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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
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素敵な微笑みと不敵な笑み

〜桜side〜


地下へと続く階段を全て降りきると……薄暗い廊下に出た。完全なる一本道、迷うことは無いだろう。


それにしても、先があんまり見えないな……


廊下を照らすのは、壁に等間隔に設置された照明器具だけだった。見たことのない形、何かしらの魔法を使って発光させているのだろうか。


そしてその照明器具は、淡いオレンジ色をしていた。明るさも蝋燭程度。奥まで見えないのも当然か。


「迷っている暇はありません、一気に走り抜けましょう」


提案してきたアイルの顔は、とても冷静に見えた。だが……


「アイル、落ち着け」


俺には分かった、彼女は冷静じゃない。焦っている。先の見えない廊下、それにここは敵の屋敷だ。何があるか分からない。


普段の彼女なら、無謀な真似はしなかったなろう。


「視界が悪いんだ、あたりを警戒しながら進もう」


「ですが………」


「この先にニーナがいるんだ。ゆっくりしている時間はない」


言葉に詰まったアイルの代わりに、シノは苛立たしげな声を出した。


やはり、彼女も焦っている。


「急ぎたい気持ちはわかる、俺だってそうさ。でも──なにか嫌な感じがするんだよ」


そう、俺が急ぎたい気持ちを抑えれたのは……冷静でいられたのは、ひとえにこの『嫌な感じ』のおかげだ。


この長い廊下のどこかに何かがある。………いや、何かが()()


「それは……確かなんですか?」


アイルの問いかけに、俺は首肯する。


「サクラの感覚は鋭かったな………。分かった、ボクも落ち着く」 


シノは大きく深呼吸をしてから、『パンパン』と、自分の頬を両手で叩いた。


「よし、もう落ち着いた。行こう」


人はそんな簡単には落ち着けないだろう。……だが、気持ちに整理をつけられただけで十分だ。


「先頭は私が努めます。シノはいつでも結界が張れるように準備を」


「分かった」


そして……俺達は細心の注意を払って歩き続ける。


俺に出来るのは……おそらく敵の接近を知らせる程度だ。


せめて……そこはしっかりしないと。


慎重に歩いているせいか、あたりに気を貼っているせいか、嫌に時間が長く感じる。自分の心臓の音がうるさい。


そして……10分ほど歩いた頃だろうか。いや、本当はもっと短い時間だったのかもしれない。


「…………ッ!なんだよ……これ……」


ふいに……研ぎ澄ませた俺の感覚が、何かを感じた。


「敵か!?」


横を歩いていたシノが俺の様子に気がつき、敵の接近を疑う。


アイルは腰を落とし、戦闘態勢にはいる。


だが……違う。敵じゃない。


「……二人とも大丈夫だ。敵じゃない」


俺が感じたのは、身を震わせるほどに膨大な魔力。そしてその魔力は前方ではなく……


上に……地上に発生したものだ。


「上からとんでもない魔力を感じた。きっと……二人の戦闘に決着がついたんだ」


俺達を先に進ませるため、地上に残ったスタークを思い出す。まさか彼が俺の背中を押してくれるとは……


「とんでもない魔力……というと、どちらかが大技を放ったのでしょうか。どちらのものか分かりますか?」


二人の魔力は直接感じ、見た事もある。先程の魔力がどちらのものなのか普通なら分かるはずなのだが……


「ごめん、わからない。なんていうか……二人の魔力がぐちゃぐちゃになって、一箇所に集まったような……」


そう、先程の魔力は、二人を合わせたようなものだった。


″ぶつかり合った″わけではなく……″混ざりあった″


「魔力が一つに……ですか?あまり聞かない話ですね。どちらかの″加護″によるものかも知れませんが……」


アイルは自らの顎に手を当てる。


「どっちにしろ、やっぱり少しだけ急いだほうがいいかも知れない。……もしもスタークが負けていたら……」


俺の言葉に、アイルとシノは息を呑んだ。


そう、ないとは思いたいが、もしもスタークが負けていたら……


戦う相手を失ったメルクリアが、()()()()()()()()()()


