こいつは……


「ねぇ、ゼクス。案外さ、油断させたところで君を殺すつもりだったのかもしれないよ?『世界のために死んでくれ〜』ってさ」


第三勇者(ドライ)は、指で作った拳銃で、俺の胸を撃ち抜いた。


……心底、楽しそうに。


「違っ………、私はそんな……」


アイルが今にも泣き出しそうな声で首を振る。


このままだと……やばい。この話はアイルを傷付けるだけだ、話題を変えないと。


「随分と、楽しそうに話すじゃないか。これから捕まるっていうのに」


「捕まる?……僕が?なんで?」


俺の問に、第三勇者(ドライ)はとぼけた様子で答えた。


「ふざけんなよクソ野郎。こんな事件起こしてお咎め無しなわけないだろ」


「……箱の中の猫だよ。観測されていない事象は、起こってないのと同じさ。つまり僕は……()()()()()()()()()()()


箱の中猫……シュレディンガーの猫のことか?


「バカかお前は、観測者なら()()()()()。箱の中の猫は成立しない」


「ふふ……ふふふ」


第三勇者(ドライ)は顔を伏せ、堪えきれないという様子で笑う。


「なぁ、ゼクス。僕達の故郷には…全く素敵な言葉があるよね」


そして……パッと顔を上げる。


「『死人に口なし』って言葉がさ!」


第三勇者(ドライ)の体から、魔力がほとばしる。くだらないおしゃべりはここまでだと言うことだろう。


「……ッ!アイルッ!!」


相手の魔力を察知した俺は、アイルの名を呼んだ。この中で唯一、第三勇者(ドライ)に対抗できる人物の名前を。


だが彼女は……


「私は……サクラくんを殺そうだなんて………」


何かに怯えるように、肩を震わせていた。


おそらく、相手が戦闘態勢に入ったことさえ気がついていない。


これは……まずい。


「アイルっ!そんなことわかってるから……」


そして俺は、彼女の震える肩を抱こうと、両手を伸ばした。


だがその手は……


「いや……っ!」


他でもない、アイル本人の手によって弾かれる。


……アイルに拒否された。その事実が俺の頭にのしかかり、こんな状況だと言うのに思考が停止してしまう。


「はーーーはッは!そうだよねぇ、()()()()()()()!自分の両手が凶器である事を知られちゃったんだからさァ!」


どこからか、第三勇者(ドライ)の甲高い笑い声が聞こえてくる。その声は……とても遠くに感じた。


そんなものが気にならないほどに俺は、アイルに拒否された事実を受け入れられずにいのだ。


「私………なんで………?」


アイルは自分の手を見つめながら狼狽する。アイル自身、俺の手を拒否するつもりは無かったのだろう。


──時間が……止まったような錯覚さえ覚える。


守りたい人に、守ってくれた人に。


………大好きな人に、拒否された。


『必要じゃない』そう言われた気がした。


……そんな事を考えていた。だから、俺の視界からは完全に第三勇者(ドライ)が消えていたんだ。


「サクラ!アイル!」


シノの絶叫を聞き、我にかえる。……だが、その時にはもう遅かった。


第三勇者(ドライ)が真っ直ぐに、こちらに向かって走ってきていたのだ。反応できる距離とスピードでは無かった。


そしてやつの狙いは俺ではなく……


「なんで………サクラくんの手を……」


未だ狼狽し続けるアイルだった。


「ハハッ!」


第三勇者(ドライ)無防備なアイルの鳩尾に拳を突き刺す。


「ぐぁ………」


肺の中の空気が一気に出てきたのだろう、アイルは声にならない声を出した。


前に倒れ込むアイルの右腕を掴むと……第三勇者(ドライ)は、その体を思いっきり後方へと投げ捨てた。


「まずは一人♪」


投げ飛ばされたアイルは……動かない。


「アイルっ!」


シノの声にも……反応なし。


「クソっ!」


シノの手を引き、第三勇者(ドライ)から距離を取る。仕方なかったとはいえ、後方に飛ばされたアイルとは更に距離が開いてしまった。


そのアイルの体を……目を凝らして見てみる。大丈夫、体から魔力が出ている、死んじゃいない。


ニーナに続いて、アイルやシノまで失ってしまったら、俺は………


再び、体の奥から『黒い何か』が溢れだそうとしたが……それを理性で押さえ込む。


ここで冷静さを欠いたら、残されたすべてを失ってしまう。


「さぁ、次はどっち?」


第三勇者(ドライ)が、俺とシノを交互に見る。


「……俺だよ」


怯えるシノを庇うように、一歩前に出る。


……戦う?俺が勇者(こいつ)と?


