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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第六章 食事会
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サラ

パン泥棒を見つけるのは、至極簡単だった。


……広い王都の中から、アイルを探し出した俺にとっては。


「おい」


裏路地を歩くパン泥棒に声をかける。


両手いっぱいにパンを抱えたそいつは、ギラついた視線を俺と、その隣に立つプリュネに向けた。


ガキ……。おっさんがそう表現していた通り、そいつは幼い少女だった。


日本に住んでいたならば、まだ義務教育も終わっていない年頃だろう。


端正な、可愛らしい顔立ちをしている……のだろうか。みすぼらしい服や、顔に付いた泥が邪魔して良く分からない。


「誰だよ、アンタ」


トゲを帯びた声。敵意を隠そうとしていない。


「ただの通行人だ。それよりさ、盗んだんだろ?それ」


両手に抱えたパンを指差すと、彼女は僅かに後ずさった。


たが、その眼光は衰えない。


「取り返しにでも来たのか、ただの通行人の癖に」


「そうだって言ったら、どうすんだ?」


「はいそーですかって言うわけないじゃねーか。ーーーー物を盗むか体を売るか……そうしないと、アタシらは生きていけねーんだっ!簡単に返してやるかっ!」


少女は、年相応に『ベッ』っと、舌を出してみせる。


アタシ『ら』……ね。


両手いっぱいのパン。そんなの抱えてちゃ、逃げるのも大変だろう。いくら腹が減ってたとしても、リスクが大きすぎる。


もしかしたらこいつは……。


……いや、いくら何でも妄想し過ぎだ。


「そうする事でしか生きていけない……だと?……そんな事知らねーよ。お前みたいなガキの事情になんて誰も興味ないっての。可哀想な女の子が救われるのは、絵本の中だけだ」


俺の口ぶりにムカついたのか、プリュネがこちらを睨みつけてくる。……が、俺は構わず続けた。


「お前だってわかってんだろ?生きていく為とはいえ、人の物を盗むのは悪い事なんだ。卑怯な事なんだよ。んな事ばっかやってたら、誰もお前に優しくしてくれなくなるぞ」


「ふんっ、アタシみたいなやつに道徳でも説こうって言うのか。あいにく、こっちは誰かに優しくされた事なんて、生まれてから一度もないんだよ!」


誰にも優しくされたことが無い……か。


その言葉を聞き、俺は一人の少女を思い浮かべていた。燃えるように赤い髪を揺らす、あの少女を。


ーーー『違う世界から来たアンタは知らないだろうけど、さ。この世界で悪魔の子(ベーゼ)はゴミなんだよ。金の掛かるゴミ、それがウチら』


リアはそう言っていた。悲劇でもなく、喜劇でもなく。ありふれた物語のページをめくるように。


『ゴミに遠慮なんてありえねーし。てか、さらにウチはアンタの敵でしょ?だからーーー』


……だから、なんなんだよ。本当にさ。


「優しくされたことが無い……か。親に抱きしめられた事は無いのか?友達と遊んだことは?なんでもいいから、楽しかった思い出は?」


少女に問いかける。僅かな希望を探す為に。


俺の大好きな人達が暮らす、この世界も悪くないって、そう思って貰えるように。


……だけど。


「そんなもんねーよ!」


そのすべてを、彼女は簡単に否定した。


楽しかった思い出は1つも無いのだろうか。優しくされた事は、本当にないのだろうか。


……はたしてその人生は、『生きたい』と心から言えるのだろうか。


生きていて良かったと、生きていたいと、そう思えるものなのだろうか。


生きるためではなく、何も食べないでいるとお腹がすくから……と、そんな理由で人から盗んでは、お腹を満たす。


生きるためではなく、呼吸をやめると苦しいから……と、そんな理由で息をする。


楽しかった思い出も、優しくされた記憶もなく、たった一人で。


ーーーなぁ、わかるだろ?双葉桜。お前ならわかるはずだ。


そんな人生はつまらないって。


誰にも必要とされず、狭い部屋でひとりぼっち。


その孤独が、その辛さが……お前にはわかるはずだ。


そしてもう一つ、お前にはわかる事がある。


そんな孤独は…そんな辛さは…()()()()()に救って貰えるって事。


俺はこの世界に来て、彼女に救われた。必要だって言われて、優しくされて、そして……名前を呼んでもらえて。


それだけなんだ。たったそれだけの事なんだよ。


「なぁお前、名前は?」


パン泥棒に向かって、歩き出す。


彼女は俺の質問には答えず、ただこちらを睨みつけた。


睨みつけたまま、パンを抱きかかえている腕に更に力を込める。逃げ出そうとはしない。


彼女だって気がついているのだろう。ここまで追いかけて来た俺からは逃げられないと。


逃げ出さない少女と、進み続ける俺。距離が縮まって行くのは自然の摂理で……。


やがて、手を伸ばせば届く距離にまでやってくる。


「誰にも優しくされたことが無い……ね。はっ、そうかよ」


俺はゆっくりと、手を伸ばす。


パン泥棒は、暴力を振るわれるとでも思ったのだろうか。瞳を閉じ、歯を食いしばる。


プリュネは、乱暴にパンを奪い取るとでも思ったのだろうか。恨めしそうに、俺を睨みつける。

  