そうなると……状況は最悪だ。


本気のメルクリアと、勇者を同時に相手取って勝てるわけがない。


メルクリアに本当の事を信じてもらい、協力してもらうのも難しいだろう。


なんせ彼女は、俺のことを″咎人″と呼び、蔑んでいるのだから。


「十分に警戒したまま、急ごう」


今一度気を引き締める。


「彼ならきっと大丈夫です。なんせ、私の攻撃を防いだ人ですから」


スタークが敗北した可能性を考え、少し表情が暗くなっていたシノを元気づけるように、アイルは明るい声を出した。


「そう……だな。ボクは信じてる」


「はい。私も信じています」


───あれ?アイルの背後に何か見える。……気のせいか?


それは、2つの光のように見えた。


「それでは……私達も自分の役割を……」

 

いや、違う!これは気のせいなんじゃ無いッ!


「アイルッ!後ろッ!!!」


何かがこちらに近づいてきている!


「え……?」


俺の声に反応し、後ろを振り向こうとするアイル。


だがその途中で………こちらに近付いてきていた″何か″は、アイルの左腕に、勢い良く飛びついた。


「なっ!?」


″何か″の動きがとまり、初めてその全体を見ることが出来た。


まずは……鋭い両の瞳。光って見えたのはきっとこれだろう。


全身には黒い毛がところ狭しと生えていて、強靭な四肢の先には……鋭い爪。


そして牙。そいつの口には、鋭い牙が生えていた。そしてそれは……現在、アイルの左腕に深く食い込んでいた。


初めて見る生き物。知っている生き物の中で一番近いのは……狼だ。


そして、理解する。こいつだ、こいつが………


『魔物』だ。


地下に入った時から感じていた嫌な気配はこいつだ。


初めて見る魔物の姿に、恐怖を覚える。


……なんで接近に気が付かなかった?


会話の最中だったから油断した?直前に発生した膨大な魔力のせいで、感覚が麻痺していた?


いや、そんな事どうでもいい。とにかくこれは……俺が招いた結果だ。………クソッ!


アイルの左腕には、今だ鋭い牙が突き刺さっており、ミシミシと嫌な音をたてている。


アイルは顔を歪めていたが……痛みや苦痛の為ではない。この表情はきっと……『驚き』だ。


なぜ、直接攻撃されるまで接近に気が付かなかったのか。アイルはそれに驚いているのだろう。


答えは……シノに気を使ったからだ。シノに気を使ったから、周りに意識がいかなかった。


優しい彼女だから……攻撃を受けてしまった。


だから……だからこそッ!俺がしっかりしなくちゃいけなかったのにッ!


激しい自責の念に駆られながら、アイルの方を見る。


彼女はもう……驚いてはいなかった。自分が何をすべきかを考えているのだ。


相変わらず、対応がはやい人だ。


「────っ」


アイルは短く呼吸を整えると、片膝を付き………


「────ッ!!!」


自らに食らいついている魔物ごと、左腕を思いっきり床へと叩きつけた。


衝撃に耐え切れず、床にヒビが入る。凄まじい威力。


「キャン」  


魔物はアイルから口をはなし……それ以上は動かなかった。


「はぁ……はぁ……」


アイルは荒い呼吸を繰り返す。


「アイル!大丈夫なのか!?」


シノがアイルに駆け寄り、心配そうに左腕を眺める。


「平気です。ちょっとチクリとしましたが」


………嘘。平気じゃない。アイルの顔からは、滝のように汗が吹き出していた。


シノもアイルの強がりに気がついていただろうが、本人が言うなら。という様子で口をつぐんだ。


「アイル……ごめん、俺……」


「油断していたのは私ですし、サクラくんが叫んでくれなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれません」


そう言って彼女は……微笑んだ。俺に気負いさせないように。


こんな時まで……人の心配をするだなんて。


アイルは自分の服の袖を千切ると……歯を使い、それを包帯代わりに巻きつけた。


「それにしても……なんでこんなところに魔物がいるのでしょうか」


アイルは左腕が問題なく動くかを確かめながら呟いた。


……やはり先程のあれは魔物だったのか。


「こんなところまで迷いこんだ………って事は流石にないよな」

 

