初動
暗闇から出てきたのは、日本人だった。
見間違えるわけがない。自分の国の人間の顔だ。一目見ればわかる。
しかも……この世界にいる日本人と言うことは…俺と同じく、アイラの力によって召喚されたのだろう。
しかし…同じなのはこの世界に来た経緯だけ。
こいつは俺みたいな平凡な人間とは違う、非凡なる者の筈だ。
「君も日本の人だよね?もしかして、新しい勇者?」
当然のように向こうも気がついた。
「もう一度聞くけど…こんなところで何をしているの?」
……何というか、こいつ嫌いだ。
どこからか漂うオーラというか、なんというか。いい子ちゃんの匂いがする。
ここで何をしているのか。この質問に対する答えは慎重にならなければいけない。文字通り命が賭かっている。
嘘をつくときのポイント。前に何処かで聞いたことがある。
曰く、嘘の中に少しだけ真実を混ぜてやればいい。
「怪しい人影が外に出ていくのを見たんだ。だから…そいつを追って、今から城を出ようとしていた。城の兵士が眠らされているのは見たか?」
城の外へと向かっている。兵士が眠らされている。これはホント。
怪しい人影をみた。これだけがウソ。
嘘の中にホントを混ぜるどころか、ホントの中に嘘を混ぜてやった。これでどうだ
「あっ、因みに言い忘れてた。僕には……嘘を見破る加護が宿っている。」
「ち……っ!」
思わず舌打ちをして、身構える。
嘘を見破る加護。それをもし本当は持っていなかったとしても、今の反応で先の発言が嘘だとバレてしまっただろう。
……失敗したかもしれない。
どうにかして馬車まで向かわ無ければいけない。馬車に乗ってさえしまえば追いかけては来ないだろう。
しかし…城の出口は相手の向こう側………
できるのか?平凡だった俺に、非凡なるあいつをやり過ごす事が
できるのか?
……じゃない。やるんだ。
アイラが救ってくれたこの命。何をしてでも生き残る。
捕まれば確実な死。それだけは駄目なんだ。
なんでもいい。砂を投げて目を使えなくするとか、油断させて隙をつくとか。
ずるくても、卑怯でも。
誇れなくても、後ろめたさが残っても。
──生きるんだ──
「ごめんね、みんなが起きるまで、大人しくしててもらうよ。」
「………ッ!」
その時。驚くべき事が起きた。
後ろから声をかけられた
先程まで目の前にいた青年が、今は後ろにいる。
たしかに、打開策を考えていたが、目を放した覚えはない。
身体強化を使い、超スピードで後ろに回った?
いくら何でも、見られている状態から気が付かれずにそんなことが出来るのか?
様々な疑問が頭に浮かぶ。
「くそっ!」
って、そんなこと考えている場合じゃない。
急いで振り向き、距離を取ろうとする。
が、遅い。
左腕をガッチリと掴まれてしまった。
振りほどこうとするが、外れない。なんつー力だ。
って、あれ?こいつ力入れてる?
