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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第二章 正義の人
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振り上げられたその腕は

あのあと、アイルと様々なお店を巡った。アイルが何を見て、何を買っているのかさっぱりわからない。


アイルは目立たないようにローブのフードを目深に被っていた。


一方の俺は…素顔丸出しだった。


城の中でしか生活していなかったから、俺の顔を知っている人はあまりいないだろう。


だが…この黒髪のせいで日本人だということはバレるのではないか?


とも思ったが…そんなことは無かった。


街行く人を見てみると、赤、青、緑、紫などなど、様々な髪の色をした人がいるが…中には黒髪もいた。


なるほど、髪の色だけで日本人だとバレる事はなさそうだ。


これなら堂々としていたほうが逆に怪しく無いだろう。


「………君。ちょっといいかな?」


そんな矢先、いきなり声をかけられた。


声をかけ来たのは、この街に似合わず、金持ちそうな男性。


歳の頃は20の半ばくらいだろうか。


皺の無いキチッとした服を着ている。


……正体がバレたのか?


アイルも同じことを考えたのだろう。一歩こちらによってくる。何かあればすぐに動ける距離だ。


だが…正体がバレたと言うわけではなかった。


「君、素敵な物をつけているね」


「これ……ですか?」


男性の視線の先には…アイラのペンダントがあった。


「おっと……自己紹介もまだでしたね。私の名前はアーデル。以後、よろしく。」


そう言うと、アーデルは丁寧にお辞儀をした。


合わせてこちらもお辞儀をする。


「えっと、俺の名前は、さ……」


「私達に何の用ですか?」


こちらも名乗ろうとしたが……割ってきたアイルに止められる。


迂闊に名前を言うなということだろう。アイルの声音には、まだ敵意の色が見える。


「デートの邪魔をして悪かったね。………単刀直入に言おう。そのペンダント、譲ってくれないか?1000万でどうだろう。」


1000万…?ってどれぐらいの価値?

 

隣のアイルが、そのフードの下で驚いているのがわかる。つまり大金ということだろうか。

 

確かにこれから先お金は必要になってくるだろう。今日の買い物はすべてアイルがお金を払っていたが、それもいつまで持つかわからない。


というか女の子のヒモというのも良くないだろう。


だが……


「すまないんだけどさ、無理。」


「倍出すと言っても?」


「お金じゃないんだ。これだけは手放せない。」


そう、お金じゃない。


クサいことをいうなら、お金で買えないものが詰まっているから。

  