ここは勇者の屋敷。それも地下だ、偶然入り込む訳がない。


「勇者の居場所へと続く道に魔物……か。まるで番犬みたいじゃないか」


シノは皮肉めいた笑みをこぼす。


「番犬ですか……。あながち間違いじゃ無いかもしれませんよ?」


「アイル……」


「大丈夫ですよサクラくん。ちゃんとわかってます」


アイルはそう言って振り向き、廊下の奥を睨めつけた。


アイルの視線の先には……先程と同じ光が多数。魔物の眼光だ。


「シノとサクラくんは結界の中に。大丈夫、問題ありません」


そう言ってアイルは俺達に向かって再び微笑み、無数の魔物たちの中に飛び込んだ。


✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦

〜アイラside〜


「ねーねー、シャルちゃんは好きな人とかいないの?」


昼食後のなんにもない時間に、私はシャルちゃんに問いかけた。


召喚士と言っても、殆ど仕事がない。勇者を召喚し終わった今、正直私はお飾りだ。勇者がこの世界に適応していられるように、魔力を送り続けるのだけが私の仕事。


「好きな人………ですか………?」


シャルちゃんはもじもじしながら答えた。相変わらずあまり目を合わせてはくれない。


もしかしたら、男の子はこんな弱々しい子が好きなのかもしれないな……私とは真逆だ。


「可愛い後輩を困らせないよーに」


答えに詰まっているシャルちゃんに助け舟を出したのはリープだった。 


「えー、いいじゃん恋話。しよう?……しよう、恋話を。とりあえず女の子っぽい話しがしたい!……リープは好みのタイプとかいるの?」


「金持ちね」


リープは少しも迷わずに答えた。目がお金の形になっている。


「うわー……素っ直ー」

 

少しも偽らない彼女に、呆れ……いや、もはや尊敬する。


「男は金、女は顔。どんなに取り繕っても、この事実だけは変わらないわ」


リープ目を閉じ、ピンと人差し指を立てる。


シャルちゃんも興味があるようで、リープの方を真剣に見ていた。


「『俺は顔よりも性格かな』……っていうオトコは駄目ね、論外よ」


「はわぁ……」


シャルちゃんは相槌をうった。真面目だなぁ。


「そもそもの顔が良くなきゃ性格に興味なんて持たないのよ。あいつらはね………」


そっと目を伏せるリープ。


「リープ……前に失恋でもしたの?」


「えぇ、数えるのを諦めるくらいにはね……」


えぇ、なんか以外。顔は可愛いのに。


性格は……まあ好みがあるしね!


「って私はいいのよ。それよりもアイラはあいつの何処が好きなの?」


「べ……別にサクラのこと好きってわけじゃ……!」


急に話を振られ、上ずった声を出してしまう。


このやり取り何回目?


「ふーん、べつに『サクラ』とは言ってないんだけど」


「………!?」


自分でも頬が染まっていくのがわかる。


リープはニヤニヤしながらこちらを小突いてくる。


……なんで咄嗟にサクラって言っちゃったんだろう。ほんとに好きじゃないんだけどな……。


……少し気になってはいるけどさ。


「アイラ様は………『好きな人』……いるんですか?」


少し低い声がした方を向くと、珍しくシャルちゃんと目が合った。


「あ……あう………あうー……」


うまく言葉が出ずに、なんか気持ち悪い声がでる。


「いるよー、とびきりゾッコンなのが」


いやにニヤニヤしたリープが私の代わりに答えた。


「『好きな人』がいる。それはとても大切なこと………です」


……シャルちゃんの中でも私がサクラくんを好きということになってしまったようだ。うぅ〜……


「だから………()()()()()()()()()


「……え?」


気をつける……?どういうこと?


シャルちゃんの言葉が気になった私とリープは、口を挟むことなく続きを待った。


「人は……自分が傷付くよりも……『大切な人』を傷付けられたほうが()()んです。───アイラ様(あなた)もそうなんでしょう?………ふふっ、うふふ……」


シャルちゃんは………笑った。


でもその笑顔は、誰かを笑顔にするような笑顔では……


私が好きな笑顔では………無かった。


アイラ様(あなた)の『大切な人』に……不幸が無いと………いいですね。………うふふ」

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