きっと。絶対。
「静かに。誰かが結界の中に入ってきた」
シノから発せられた言葉は、その場にいた全員に緊張を与えた。
「本当か、シノ」
俺の問いかけに、シノは頷く。
「いま入ってきたばかりだから、まだ距離はある。またボクだけ残して近くに隠れてくれ」
シノの言葉に俺とアイルは頷き合い、身を隠そうとしたが……
「おい、お前も隠れろ」
戒める者の青年……スタークが一向にその場を離れようとしないことに気が付き、声をかける。
「あァ?この俺がガキを………チッ……。シノを置いて隠れるわけねェだろ。怖いってんならテメェだけ勝手に震えてろ」
「怖いとかじゃなく、こうしないと犯人が逃げるじゃないか」
鋭い視線で睨んでくるスタークの目を、正面から見据える。………正直怖い。
やつの目は″強者の目″。弱者である俺に恐怖を植え付けてくる。
……もしかしたら、俺の声は震えていたのかもしれない。
だが……ここは譲れない。犯人は絶対に捕まえなくちゃいけないんだから
「何かあったら直ぐに手が出せる距離でいいんだ。だからお前も早く……」
「……うぜェぞ、なりそこないがァ」
「………っ!」
スタークの気迫に……その″魔力″に……思わず怯んでしまう。
″弱者″の命令を″強者″が聞く必要はない。スタークの目はそう言っていた。
怒りとともに吹き出したスタークの魔力量を見るに……きっとこいつはアイルやメルクリアと同等に強い。
「スターク、お願いだ。友達を助ける為に、ここで絶対に犯人を捕まえなくちゃいけない。ボクが囮になるのが一番確実な方法だと思うんだ」
スタークに怯んだ俺の代わりに、別の″強者″が声を出す。シノの瞳は……『ニーナを絶対に救う』という光が宿っている。
その光は、どんな力を持ってしても消すことはできないだろう。見るものにそう確信させる何かがある。
「それにボクなら大丈夫だ。危なくなったら……そこの『なりそこない』が助けてくれる」
シノはこちらをみて柔らかく微笑む。
「助けてくれる……?はッ!勇者になれなかったそいつに何が出来んだァ?国から逃げてるだけの腰抜けによォ」
スタークが俺を見て笑う。何も出来ない俺を。女の子に守られているだけの俺を。
……笑えよ。俺が無力だってことは、俺が一番分かってるんだ。
……どうせ俺は、どの世界にいたって、何も出来はしないんだから。
「スタークの言うとおり、きっと何も出来ない。………でも、絶対なんとかしようとしてくれる」
シノは真っ直ぐな瞳で否定した。
「………結局何も出来ねーってんなら、意味ねーだろうが」
「意味ならある。何も出来なくたって、ボクはきっとその行動に喜びを覚え、救われるんだから」
シノの言葉を聞いたスタークが……
少しだけ、ほんの少しだけ表情を柔らかくした気がした。
「ちっ……。どうせ譲る気はねェんだろ?今は言うことを聞いてやる」
そう言うとスタークは、俺とアイルの元まで歩き始める。
「スターク」
その背中をシノが呼びかける。幾度目かの光景だ。
返事もせずに振り返ったスタークに、シノは言葉を投げた。
「ボクを心配してくれてありがとう」
素直な感謝の言葉に、スタークは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにいつもの調子を取り戻して、「ウゼェ」とつぶやきながら、俺達と同じように木の影に身を隠した。
「スターク、俺からも言っておく。あいつのこと心配してくれてありがとう」
そうだ、スタークがシノを囮にすることに反対したのは……シノの身を危険に晒したくないという″善意″から来たものだ。なら、感謝を述べるのは当然。
そして、俺のこの素直な言葉。素敵な出会い方をしたとは言えないが、これで俺とスタークも仲良しに……
「あァ?男に感謝されたってきめェだけだ。黙ってろ」
なれませんでしたー!
