気まぐれ
「わからない事ばかりじゃなくて、変な事もあるんだよ」
「……変なこと?」
私が尋ねると、アイラは神妙な顔で頷いた。
「『アビゲイル』の事が、伏せられてる」
「伏せられてるって……どういう事よ」
「んっとね……」
アイラは一度思案する。そして……
「そのままの意味。戒める者にまで、アビゲイルの情報が待ってないの」
「はぁ?冗談でしょ?」
アイラの神妙な表情に、私は嘲笑で返した。
だって彼女の言葉は、それほどまでに『あり得なかった』から。
「あり得ないよね。鼻で笑っちゃうくらいに。でも……本当のこと」
「……本当なの?」
アイラの横に控えているシャルドネに問いかけると、彼女はおずおずと頷いた。
「国王様……にも……騎士団長にも報告しました。モンスターパレードを引き起こしたのは『アビゲイル』です……と。さらに……は、第三勇者を脱獄させた可能性もあります……です……とも……」
「だったら尚更……」
そう、尚更ありえない。ちゃんと報告したのに、アビゲイルの存在そのものが隠されるなんて。
モンスターパレードの傷跡は、今もなお街のいたるところに残っている。王都全体を巻き込むような大事件だったのだ。
この国に喧嘩を売った謎の組織『アビゲイル』。規模やハッキリとした目的も分からない彼らは、魔女の次に危険な因子なはず。
「『楽園を目指し、魔女を狩る者たち』……ね。一体どこまで本気なのかしら」
ナナリーを操っていた女の言葉を思い出し、私は自嘲気味に呟いた。
敵の言葉を全て信じるほどお人好しじゃない。……が。未確認である魔女が本当に存在するのなら。そいつのせいで世界がおかしくなったのなら。
そいつを殺せば、この腐った世界は……っ!
「やっぱり変だよね、アビゲイルの事を隠しておくなんて。リープはどんな理由があるとおもう?」
「そうね……たとえば」
天井に向かって、人差し指をピンと立てる。
「1つ、騎士団の士気を保つ為とかね。私が会ったアビゲイルの赤い髪をした女は、5番目と6番目を一人で相手取って見せたわ」
この世界を救う為にアイラが異世界より召喚した6人の勇者。その力は絶対的で、騎士の中には心酔している者さえいる。
そんな者達に『今回の敵は勇者二人と戦って無事でした〜』なんて、お気楽な事が言えるだろうか。
強大すぎる相手。絶対に勝てないであろう敵を目の前にして。
立ち上がれる者が、拳を握れる者が一体どれほどいるのだろうか。
……私はそんな第六勇者、生まれてこの方一人しか見たことがない。
「その理屈は分からなくもないけど……やっぱり変だよ」
「……そうね。私もそう思うわ」
アイラの言うとおり『変』だ。
いくら士気を保つ為、勇者の威厳を保つ為だとしても、一切の情報を開示しないのはおかしいではないか。
強大な相手だからこそ、調査は必要なはずだ。だがそれすらもしないとなると……。
「もう1つ、私が考えられる理由は……」
そう言いかけて……
「……いいえ。特に思い浮かば無いわね」
私は口を閉じた。
そんな私に、アイラが不思議そうな視線を向けてくる。それは彼女の隣に立っていたシャルドネも同じだ。
「ま、頭使うのはアンタたちに任せるわ。今の私の仕事は、勇者のおもりだから。そういう意味では今までと変わらないわね」
張り詰めた空気を嫌って、努めて明るい声を出す。すると、私の気持ちを察したのか、アイラの表情も和らいだ。
「あー酷いんだ。そんな事言って本当は私の事大好きなくせに〜!」
「は、冗談。んなワケないでしょ?」
「もう、リープさんったら照れちゃって……ってそうじゃなくてっ!私の事は良いんだよ、それよりサクラの事!」
サクラ……か。6人いる勇者の中で、彼女が名前で呼ぶのはたった一人だ。
「もう数日経つよね?サクラの事、そろそろ好きになって来た?」
「はぁー?それこそ冗談でしょ?あり得ないわよそんな事。アイルの胸がこれから成長するくらいあり得ない事だわ」
私は大仰に肩をすくめて見せる。
「良いところもあるとは思うし、悪人じゃ無いのも認めるわ。だけど…ねぇ?女の子に囲まれてデレデレしてるような男はダ……メ……?」
言葉を言いきってから、アイラの『なんとも言えない』表情に気が付く。
「……してるんだ、デレデレ。やっぱりみんなにデレデレしてるんだ。……仕方ないよね、サクラも男の子で、みんな可愛いんだし」
アイラは自分に言い聞かせるように呟く。納得する為に声を出す。……だが、全く意味を成していないように見えた。
あぁ。『なんとも言えない表情』などではない。明確な嫌悪だ。
失言だったかなと、一瞬そう思ったが私には関係ないやと思い直す。
……それに、なんか面白そうだし。第六勇者が周りにどう思われようと関係ない。
「この前なんて、チビ助に『お兄ちゃん』なんて呼ばせて、楽しんでたらしいわよ。あーヤダヤダ、男なんてみんな一緒ね」
私は煽るように言葉を続けた。別にアイラが嫌いだからとか、怒らせたいからとかではない。友人同士ならではの、ちょっとしたイタズラ心。
……余談ではあるが。全く本件とは関係ないが。アイラの少しむくれた表情は可愛らしい。
しかし、彼女が次に作った表情は、私が思い描いたものでは無かった。
「ーーーそっか、サクラって『そういうの』が好きなんだ。だったら私も……」
どこか安堵した表情で自分の胸をペタペタと触りながら、アイラは呟く。アイルより少しだけ大きく、私よりも一回り小さな胸を。
「……姉妹で一緒は苦労するわよ」
「ん?何か言った?」
「いいえ、何でもないわ」
ヒラヒラと手を振り、部屋の出口へと向かって歩き出す。
「もう……お帰り………ですか……?」
「えぇ」
私は背後のシャルドネに短く返事をし、扉に手を掛けようとする。
そして。
「………」
ある事を思い出し、振り向いた。
「風邪薬って、もってる?」




