あそびましょ
「さーせんっ!プリュネさんいますかー!?!?!」
挨拶は明るく元気に気持ちよく。その常識な万国共通……のはずだ。
いや、万国共通では意味がない。なんたって俺は、違う国どころか違う世界にいるのだから。
「うる……っさいのだっ!!!」
聞いたもの全てを笑顔にする挨拶(自称)に、苦言の叫びを上げる少女が一人。
アストレア邸の門番……確か名前は、アンリエッタと呼ばれていた筈だ。
相変わらずその背中には、背格好と不釣り合いな戦斧の姿がある。
「なんなのだ!?朝っぱらから人の家の前でっ!!!」
人の家の前。このちんまいのが言うように、俺はプリュネの家の前に来ている。
……彼女が昨日『も』殺それた家の前に。
「なんなのだって……最初から言ってんだろ?プリュネさんを出せ、遊びに来たんだよバカタレが」
プンスカと怒るアンリエッタを無視しようとするが……やはりそこは門番。俺を通してくれる気は無さそうだ。
扉の前まで行こうとする俺を、小さな体で遮った。
「べーっ!お前こそバカタレなのだっ!」
「おいおいクソガキ。あんまり『バカタレー』とか、強い言葉を使うなよ。弱く見えるらしいぞ?」
「お前が先に言ったのだ!!!」
「うるせーな、あんまり過去の事を気にすんなよ。モテねーぞ?……それより、早く中に入れてくれ。タイムイズマネーって言葉知ってるか?」
アンリエッタは両手で大きくバツを作る。
「ダメなのだっ!『知らない人はお家に入れちゃいけません』って、アンは言われてるのだっ!!!」
「何言ってんだよアンリエッタ。……いや、アン」
彼女の両肩を掴み、力強い眼差しを送る。
「俺はこの前もここに来た。そして、こうしてお前の名前だって知ってるんだ。俺達の関係は『知らない人』だなんて……そんな安っぽい関係じゃないだろう!?」
「……む?むむぅ……?た、たしかにそうなのだ。アンはお前のことを知っているのだ」
チョロい。チョロいぞアンリエッタ。
体躯は小さいし、思考はチョロい。いかついのはその武器だけ。こんなのが門番で、本当に大丈夫なのだろうか。
「そうだ。俺達は知り合いだ。ソウルフレンドだ。……って事で失礼しますよい」
「だ、だめなのだだめなのだ!そーいうわけには行かないのだっ!」
アンリエッタの隣を通り抜けようとするが、さすがに静止される。ま、当たり前か。
「駄目なのはわーったよ。無理言ってすまなかった」
以前ここであばれまわったリープの知り合いである俺が、いきなり家に入れてください、お嬢さんに合わせてください?と言っても、土台無理な話だ。
家に入るためのもっともらしい理由や、作戦を考えずにここまで来てしまったのは、俺に焦りがあるからなんだろうな。
「なぁ、アンリエッタ。俺は家に入れなくてもいいんだ。ただ、プリュネに会いたい。……呼んで来てくれって訳にも行かないのか?」
今日の中で、一番切実な思いだった。真摯な言葉だった。
昨日あんな悲惨な目にあったプリュネが、どんな顔をしているのかが知りたい。どんな思いで今日を迎えたのかが知りたい。
救ってやりたいだなんて、そんな事が出来るだなんて思ってない。俺は、ただ……
「どうしてお前はお嬢様に会いたいのだ?会って何がしたいのだ?」
……その質問に答えるには、俺も1つの質問をしなければいけない。
「なぁ、お前は知ってるのか?プリュネが、昨日どんな目にあっていたのか」
溢れ出る感情を抑えるために、強く拳を握った。
「……っ!?ど、どうして知っているのだ……?」
この反応で理解する。アンリエッタは、プリュネの身に起きている事を知っていると。
彼女が、何度も殺されている事実を知っていると。
「お前も、知ってんだな」
知っている。ならば、プリュネのクソ兄貴と一緒だ。知っているのに何もしない、ただ見ているだけの傍観者。
門番であるアンリエッタが知っていると言うことは、この屋敷いるやつの殆どが知っていると言うことだろう。
……屋敷全体から、不気味なオーラが出ているように感じた。
「知ってて、何もしないんだな。アイツの兄貴と同じように。『なにかしよう』って思った事は一度もないのか?」
「アンなんかが口を出すのは、恐れ多い事なのだ」
どこか悲しそうに、アンはそう告げた。
傍観者が悪いとは言わない。
いじめを見て見ぬふりをしているやつも、いじめているやつと同罪だというのは、力があるやつの暴論だ。
だけど、だけどそれでも……ムカつく。
「そうか……。ま、そんなもんだよな」
強いものには従え。それは動物として当然の本能だ。門番であるアンリエッタや、この屋敷で生活しているであろうメイド達には、何も出来ない。何もする必要がないし、それを攻める権利は誰にもない。
「おまえは、『なにかしよう』っておもってるのか?」
「まあ、そうだな。そうなるかな」
助けてやりたいとか、なんとかしてやりたいとか……そんな、本物の『勇者』みたいなことは考えてない。
俺の行動を支配しているのは、もっとシンプルな感情だ。
「ーーーここで待ってるのだ。変なことはするんじゃないぞ?」
どんな心境の変化があったのか、アンリエッタは屋敷の中へと入っていく。……プリュネを呼んできてくれるのだろうか。
「なんか、嫌いになれなそうだな」
アンリエッタの背中を見ながら。
1人、そう呟いた。