「誰にも優しくされたことが無いっていうんなら……」  


だけど俺は、そんな予想をどちらも裏切った。


伸ばした右手を、少女の頭にポンとのせる。


そして。

 

「じゃあーーー俺が初めてって事で。」  


ボサボサの髪を優しく、優しくなでてやる。


少女は、理解が出来ないといった様子で、目をまんまるにする。


生まれて初めての事に、驚いているのかもしれない。


「で、名前は?名前だよ名前。そんくらいあるだろ?」


「……サ、ラ……」


少女は、思考が追い付いていないようで……おそらくは反射でそう答えた。


その名前は親から貰ったものなのか。はたまた、仲間にそう呼ばれているのか、自分で勝手に名乗っているだけなのか……。俺には分からない。


……だけど、そんな事、きっとどうだって良いんだ。


こいつの名前を俺が知っていて、目を見て名前を呼んであげれば、それだけでいいんだ。


「サラね。あいあい、覚えた。なんだよ、素直じゃねーか。素直なガキにはプレゼントをあげよう」


俺はポケットから金貨を取り出すと、サラに見せびらかした。

  

「じゃーん、キレイだろ、これ。お前にやるよ」


「……やる?アタシに、その金貨を?……何が目的なんだよ」


サラは、警戒の眼差しを俺に向けてくる。


「あぁやるよ、俺がサラに。プレゼントだって言ってんだろ。目的なんてねーよ」


「バカにしてんじゃねーぞ……。そんな美味しい話、あるわけねーだろ!……この世界は、他人に物恵んでやるほど潤ってねーんだ!その金貨で、アタシに汚い仕事でもやらせようってハラだろ!!!」


……警戒して当然だ。そんなうまい話があるわけない。いま名前を知った少女に、お金をあげるだなんてうまい話が。


普通ならない。そう、この『世界』の普通なら。


だけど残念。俺は異世界から来たんだ。この世界の普通なんてしらねー。


「あーあーうるせーだまれ。お前みたいなちんちくりんに頼み事なんてないね」


俺は、後方にいるプリュネを指差して続ける。


「あそこに立ってるねーちゃんにも言ったんだけど、俺は普段一文無しだ。女の子のヒモだ。……だけど、もしもヤバい事があった時のためにって、この一枚だけ持たされてんだ」


持たせてくれたのはルミナだ。


「だから、俺の好きに使っていいだろ?ほら、プレゼントだ」


心の中で、ルミナに頭をさげる。


ありがとうございます、ルミなんとかさん。ありがたく使わせて頂きます。


「……なっ、尚更わけわかんねーだろ!ヤバい時のために持ってんなら、なんでアタシなんかに……」


「ーーーはぁぁぁ?お前ヴァカか?」


もう一度、サラの髪を優しく撫でる。


「本当なら、誰かに守って貰わなきゃいけない子供が、パンを盗む程にお腹空かせてんだぞ?ーーーこれ以上にヤバい事があるかっての。……いいからほら、握れ」


パンを抱きかかえているサラの右手に、無理やり金貨を握らせる。彼女はパンをこぼしてしまわないようにバランスを取り、腕に力を込めた。


「……結局アンタは何しに来たんだ?パンを取り返しに来たんじゃねーのかよ」


サラの瞳から、警戒の色は僅かに薄れている。その代わりに浮き出てきたのは困惑だった。


「んな訳。最初に言ったろ、俺は通行人だって。サラがパン盗もうが、盗まれたクソ親父が損しようが、関係ねーんだよ」


「…………嘘つき。関係ねーなら、なんで金貨なんて……」


サラが顔を伏せ、何かをつぶやく。この距離で聞こえないと言うことは、俺に対しての言葉ではなく、独り言なのだろう。


「アンタ、名前は?」


俺だってサラの名前を聞いたんだ。こちらも名乗らねば無作法というもの。


(さくら)だよ。気軽におにーちゃんとでも呼んでくれ」


場を和ませようと思った俺の渾身のギャグを無視し……。


サラは、俺の名前を何度か反芻する。


「なぁ、サクラ」


そして、大きく息を吸い込むと。


「ーーーーっ!良い人ぶってんじゃ……ねーぞっっっ!!!」


俺の『イチバンタイセツナバショ』を思いっきり蹴り上げたのだ。


声にならない悲鳴をあげ、その場に倒れ込んでしまう。勇者だろうが異世界人だろうが、男である以上、弱点は変わらない。


なにすんだよっ!と、叫ぶが、それは言葉にはなってくれなかった。惨めに呻くだけだ。


そんな俺には目もくれず、サラは背を向けて走っていく。


そして、一度だけ振り返り。


「あとで返してって言っても返してやらねーからな!」


べーっと、可愛らしく舌を出した。

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