オモイヲハセル
こんな加護。欲しくは無かった。
私達の…いや、私の手は…汚れている。
誰かの血で、真っ赤に染まっている。
──なぜ?
自分たちの世界の為に関係ない人を巻き込んだから?
──なぜ?
こんなの間違っているとわかっていながら、見殺しにしたから?
──違う。
私の手が汚れたのは…この世界が破滅へと歩み始める前。
私の手は……いや、私の加護は。
どうしようもなく……真っ赤に染まっている。
……誰かが言った。
道具は意思を持たない。加護もまた同じだと。
良くも悪くも、使う人次第だと。
そんなのは……無理だ。
私の加護は……どうやって正しく使えばいい?
人を傷つける事しか出来ないっていうのに。
……だから私は。
──こんな加護……。欲しくなんて……なかった──
✦✦✦✦✦✦✦✦✦
アイルと二人で馬車に揺られること……どれくらいだろう。
夜明けを待たず、目的地についた。
御者にお礼をいって、アイルと二人っきりになる。
ここは………どこだろう。
そういえばアイルが、目的地を貧困街に変えてほしいと言っていた気がする。
「ここが、貧困街ってところなのか?」
「そうです。」
アイルは続ける。
「ここに、私とお姉様の友人が居ます。どこに行くにしても準備は必要です。何日か泊めてもらって、その間に準備をしましょう。」
アイルとアイラの友人か……どんな人物だろう。少し興味がある。
ふと、周りを見回して見る。
貧困街というだけあって、月明かりに照らされた建物はお世辞にも立派とは言えなかった。
あたりを見回す俺を見て、アイルが口を開く。
「ここに住んでいる人の多くは、魔法が使えません。」
この世界における魔法の才能は、運ゲー要素が強いらしい。詳しくはわからないが、努力では超えられない壁というものもあるのだろう。
俺が勇者になれなかったように。
「魔法が使えればそれなりの仕事に付けて、裕福な生活ができるからです。でも、ここの人たちはみんな懸命に生きていて………私はここが嫌いではありません」
自分が好きな場所に、悪い印象を持たれるのが嫌だったのだろうか、アイルが珍しく饒舌だ。
「これから会うアイル達の友人も、素敵な人なのか?」
「素敵……とは言えないかもしれません。」
ありゃ、友人なのに素敵ではないのか。
「それでは行きましょう。こちらです。」
そう言って、アイルは歩き始めた。
✦✦✦✦✦✦
しばらく歩いたあと、ある家の前でアイルは足を止めた。
「ここです。」
そう言うと、アイルは躊躇いなくドアをノックした。
正確にはわからないが、もう遅い時間だろう。アイル達の友人とやらはまだ起きているのだろうか。
「ふぁ〜い、どちら様〜?」
そんな俺の思考は杞憂に終わり、中から眠たげな女性が出てきた。
服はだらしなく着崩れていて、髪はボサボサだ。
寝ようとしていたことを加味しても、だらしない。
アイルとは正反対の性格のように見えた。
「お久しぶりです。ナナリー。」
アイルが友人にするとは思えないほど丁寧に挨拶をする。
すると、だらしなさそうな女……ナナリーはそれまで眠たそうにしていた瞼を、みるみるうちに開いていく。
「ちょっ……え!?アイル!?」
ナナリーは、「ひっさしぶりじゃーん!元気してた!?」とアイルの方をポンポンと叩く。
「ちょ…普通に痛いのでやめてください。」
アイルは迷惑そうにナナリーの手を払う。
そして…いきなり本題に入った。
「事情は聞かずに少しの間泊めて頂けませんか?」
直球だった。野球選手もびっくりなくらいのストレート。
事情を聞かずに泊めてほしいって、怪しさ満点すぎるだろ。
そんな都合よく泊めてくれるはずが……
「いいよ〜」
笑顔でナナリーは答えた。
いいのかよ……
それほどまでに仲がいいのか、それともナナリーがアホなだけなのか……
「それで、そっちの子は?彼氏?」
ナナリーがこちらを向いて訪ねてくる。
「違います。」
即答だった。ほんとに回答までが早かった。
普通なら、「ち、違いますっ!」とか、頬を染めながら言うものじゃないのか?
ラブコメなら怒られてるぞ?
