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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第六章 食事会
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子供の喧嘩

「物騒なモン背負いやがって……」


頭を抱え、呟く。リープが言っていた『面倒なコト』になる予感しかしなかった。


「それで、貴様らは誇り高きアストレア邸になんの用なのだ!……のだ?」


誇り高きアストレア邸……か。人殺しに誘拐、ご立派な事だ。


「ボクたちは友達を迎えに来ただけだ。中に入れてくれ」


シノが一歩を踏み出す。


アンリエッタと呼ばれていた少女の背中にある巨大な戦斧(せんぶ)に怯えている様子はない。


シノは正義の人だから。自分に正しさがある時の彼女はとても強い。


「ダメダメ!ぜーったいダメ!中には入れられ無いのだ!」


「どうしてだ?友達に会いに来ただけなんだぞ?悪いことなんてしないぞ?」


「ダメなものはダメなのだ!」


「どうしてだ?ちょっとくらい良いじゃないか」


「だーめーなーのーだ!知らない人はお家に入れちゃいけないって教わらなかったのだ?アンはお前たちの事なんて知らないのだ!!!」


「ダメだ。入れて貰わなきゃ、ボク達が困る」


お互いに、譲る気は無いようだ。


「ダメなのだ!」


「ダメだ!」


「ダメなのだダメなのだダメなのだ!!!」


「ダメだダメだダメだ!!!」


そんなやり取りを、何回も繰り返す。傍から見ている分には、子供の喧嘩のようだった。


シノとアンリエッタは共に幼い容姿をしている。……身長は、僅かながらアンリエッタに軍配が上がりそう。


「これだから子供は苦手なのよ」


リープは頭を抱え、ため息をついた。それに対し、ルミナは楽しそうだ。


「いいじゃんいいじゃん、可愛くてさ。昔はリープもあんな感じだったんじゃない?」


「私はあそこまでバカじゃ無かったわよ。……それよりどうすんの?面倒なコトになる予感しかしないんだけど?」


「そうだねー、どういう経緯でアイるんがこのお屋敷に居るかもわからないしねぇ……。さっちんはどう思う?」


ルミナが可愛らしく小首を傾げてくる。


……シノとアンリエッタの方を見る。まだ中身のない言い争いは続いていた。


「どうしても通してくれないっていうのなら……」


強行突破……か?だがしかし、あんな小さい子に手荒な真似はしたくない。


「バカはお前なのだ!」


「お前のほうがバカだ!」


「バカなのだ!」


「バカ!」


二人の知能が、更に低下している……気がする。


まるで、では無く。本当に子供の喧嘩のようだ。


だからだろうか。これだけ騒いでいると言うのに、街を歩く人々も、全く興味を示さない。


……いや、きっと違う。ここが貴族街だから。だから、みんな興味を示さないのだ。


『モンスターパレード』の時だってそうだったじゃないか。この世界の金持ちって奴らは、自分に関係ないことには興味が無いのだろう。


世界で一番大切なのは自分の富と名誉。……全員とは言わないが、少なからずそう思っている人がいるはずだ。


自分が良ければそれでいい。他人の痛みはわからない。人の不幸は蜜の味。


この世界は………。いいや、違うな。きっとどこの世界だって変わらない。


「あぁーーーもぉーーー!!!」


不意に、アンリエッタがガシガシと頭を掻きむしった。


「もうお前と喋るの疲れたのだっ!頭使うのもヤっ!!!」


疲れるような内容が、頭を使う内容が、あの言い争いの中にあったのか。凡人の俺には理解できない。


「やっぱりアンは……こっちなのだ♪」


次の瞬間、俺の背筋は凍りついた。アンリエッタが、背中の戦斧に手をかけたからだ。


彼女の目は……しっかりとシノを見据えていた。


先程までなら微笑ましい喧嘩ですんだ。だが、武器(それ)を手をかけてしまったら最後だ。


「ぶっころぉーすっ!のだっ!!!」


掛け声と共に、アンリエッタが前傾姿勢を取る。そのままシノに飛びかかるつもりだ。


……まずい。シノでは避けることが出来ない。


俺の位置、俺の速度では二人に割って入れ無い……!