あまりに現実味がない現実が迫ってくる。


「君って勇者になれなかった出来損ないなんでしょ?………やれんの?」

 

「……やってやるさ。シノ、離れてろ」


シノは何か言いたそうな顔をしたが………俺の剣幕に押され、更に後方へと移動した。


正直……体が震えるほどに怖かった。勝てるわけが無い。


この前の……第四勇者(フィーア)との修行を思い出す。……結果だけ言うのなら、俺はかなり強くなった。


第四勇者(フィーア)曰く、『騎士団の一般騎士と同じくらい』だそうだ。それくらいには、自分の魔力を身体強化に回せるようになった。


しかし、逆立ちしたって勇者には勝てない。


皮肉な話だ。実力を上げる為の修行で、自分の弱さを思い知る事になるなんて。


「それじゃあ……遠慮なくッ!」


第三勇者(ドライ)が姿勢を低くして、こちらに迫ってくる。


えらくスローモーションになった思考の中で、第四勇者(フィーア)との修行を思い出す。


『魔顕の瞳を持った僕達は、瞳に頼った戦い方ができる』


あいつは、そういった。


本来は瞳だけでなく、全身で相手の動きを感じ取るべきなのだ。だが……俺達は違う。


『だから、一度だって目を閉じるな。瞬きすら許されない。………相手を見失った瞬間に、死んだと思え』


第四勇者(フィーア)の声が鮮明に蘇る。


そうだ、敵を観察しろ。相手の魔力から、相手の動きを読み取れ。


第三勇者(ドライ)の魔力は……右手に集まっている。つまり、右手を使って攻撃してくるはずだ。


そして、魔力の()()()から、大体の軌道も予測できる。


……予測できるのなら──躱せるッッッ!


「お前も人形にしてやるよ………。『神』である僕を楽しませろッ!」


不敵な笑みを浮かべた第三勇者(ドライ)の右拳は、俺の予測をそのままなぞって放たれた。


やつの狙いは……顔。


「………!」


大仰は動きで躱すな。それは隙になる。


俺は必要最低限の動きで第三勇者(ドライ)の拳を避けた。


「なッ────チっ!」


勇者になれなかった俺に……無能な俺に、攻撃を避けられるとは思わなかったのだろう、やつは一瞬『ギョッ』っとした。


だが……すぐに我にかえり、2撃目を放ってくる。


次は──左拳。狙いは脇腹。


「ふっ──」


高鳴る鼓動を落ち着かせるように、短く息を吐きながら半歩身を引く。


それだけで……第三勇者(ドライ)の攻撃は宙を切った。


「クソッ!なんで………ッ!」


第三勇者(ドライ)の顔に焦りが浮かぶ。 


やつは理解したのだ。俺が攻撃を避けたのが……()()()()()()()()()


「くそっ!くそっ!くそぉぉぉ!」


第三勇者(ドライ)はひたすらに攻撃を放つ。


右、左、下……また左。


俺はそのすべてを避けてみせる。


第三勇者(ドライ)の動きは隙だらけだった。やはり俺と同じ、戦闘になんか慣れていない。………偶然力を手にしただけの、ただのガキなんだ。


だが……隙だらけの第三勇者(ドライ)の体に、攻撃を放つことができない。


俺とやつでは身体強化の精度に差があり過ぎて、ダメージにならないからだ。


どうしたらいい。やつの体は隅々まで魔力で覆われている。弱点なんてない。  


存在しない弱点を付くには……どうしたら……


「なんで避けられるんだよぉぉぉ!」


第三勇者(ドライ)の額に血管が走り、更に攻撃の速度が上がる。


なに、なんてことはない。今まで通りすべて避けて……


───あれ?


今、やつの攻撃が、俺の体をかすめなかったか?──気のせいだろうか


瞬きなんてしていない。俺はずっとやつの魔力を観察し、やつの動きを把握している。


だが……


再び、やつの攻撃が()()()()


気のせいなんかじゃない。やつの攻撃が、少しずつ当たって来ている。


なんで……?どうして……?


頭の中がはてなマークで覆われる。


………駄目だ、集中しろ。今俺は………戦闘中なんだぞッ!


やつの次の攻撃は……蹴りッ!


魔力の揺らぎも見て取れる。狙いは……俺の腹だ。


「ふっ───」


俺はまた、自分の動揺を抑えるために短く息を吐いた。


この軌道なら……簡単に避けられる。


だが………


───あれ?


足が─────動かない?


………なんで、どうして!?