「ありゃ〜、アイルに春はまだ来ないかぁ………。まあまあ、とりあえず入ってよ」
ナナリーがドアを開け、俺とアイルを招き入れる。
その身なりとは逆に、家の中はスッキリとしていた。片付いているというよりは家具が少ない印象。
「来てそうそう悪いんだけどさ、あたしもう寝るわ。奥の部屋にベッドがあるから、二人で使って。」
そう言って、ナナリーは椅子に腰掛け、そのままテーブルに突っ伏した。
「いやいや、家主が椅子で寝るっていうのは……」
ナナリーに遠慮していると……
「ナナリーならどこでも寝れます。大丈夫です。」
アイルがそう言ってきた。
それを聞いて、突っ伏していたナナリーが顔を上げて
「アイルちゃんのいうとーり!よく言うでしょう?ほんとに優れた人は道具を選ばない。キリッ」
弘法筆を選ばず。と言うやつだ。
しかし……最後のキリッ!まで口で言っちゃている
なぜだろう。気を使うのも馬鹿らしくなってきた。
「そっか、そこまで言うならお言葉に甘えるよ、おやすみ。」
アイルも、「おやすみなさい。」とお辞儀をする。
二人で奥の部屋へと進む。
どうやらここが寝室のようで、大きなベッドが一つと、タンスやらクローゼットやらが置いてあった。
「って…あれ?」
ベッドは一つ。俺らは二人。
「あれれ?」
たしかナナリーはベッドは二人で使ってと言っていたような気がする。
彼女はここで独り暮らしているようだったし、ベッドが一つなのは当たり前。
「これ、二人で一緒に寝るの?」
アイルにそう問いかけると、アイルはコクリと首肯する。
何故、アイルが迷い無く頷いたのか分からないが…それは流石にまずいでしょう。内なる僕が目覚めてしまいかねない。
よし…ここは……
「おっけい、ナナリーと変わってくる。俺が椅子で寝るから、二人はベッドで寝てくれ。」
……これが正解だろう。やはり、ハレンチなのはいけませんっ!
そう言って、部屋から出ようとしたところで………アイルに腕を掴まれた。
「アイルさん……?」
なぜ止める。
アイルさんだって男と二人は嫌じゃないのか。
「ナナリーはとても、いびきがうるさいんです。…あれと寝るのはストレスです。」
アイルが心底嫌そうな顔をしながら言ってきた。家に泊めて貰うのになんてひどいことを言うんだ。
しかも、ナチュラルにナナリーをあれって言ってるし。
とっても仲がいいんですね。うん、そういうことにしましょう。
アイルは「それに……」と続ける。
「私ならサクラくんと寝てもなんの問題もありません。」
「……その心は」
「私は顔だけなら美少女です。お姉様と同じ顔なので。ですが、中身が私だと、サクラくんも変な事をしないでしょう?……更に、もし変なことしてきても、私のほうが強いですから。」
「あっ、はい。」
アイルの自信満々な声につられて、俺は頷いた。
✦✦✦✦✦✦✦✦
結局俺はアイルと、一つのベッドに二人で寝ることになった。
最後の抵抗として、床で寝ると言ったのだが、「怪我をしているから」と断られてしまった。
俺の体を心配してくれたアイルを無下にすることもできず……こうして今、同じベッドに入っている。
女の子と同じベッド。最初こそドキドキしていたが、案外すぐに落ち着くものだ。
当のアイルは、すでに規則正しい寝息を立てている。
──夜は人の心を弱くする──
俺が命を狙われる立場にあるとアイラに聞いてから、ここまで様々な事があった。
今までドタバタし過ぎていたせいで深くは考えていなかった。
しかし、こうして一人で考える時間があると、どうしても弱気になってしまう。
俺はこれからどうなってしまう?
いつまで人目につかない生活をする?
一体どれほどの人が俺の命を狙っている?
………体が震える。
アイルがすでに寝ていて良かった。こんな姿は見せられない。
……怖い。俺は今、先の見えない真っ暗なトンネルの中にいるんだ。
(香菜のやつ…どうしてるかな……)
思いを馳せるは、日本に残して来たクラスメイト。
世界で唯一、俺を好きだと言ってくれた少女。
彼女は今、悲しんでくれているのだろうか。
…この世界への恐怖と、元の世界への憧れで、最低なことを考えしまう。
日本に帰りたいと
こんな世界に来たくなんてなかったと
いや、駄目だ。それだけは考えちゃ駄目なんだ。
その考えは、俺をここに呼んだ、アイラの否定にもなる。
彼女は本物だった。俺に向けられた彼女の優しさは、本物だったんだ。
だから……それだけは否定しちゃいけない。
アイラのペンダントを両手で包み込む。
夜の静けさが与えた心の弱さを。
ここから先、どうなってしまうのかという不安を。
それらをかき消すように、ペンダントを握りしめる。
だが………それでも…………。
体の震えは止まらなかった。