アーデルはしばらく考えたあと、「わかった」と口を開いた。


「無理に。というわけではなかったんだ。でもまあ、気が向いたらいつでも声をかけてくれ、僕はこの街にいると思うから。」


そういって、アーデルは手を振りながら街の中に消えていった。


その背中が見えなくなってから………


「売らなくて、良かったんですか?」


口を開いたのはアイルだった。


「お姉様には、売ってもいいと言われたんじゃありませんか?」


たしかにそうだ。御者に見せたあとは売っても良いと言われた覚えがある。


「確かに良いって言われたけどさ…温もりは手放せ無いだろう?」


「クサいセリフですね。」


そう言ったアイルの顔は……どこか嬉しそうに見えた。


「あはは〜……。まあ、とりあえず大事に持っといて、アイラにあったときにちゃんと返すよ。」


アイラに会うのはいつになるのだろうか。その時が待ち遠しい。


「お金の心配はしなくて大丈夫です。こう見えても結構持ってますから。」


そういえばお城で使用人をしていたんだっけ。


無駄に使うようにも見えないし。結構貯めてそう。


まぁ、これでしばらくはアイルの財布に寄生する生活になりそうだ。


なんと……だらしない男なのだろう。


✦✦✦✦✦✦✦✦✦


「早くしてください。」


アイルに急かされる。


なぜ……こんなことになっているのだろう。


今、アイルは椅子に座っていて、俺はその背後に立っている。


そんな俺の手には、櫛と白色の絵の具のようなものが入った容器が握られていた。


……そう俺は今から、アイルの美しい金色の髪を染める。


アイラは有名人で、アイルはそのアイラと同じ顔。


その特徴的な金髪を染めてしまえば、バレるリスクを減らせるというのが理由だ。


アイルは服が汚れ無いように、布のようなものを羽織っている。


しかして…人はおろか、自分の髪すら染めたことがない。大丈夫だろうか。


「よし。」


考えてても仕方ない。


意を決して、容器の中身をアイルの頭にのせて、櫛を使い、全体に伸ばしていく。


少しずつ足しながら伸ばしていくだけだ。


なんだ、簡単じゃないか。


調子にのって、伸ばすペースを早めていく。


「きゃっ……っ」


アイルが急に可愛らしい声を上げた。


俺が誤って、塗料をアイルのおでこにつけてしまったのが理由だ。


「もー、何をやっているんですか」


アイルが体を捻らせ、こちらを見上げてくる。


そう、見上げてくる。


彼女は椅子に座っていて、俺は立っているのだからその位置関係は当たり前。


そして、見上げるのだから、アイルが……その……


上目遣いになるのも当たり前だった。


「ご、ごめん気をつけるよ」


やばい、ありえん可愛い。


「全く…」


そう言ってアイルは顔を正面に戻す。


いやー、助かり申した。


もう少しの時間、あの上目遣いを見ていたら、俺のユニコーンがデストロイモードになってしまうところでした。


今度は調子に乗らず、注意をしながら髪を染めていく。


……そういえば、生え際まで綺麗に染めないといけないな。


そう思って、アイルの美しい髪を櫛を持っていない方の手で持ち上げると……


「!?」


目に入ってしまう。今まで隠されていた兵器が。


その兵器の名前は()()()