いや、どうしてじゃない……!このままだと腹に直撃する。………それだけは不味いッ!


「くッ───!!!」


咄嗟に左腕を、自分の腹と第三勇者(ドライ)の足の間に滑り込ませる。


そしてその一瞬あとに、俺の左腕に凄まじい衝撃が走る。やつの蹴りがヒットしたのだ。


ヒットの瞬間に左腕に魔力を集めたというのに……そんなものはほとんど意味を成さなかった。


せめて飛ばされないように、足に力を入れてみたが……抵抗も虚しく、俺の体は後方へと吹き飛んだ。


その瞬間、俺は理解した。なぜやつの攻撃が徐々に当たり始めたのか。なぜあのとき、足が動いてくれなかったのか。


答えは簡単だ………やつの攻撃の速度が──()()()()()()()()のだ。


目では追えた。頭でも理解できた。どうすれば避けられるのかもわかっていた。


だが……身体能力がついていかなかったのだ。


頭の中にあった動きと、実際の動きが少しずつズレていき……最後には──足が動かなくなったんだ。


『ドン』っと、鈍い衝撃が全身を襲い、地面に衝突したのだと理解する。


「サクラ………っ!」


シノが今にも泣きだしてしまいそうな声で駆け寄ってきた。


「大丈夫……思ったより痛くない」


「でも左腕………折れて………」


シノは俺の左腕を見つめる。………力が入らない左腕を。


おそらく、彼女が言うとおり折れているのだろう。


「大丈夫だって」


シノに一度微笑みかけてから、右手を使い立ち上がる。


腕が折られるほどの衝撃を受けて吹き飛び、地面にも衝突したというのに……思ったより痛くないという言葉に嘘は無かった。これがアドレナリンというものか。………あとが怖い。