青年の腕と顔を見てみる。
その表情は……特に力を入れている様子はない。
服の上からであるし、周りも暗いため、自信はないが、その腕も、力を入れているようには見えない。
だが……びくともしない。
………これが、俺との差かよ………
「とりあえず、王のもとまで……………ん?」
そこで青年が何かに気がつく。
その目線の先には………アイラに貰ったペンダントがあった。
「勇者になれなかった者が……アイルとリープを退けて一人でここまで来るとは考えにくい………か」
なんだ、俺が勇者になれなかった出来損ないだって知っていたのか。
なら、最初の問答に意味なんてないではないか。
それにしても、リープとアイルの評価は高めらしい。ちょっと嬉しい。
そんなことを考えていると……青年が俺の腕をはなした。
「いいよ、今回は見逃してあげる」
青年の顔は……どこか嬉しそうだった。
「どういうつもりだ。」
この青年に、俺を見逃すメリットはないはず。
なぜそうするのか…わけがわからなかった。
「見てみたくなったんだ。君を逃した少女と…世界から無価値の烙印を押された君の……物語をね。」
「………そりゃどうも。」
やっぱり俺は……こいつが嫌いだ。理由なんか特にない。しかしてムカつく。
「さあ、行くなら早くしたほうがいい。」
そう言って、青年は微笑んでくる。
軽く会釈をして、その場から走り出そうとすると……
「そうだ、自己紹介もまだだったね。僕は四番目の勇者……フィーア。君は?」
こいつは俺のことを…『勇者になれなかった者』と呼んだ。
つまり…知っているんだ。この世界と…アイラの罪を。
それなのに、自分の名前を第四勇者と言った。いけ好かない。
だから俺は答える。
「俺は日本人………双葉桜だ」
そう言って、俺は再び走り出した。
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「アイラ……本当にこれで良かったんですか?」
後ろから声をかけられる。声をかけてきたのは……リープ・リッヒ。先程、私が眠らせた少女だ。
「リープ……。二人っきりだから、敬語はいらないよ。」
「それじゃあ遠慮無く。」
リープが砕けた口調になる。こっちのほうが仲のいい感じがして好きだ。
「これで良かったのかって………アイルを行かせたこと?」
リープはコクリと頷く。
「これで……いいんだよ。アイルが生活するにしては、この場所は……罪が溢れてる」
優しいアイルにここでの生活は……とても苦しいだろう。
「罪……か。実際に殺したのは私なんだし、あの子が罪を感じる必要なんてないんだけどね……ってなんでニヤニヤしてるの。」
「あ…ごめんね。」
そういえばアイルにもなんで笑ってるの〜って言われたっけ。
「リープは優しいなぁ〜って思ってさ。」
あれ、このセリフも割とデジャヴ。
「はぁ?優しい?私が?」
リープは、何言ってんだこいつ。と言うような顔をしている。
「私……知ってるよ?さっき、実際に殺したのは私って言ってたけど、その役目……本当はアイルに言いつけられてたよね?」
「……誰から聞いたの」
「私、こう見えても偉いんだよ?いろいろなこと知ってるんだから。………それで、リープが変わってあげたんでしょ?あの子や私が恨まれ無いように……最後の瞬間は、わざと嫌われるような事を言ってたんでしょ?」
「違う。それは私を買いかぶりすぎ。変わったのだってあの子に人殺しなんて出来なさそうだったから、それだけ。」
ふふーん、素直じゃないなぁ、この子は。
「それこそ、あの子に殺せるのは…魔物か、アンタに好意のある男くらいのもんでしょ。」
「え?最後のどういうこと?」
「アイルは相当のシスコンだよ、アンタに彼氏なんかできた日には……血祭りに上げるでしょうね。……ってあれ、もしかしてゼクスのこと好きになっちゃったりした?」
「なっ!?なんで今サクラが出るの!?」
急にサクラの名前を出され、びっくりしてしまう。確かに…最後に大好きだと言われたりもしたが…
それと、私がサクラを好きかどうかはまったく関係ない。
それに、大好きと言ったサクラの真意も分からないし………
というか、本当に取り乱してしまった。思わずサクラの名前を知らないリープの前で、その名前を言ってしまうほどだ。
リープも、ゼクス=サクラだと言う事を理解したのか、特に突っ込んでくることは無かった。
「その反応……まさか本当に……?」
「ちがっ……違うから!!」
少し詰まってしまった。なにやってんだろ私。
「わかった、わかったから。」
リープは一応の納得をしてくれたようだが…
先程の私の反応……まるで本当に恋しているみたいじゃないか
「それよりも……」
気を取り直して、別の話をしよう。
実は……リープとしなければいけない話があったのだ。
「私……魔法が使えるんだよね。」
「は?それがどうしたの?」
「最初の勇者を召喚した時に、魔力の減り具合と、残りの魔力を考えて、私が生かせる勇者は6人が限界だと思った。」
異世界の人間はここでは生きていくことは出来ない。しかし、私の魔力をつかい、この世界に適応させることで、生きていけるようになる。
「サクラでちょうど6人目だよね?本当なら、私の魔力は無くなっているはず……どうして魔法を使えるの?」
リープは黙って顎に手を当てた。私が言いたいことを理解したようだ。
「リープなら………ううん、リープだから分かるよね?最近、私達の人じゃない部分が何かの影響を受けて、力が上がってる。」
「それは……私も実感してた。」
「何かが…起こってるんだよ。それも多分…私達の近くで。」