そう思った瞬間。アンリエッタが飛び上がった瞬間に、シノは両手を前に出した。


俺はそれを見て胸を撫で下ろす。


そうだ。避けることは出来なくても、シノにはあれがある。


どんな悪意も通さない、絶対の結界が。


詠唱を破棄出来る彼女なら、結界の生成は余裕で間に合うだろう。


ーーーそんな思考が、脱兎の如く駆け出したルミナの怒号にかき消される。


「ッッッ!シーちゃん、ダメっ!!!」


両手を前に突き出していたシノの肩がピクリと震える。……そしてそのまま結界を生成しない。  

 

「……なんでーーーっ!」


わけもわからず叫んでいた。


結界で自分の身を守らなければ、シノはあの戦斧の餌食になってしまう。


その最悪を止めようと、ルミナは駆ける。……が、間に合うかは怪しい。


仮に間に合い、シノを庇ったとしても、ルミナが代わりに大怪我を追ってしまうだろう。


「すーぱーあたーっく!なのだ!!!」


気の抜けそうな掛け声と共に、アンリエッタが戦斧を振り下ろす。


ルミナの顔が絶望に染まる。きっと理解してしまったのだ。自分では間に合わないと。


そして、想像してしまった。これから起こる『最悪』を。


シノはなす術も無く殺されてしまう。あの戦斧はシノの柔らかな体をやすやすと切り裂き、その命を奪ってしまうんだ。


……なんでルミナは、結界を張り身を守ろうとしたシノを止めたっ!?訳がわからない。理解が出来ない。


ーーールミナは間に合わない。そう、誰もが結論付けたその時。


「………っ!?」


シノの体がフワリと浮き、後方へと移動する。


目標を失った戦斧は虚空を切り裂き、轟音と共に地面を抉った。


俺とルミナはシノを目で追う。弧を描くように宙を舞うシノをキャッチしたのは……


「ったく。面倒かけさせんじゃ無いわよ」

 

……リープだった。彼女が右手で持つ鎖の先は、シノの右手に繋がっている。


それを見た俺とルミナは、ホッと胸を撫で下ろす。


「あ、ありがとう」


「良いわよべつに。大したことしてないわ。……それよりも」


リープはシノの感謝を受け流し、アンリエッタを睨みつける。


「酷いのだ!女と女のけっとーの邪魔するなんて、酷いやつなのだっ!!!」


その瞳は、先程シノに見せたものとは違う。……あの日。あの夜に。


俺に向けていた『殺意の目』だ。


「ねぇガキンチョ。正当防衛って言葉知ってるかしら。ありがとう、アンタのおかげで好き勝手やれるようになったわ。……ちゃんと言うのよぉ?……『先に手を出した悪い子は自分です』ってさぁ」


リープの口調が、どんどん荒くなっていく。


「うるさいのだ!酷いやつの言葉なんて聞かないのだっ!酷いやつはー……ぶっころーす、のだっ!!!」


アンリエッタは戦斧を両手で構え、リープとシノを睨みつける。


「ーーーぶっ殺す?。うふっ、アハハハッ、ぶっ殺すだって。……アンタ見たいなガキが、大層な言葉使ってんじゃないわよぉ?『ぶっ殺す』なんて言葉を使って良いのはーーー私みたいな悪人だけよ?」


ニヤァっと、リープは獰猛に笑う。その視線も、笑みも、一つ一つの僅かな動きでさえも、他人に恐怖を覚えさせる。


……だが俺は見逃さ無かった。恐怖の中に、僅かに隠れた優しさを。


リープは少し。ほんの少しだけ、前に出たのだ。


まるで、シノを守るかのように。小さな体を、自分の背中に隠した。

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