「スタークさん、私からも言っておきます。あの子のことを心配してくれてありがとうございます」
俺とスタークのやり取りを聞いたあと、すぐにアイルも感謝の言葉を述べた。
こいつ、挑戦的だ。『女ならいいんだろ?』と顔に書いてある。
「てめェらまじに覚えとけよ……」
おぉ、かわいそうかなスターク。半ば女性に優しいばかりに、おもちゃにされてしまったんだね
……しばらくの沈黙が続いたあとスタークが静かな声を上げた。
「構えろ、もうそこまで来てる」
アイルの顔がいっそう険しくなる。
……そこまで来てる?スタークはそう言ったが、俺には相手の位置が全くわからない。
スタークがやって来たときは、その魔力を感じることで正確な場所まで特定できたが……今回はそれが出来ない。
つまり……今こちらに向かってるやつは魔力量が低い=あまり強くない?
いやいや、それだけで決めるのは早計だ。あえて力を隠してるのかも知れない。
「来るぞ」
相手の位置がわからずに戸惑う俺とはうって変わり、スタークは敵の接近を確信している声を出す。
ガサ……ガサ……。
静かすぎる森に、一つの足音。
魔力や気配ではなく、その足音でもって、俺も相手の大まかな位置を確認し、そちらを向く。
ガサ……ガサ……。
足音が少しずつ、少しずつ大きくなり、その音がなる度に、俺の心臓は大きく跳ねた。
そして……
ピタリ。
シノがいる、シオンの花が咲く場所の近くで足音が止む。
シノの姿と、周りに人がいない事を確認しているのだろうか。
そして……
一歩。そいつはシノのもとへと踏み出した。
月明かりがそいつを照らし出した瞬間。
「ッ!!」
「………!」
アイルとスタークが同時に駆け出した。
まるで事前に打ち合わせでもしていたかのような動きで、犯人と思われる人物を挟み込む。
スタークは正面、アイルが背後。
「ひぇ………っ!」
犯人と思われる人物は、突然現れた二人に驚き、情けない声を出した。
「てめェ、こんな時間にここに何の用だァ?」
スタークは鋭い視線を向ける。圧倒的強者の視線。普通の人間なら、それだけで怯んでしまう。そしてそれは……今その視線を受けた人物も例外では無かった。
「あなたは一体……」
男性はスタークの素性を尋ねる。だが
「黙って答えろ」
スタークは自分の要求だけを通した。
「私はただ……えっと………。そう、花を取りに……!」
その声は……俺の耳にも、嘘をついているとわかった。
俺の位置からでは、犯人と思われる人物の姿がよく見えず、性別すら定かではなかったが、声を聞く限り男性のようだ。
………というか、まて。この声、聞き覚えがある。
そう感じたのはアイルも同じだったようだ。男性の正面へと回り込み、その顔を確認する。
そしてその瞬間。
「え……?うそ、何であなたが……?」
両手で口を抑えるアイル。
「あァ?知り合いか?」
スタークはアイルに問いかけるが、アイルは答えない。それほどまでに動揺する相手……?
気になった俺は、木の影から離れ、アイルの隣に並んで、男性の顔を確認する。
その男性は……眼鏡をかけていて、頭は白髪混じり。そして……細身だ。
もしも、彼がスタークのように騎士団の服を着ていたのなら、ニーナがここで誘拐された可能性を親から聞きつけ、犯人を探しに来たのではないかと言う推測がつけられた。
だが……彼が来ていたのは騎士団の制服ではなく、お世辞にも高価とは言えない、一般的な服。
………男性をよく観察してみるとその手にはある物が握られていた。
それは……ロープと折りたたまれた麻袋。
……様々な情報が、俺に訴えかけてくる。
″今目の前にいるこいつが、ニーナをさらった犯人なんじゃないか″…………と
そして、ゆっくりと、目の前の男性に声をかける。
「ガスパーさん………?なんで……」
そいつは………俺達が泊まっている宿の管理人だった。




