バカは風邪をひかない
「あー!いないと思ったらさっちんと一緒に寝てるぅ!……あー!うぉー!がぉー!うおりゃーーー!!!」
謎の奇声に叩き起こされ、重たい瞼をあげる。
「うっさいわね、何よ朝から。ふぁー……」
俺と同じように謎の奇声……ルミナの声によって目覚めたリープは、眠たそうに目を擦った。その肩には、昨日の毛布が掛けられている。
……日本のネコは早起きをして主人を起こすというが、彼女は違うようだ。
「酷い……。酷いわリープっ!僕を捨ててこんな男と寝るだなんてっ!」
ルミナはクネクネと動きながら、芝居がかった声を上げる。
その声がどこか遠くで聞こえる。それに、なんか頭がボーっとする。それに、それに……体が、熱い……?
「おはようございます」
「ん……おはよう」
ルミナに次いで、シノとアイルも部屋に入ってくる。シノの瞼が半分ほどしか空いていないのに対し、アイルからは寝起きという感じがしない。
「……リープ。サクラくんと一緒に寝たんですか?昨日。ここで。」
「なに怒ってるのよ。別にどーでも良いことでしょ?」
元同僚である故の距離感の近さというか、遠慮の無さをアイルとリープの間に感じる。
アイル特有の気遣いや、相手への思いやりを、リープと話している彼女からは感じられ無かった。
「えーそうですねそうですね。『どーでもいい』事です。それに、初めてじゃ無いですもんね。……あの日は同じ部屋どころか、同じベッドでしたもんね」
ーーー『同じベッド』
アイルが発したその単語に、ルミナとシノがわかりやすく反応を示す。
「……ほほう?」
「……あ?」
そんな二人の様子にも気付かないで、リープは目を擦ったり伸びをしたりを繰り返す。
「ねーねーリープ!どーゆうこと?二人はそんな関係だったの?ルミナねーさんに教えてクレメンス」
「ほんとウルサイわねアンタは。もっと昔は……」
などと二人が言い合いしているのを意にも介さず、シノがこちらへと歩み寄ってくる。
彼女の体格、体重からはありえない事であるのだが、一歩踏み出すごとに、『ズン、ズン』という音が聞こえてくる。……様な気がした。
「サクラ、どういう事だ!………サクラ?」
シノが俺の顔を覗き込んで、固まる。きっとその理由は…。
「はぁ……はぁ……」
俺が、荒い呼吸を繰り返していたからだ。
「顔赤い……風邪?」
✦✦✦✦✦✦✦✦
「風邪のようですね。体も熱いです」
俺の額に、自らの額を当てていたアイルが呟いた。
そんな事をされては、さらに体温が上がってしまう。
体調が万全であれば、目の前にある美しい顔に照れてしまったり、いわゆる『女の子の匂い』にドキドキしていたのだろうが……今はそんな余裕はない。
「大丈夫なのか……?」
「んー、ただの風邪じゃないかな?なんかの魔法を使われた痕跡もないし」
隣に立っていたルミナに、不安そうな顔のシノが問いかける。
魔法の痕跡ってそんな大げさな……とは思うが。……先日あんな事件があったばかりなので一蹴する事はできないか。
「1日安静にしていればすぐ治るとは思いますが……それにしても突然ですね。なにか心当たりはありますか?」
「あー……」
アイルに問いかけられ、思案する。
心当たり……ある。それは、昨日の夜だ。昨日の夜、俺は毛布を使わずに寝てしまった。……というか、一つしかない毛布をリープにあげた。
夜ともなれば少し肌寒い。もしかしたらそれで風邪をひいてしまったのかも。
……というか、たった一晩で風邪だなんて、勇者が聞いて呆れる。
「無いかな、心当たりは特に……」
そう答えた俺を、リープが静かに見つめていた。そして、おもむろに立ち上がると。
「バカがカッコつけるからよ」
そう言って、俺の顔に昨日の毛布を投げつけた。
「ちょっと出かけてくるわ」
誰も返事も待たずに、リープが部屋を後にする。
「カッコつけるから……?どういう意味ですか?」
投げつけられた毛布を、キレイに掛け直してくれるアイル。
「さぁな……」
リープもこれくらい優しかったらなと、思わずため息がこぼれた。
「病人をいつまでもソファーに寝かせるのも良くないよね。よかったら僕のベッド使う?」
「いいよ別に。寝れればそれで……」
「ダメダメ。こっちが気にするんだから、ね?」
「そう……だな」
ルミナの提案を受け入れる。言い合いをして、これ以上頭を使いたくないと思ったのが理由の一端だ。
深刻……というわけでは無いが、やはり頭がボーっとする。早く寝てしまいたい。
そう思い、立ち上がろうとしたところで……。
「ダメだ。サクラは『びょーにん』なんだから、自分で動いちゃダメだ」
シノの鋭い視線と言葉に静止される。
「歩くくらい大丈夫だって。それに、うつしちゃうかもしれないから、運んで貰う訳にもいかないだろ?」
「大丈夫、ルミナならうつらない」
「……その心は?」
「バカだから」
シノはキメ顔でそう言った。