「な〜〜〜んだ。やっぱり雑魚じゃんか」


第三勇者(ドライ)が俺を指差して笑う。


「凡人が『神』に挑むからそうなるんだよん」


煽るようなやつの視線を……俺は無視した。


「シノ、ちょっと」


第三勇者(ドライ)に聞こえないように、小さな声でシノの名前を呼ぶ。


「なになに、作戦会議?それとも最後のお別れかなぁ?───いいよ、見逃してあげる」


……チっ、ムカつくやつだ。……だけど、ありがたい。これで心置きなく話せる。


「シノ、正直あいつに勝つのは無理だ」 


俺はシノに、真実だけを伝えた。


「そう……だよな」


シノはあまり驚か無かった。……当然だ、やつに対抗できたはずのアイルは、すでに意識を失ってしまっているのだから。


「だからシノ………作戦がある」


……………………。


「ぜったい駄目だ!サクラが危険すぎる!」


俺の作戦を聞いたシノは、それを拒否した。……俺の身を案じて。


「大丈夫、俺も上手くやる。だから……信じてくれ」


真っ直ぐに、シノの瞳を見つめる。


「…………もう、大切な人がいなくなるのは嫌だ」


シノの瞳が僅かに潤む。


「シノ………でもこれしか……」


確かに、この作戦において、俺は少々危ない橋を渡る事になる。だが……納得してもらうしか……


「だから…………約束。ボクとも約束しろ」 


だけど、シノは俺が思っているよりも強い女の子だった。


「『ずっと一緒にいる』って、ボクとも約束しろ」


シノは俺に向かって小指を差し出してきた。──指切りをしようというのか、こんな時に。


「何笑ってるんだ?」


知らぬ間に微笑んでしまったのだろうか、シノに指摘される。


「いや……やっぱりシノは綺麗だと思ってさ」


「うるさいバカ」


そして……シノの指に自らに指を絡め……


あの日アイルと交した約束を……シノとも交わす。


だけど、ごめんなシノ。約束……守れないかもしれない。──でも大丈夫。シノとアイルは絶対に守るから。


「じゃあ……ちょっと行ってくるわ」


シノの頭を撫でようと思ったが……やめておこう。彼女は男性恐怖症だ。俺には触られても大丈夫とはいえ、頭となれば恐怖を覚えるかもしれない。


だから……その代わりに、シノの両手を包み込むように握った。


「ん」


シノは少しだけ頬を赤くする。ういやつういやつ。………この少女を、絶対に消させたりしない。


「作戦通り頼みますよ」


「わかってる」


シノの手を離し、第三勇者(ドライ)へと向き直る。


「最後のお別れはすんだの?」


「最後になんてならないさ」


軽口を叩きながらも、相手を油断なく観察する。


折られた左腕は、鈍い痛みを発信し続け、その痛みをもって、相手との実力差を思い知らされる。


足が震え、息がつまり、視界が霞む。俺は今………『死』の間近に立っている。


「次は君からおいでよ」


第三勇者(ドライ)は鼻を鳴らし、いつでもどうぞと両手を広げてみせる。先程のやり取りで、やつは天狗になっているのだ。


「さすがは『神様』……寛容だな」


俺は第三勇者(ドライ)から視線を外さないままに、腰のあたりに手を当て……あるものを抜きとった。 


それは………護身用にとアイルからもらったナイフだ。


ナイフを見た第三勇者(ドライ)の表情に変化はない。『やれるものならやってみろ』。やつの目はそう言っている。


───ずっと、考えていた事がある。


それは…俺があいつにダメージを与える方法だ。


やつの体は、全身の隅々に至るまで魔力で強化されている。


俺の力では、到底ダメージを与えることができないだろう。たとえナイフを使って切りかかったとしても同じだ。


──だが一つだけ……やつの魔力を剥ぎ、ダメージを与える方法がある。


その方法を行う為に必要な条件は2つ。


1つ──俺が『武器』を持っていること。


………アイルのナイフにより、これをクリア。


2つ──相手が戦闘において素人であること。


………同じく素人の俺でもやつの攻撃をしばらくは避けることができた。よって……これをクリア。


「………条件完了。力を貸してくれよ……アイルッ!」


一度だけナイフを力強く握り、アイルの事、シノの事を考える。………失敗は───できないッ!


「……………ッ!!!!」


覚悟を決めた俺は、持っていたナイフを、唯一の武器を───第三勇者(ドライ)目がけて思いっきり投げつけた。


……思いっきり、だけど……()()()


狙ったのは……()()()()顔のあたり。


俺の手を離れたナイフは回転しながら突き進んでいる。もし第三勇者(ドライ)に命中したとしても、都合よく刃の部分が当たるとは限らない。それくらい……()()()()()()


だが──それでいい。


『ナイフの投げた』この事実だけが大事なんだ。


ナイフは、俺たちの世界にだってある……分かりやすい『死の象徴』だ。


戦闘に慣れていない人間が、そんなものを投げつけたら、冷静な判断なんて出来ずに、()()()()()()()()()()()


「くっ………」


第三勇者(ドライ)は……予想通りの反応を見せてくれた。


迫ってくるナイフに備えて、左腕を顔のあたりに移動させたのだ。


………当たるかもわからない。当たったとしても、体に傷をつけるのかすらわからないナイフを防ぐために。


そしてやつは反射的に……()()()()()()


………今だッ!


その瞬間、俺は稲妻のように駆け出した。


──折られた左腕が訴えかけて来る。


自分の無力を、相手の強さを。そして………恐怖を。


怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。……もしも、失敗してしまったら?


───やめろ考えるな。


怖くてもいい、震えてもいい、情けなくたって構わない。──だけど……ッ!


前を向き、顔を上げろ!目を離した瞬間にすべてを失ってしまうぞ!!!


『カラン』という音があたりに響く。俺の投げたナイフが、第三勇者(ドライ)に命中することも無く地面に落ちたのだ。


第三勇者(ドライ)が両目を開る。眼前にまで迫った俺に、そこでようやく気がついた。──だが、もう遅い。


やつの左腕はナイフを防ごうと、顔の正面まで持ってきたままだ。……ご丁寧に魔力まで添えて。


やつは反射的にナイフを防ごうと左腕を上げた。だから、無意識のうちに魔力も左腕に集まっている。


つまり……左腕以外の魔力は……やつの防御は薄いッ!


「うぉぉぉぉぉぉッ!」


俺は、自分に扱える分の魔力すべてを右足に込め、渾身の蹴りを繰り出す。──狙いは、左腕から最も離れた部位……右足だッ!


「こいつでぇぇぇぇぇぇ!!!」


現れたやつの……『弱点』を思いっきり蹴りとばす。


『グキッ』っという音と、自らの足に伝わってきた感触で、第三勇者(ドライ)の骨が折れたことを理解する。


「僕の………『神』である僕の足がァァァァ!!」


第三勇者(ドライ)は折れた足を抑え、うずくまる。


「『痛い』だなんて言うなよ………第三勇者(クソ野郎)


俺はグッと拳を握る。


「お前が生んだ『痛み』は………ッ!」


──ニーナの最期を思い出しながら


「お前が生んだ『悲しみ』は………ッ!!!」


──アイルとシノの涙を思い出しながら 


「全ッ……然ッ!こんなもんじゃねぇぞッ!!」


俺は──地に落ちた『神』に吐き捨てた。


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