健全な男子を仕留めるだけの破壊力がそれにはなった。


いやいやいやいやまてまてまて。


俺はアイルと一緒に寝たんだぞ?何もしてないけど。


それが今更うなじなんかで……


そう思ってもう一度アイルのうなじをみる。


やばい、ありえん可愛い。二回目。


いや、無理っすねこれ。抗えない。目が離せない。


これを見て、心がときめかない男がいますか?いや、いない。反語。


「どうかしましたか?」


アイルが正面を向いたまま声をかけてくる。


うなじに目を奪われ、手を止めていたからだ。


「だ、大丈夫!ちゃんとやれるから!俺は大丈夫だから!!!」


テンパっていたせいで、大きな声でよくわからないことを言ってしまった。


「……?」


アイルも不思議そうにしている。


いかんいかん。とっとと終わらせなければ。


このままでは俺のユニコーンがデストロイモードになった挙句、ビームマグナムを連射してしまいかねない。


それから俺は、なるべく綺麗なうなじを見ないように、作業を進めた。


✦✦✦✦✦✦✦✦✦


「どうでしょうか」


アイルの声を聞いてから顔をあげると、そこには……天使がいた。


いや、天使じゃなくてアイルなのだが、それくらい可愛かった。


美しかった金髪は、これまた美しい銀髪に変わっている。


この髪は僕が染めました。とても鼻が高いです。


「素敵だと思う。」


どうでしょう、という問いかけに、そんな言葉しか出なかった。


このボキャ貧やろうが、だからモテねーんだぞ。


「ありがとうございます。」


それに対してアイルも事務的な返事をする。


この能面やろうが。だからラブコメなら怒られるっていってるだろーが。アイルは俺と違ってモテそうだけど。


……にしても、ほんとに可愛い。金髪のアイルを見慣れていたから。というのも、勿論あるのだろうけど。それでもかわいい。


なんて……とんでもない女だ。


片腕を失うこともなく、髪の色を変えるだけで、ミロのヴィーナスを超えやがった。


「と、サクラくんにこれを。」


そう言って、アイルが何かを手渡して来た。


それは……シースナイフだった。


シースから出してみると、その刃はとても輝いていて、自分の顔が映るほどだ。


「どうして、これを?」


「護身用です。」


勿論俺に、ナイフの心得はないが、持っているのと持っていないのでは、確かに差があるだろう。


それに、これはアイルからの始めてのプレゼントだ。大事にしよう。


アイラはペンダント。その妹はナイフ。なんだか少し笑ってしまう。


随分と攻撃的な妹じゃないか。


「ありがとう。大切にするよ。」


ナイフをシースにしまう。


「それでは、グランツに向かいましょうか。」


アイルがそういったところで……


「たっだいま〜…って、どったのアイル。その髪。」


ナナリーが家の中に入ってきた。ここは彼女の家なのだから当たり前なのだが。


「イメージチェンジです。」


アイルはめんどくさそうに答える。本当に友達なんですかねこれ。


「ガラリと変えたねー。」


ナナリーが椅子に腰掛け……しばらくしてから、「はっ!」と驚きの声を上げた。


「いっけな〜い!婆ちゃん家に忘れ物した!!!」


「カレンおばさんの所ですか?」


ナナリーの言う、婆ちゃんという人物はアイルと共通の知人のようだ。


「そう!悪いけどアイル。取ってきてくれない?家の場所は変わってないからさ。」


アイルは露骨に嫌な顔をした。


「え、自分で取りに行けばいいじゃないですか。」


アイルの意見はごもっともだ。


「今日はもう家から出たくない!」


ナナリーは強い語調だ。なんというカリスマニート。


「一生のお願い!うちにも泊めて上げたでしょ?」


ナナリーが、ぱんっ!と手を合わせる。


安いな、こいつの一生。


「う……」


アイルが唸った。泊めて上げたというのが効いたのだろう。優しい奴め。


「わかりました」


アイルは渋々と了解して、こちらを見てきた。


「俺はここで待っとくよ。婆さんとやらと、積もる話もあるだろ?」


「なるべく早く戻ります。」


そう言って、アイルは家を出ていった。


「うふふ〜二人っきりだね。」


ナナリーなぜかニヤニヤしている。


女性と二人っきり。喜ばしいことだ。


ナナリーも、髪や格好を整えれば十二分に美しい女性だろう。


「忘れ物って…大事なものなのか?」


「うーん……っと、そうだね」


なんだろう。歯切れが悪い。


触れられたくない話だったのか。なら話題を変えよう。


「アイルとは、付き合い長いの?」


「うーん、そうだね。お姉ちゃんも入れて、いつも三人で遊んでた。」


「へー、アイルの小さい頃とか想像できないわ。」


「私やアイラに振り回されながらも、いつもニコニコしてたよ。」  


「アイルがしっかりした性格になったのも、お前らのせいかもしれないな。」


上がちゃらんぽらんだと下がしっかりするとはこのことか。


……アイラはべつにちゃらんぽらんはしてないけど。


「………本当に忘れ物があるのなら、あそこに忘れちゃったのかな……」


「ん?……なんて?」


ナナリーが何かを小声でつぶやく。うまく聞こえない。


「いやいや、なーんでもないよ。それより、今まで色々大変だったよね?疲れてない?おっぱい揉む?」


そう言ってナナリーは自分の胸を寄せる。ちなみにアイルより大きい。


「遠慮しておきますよ。高くつくかもしれないし。」


ナナリーの冗談を返しながら、俺の胸には……


小さな針が刺さった。


……色々大変だったよね?


そういえば……俺達がここに来るまでの状況は、一切伝えてない。


それどころか、俺の名前も名乗っていない気がする。


何も知らないのに、大変だったねなんて言葉がでるのか?


いや、考えすぎだ。最近の悪い癖。


彼女はアイラとアイルの友人。信用に値する。


それに、俺達の事情だって、今朝俺が起きる前に、アイルが話したのかもしれない。


「あれ?今までそんなの持ってた?」 


ナナリーが見つめているのは、先程アイルに貰ったナイフだった。


「あー、護身用にってアイルがくれたんだ。」


「へー、あのアイルがねぇ」


見せて見せて!っとナナリーが言ってくるので、ナイフを渡す。


「おぉ!カッコいーじゃん!せいっ!とりゃぁーー!」


ナナリーが、シースからナイフを抜き、振り回して遊ぶ。普通に危ない。


「おいおい、危ないぞ。」


注意をしたが、やめるどころか、動きがオーバーになっていく。


「うぉりゃー!………って、うわわっ!?」


そして、勢い余って部屋の真ん中にあるテーブルに、盛大にぶつかってしまった。


ガシャーン!という大きな音を立てて、テーブルの上に置いてあった食器などが落ちる。


ナナリーは「やっちゃったー…」といいながら頭をかいた。


「っ…たく。言わんこっちゃ無い。」


俺は床に這いつくばる様な形で、床に落ちたものを拾っていく。


割れている食器もある。怪我をしないように気をつけないと。


すると、ナナリーが俺の近くまで来る音が聞こえた。


ナナリーは立ったまま、口を開く。


「拾ってくれてありがとう。そして………ごめんね?……………()()()


瞬間。先程の会話のなかで、俺の胸に刺さった針が音を立てはじけた。


アイルが話しただけという可能性はまだある。


だが……しばらく、()()()と、本名で呼ばれていた俺にとって…


ゼクス(それ)は、大きな違和感を与えた。


落ちたものを拾うのをやめ、急いで顔をあげる。


そして………俺は見た。見てしまった。


持っているナイフを……まさに振り下ろそうとしている……


──不敵な笑みを浮かべた、ナナリーの姿を──


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