イエスタ・バルストリス
「……誰ですか?」
アイルは俺を降ろし、同じ様に着地した『男』を睨みつける。
年齢は俺よりも少し上、20前半と言ったところだろうか。パーマがかった髪に、切れ長の目。
そして……漆黒を詰め込んだような黒いコートを肩にかけていた。
「いやー、可愛い顔して結構強いんだねお嬢ちゃん。俺っちびっくりしちゃったよ」
アイルの鋭い視線を全く意に介さず、男はヘラヘラと笑った。
「………」
対象的に、俺とアイルは黙っていた。ただ黙って、相手の動きを観察する。
『魔顕の瞳』でもって、睨みつける。
……相手の魔力は視えない。意図して隠している。
「にしても、お姫様抱っこって……。普通逆じゃん?まあ、それはそれでご褒美ってことで、そちらの男の子も喜びそうだから?それでもいいんだけれどもー」
軽い口調。明るい声音。こいつの第一印象は、『お調子者』だった。
「ちょっとー!そんな怒らないでよー。可愛い顔がーーーだ、い、な、し、……だZE?……ととっ、自己紹介でしたね、失敬失敬」
『コホン』と、咳払いを一つ。
「俺っちの名前はイエスタ・バルストリス。以後お見知りおきを〜ってことで。……早速で悪いんですけどもー、ここさぁーーー通らないで貰える?」
イエスタと名乗った男の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「……このクソみてぇな状況を作ったのはアンタか?」
事件解決へと動いている俺達を阻むのは、『事件』を起こした張本人としか考えなれない。
ならば、問わねばならないだろう。何故街に魔物を放ったのか。そんな事をして、何を得ようと言うのか。
「『クソみてぇな状況』……あぁ、モンスターパレードの事ね」
イエスタはヘラヘラと笑った。
「パレード……だと?」
俺は無性にムカついた。『パレード』に対し、賑やかで明るいイメージを持っていたからだ。
……今の状況をパレードと呼んだこの男に腹がたった。
「人が死んでんだぞ……?何をヘラヘラしてやがるッ!!!」
「そうだねー、いっぱい死んでる。夢を追いかけていた子供も、幸せな家庭を築いていたお母さんも、家族の為に働いていたお父さんも、可愛い孫の成長を眺めていたお婆ちゃんも、みんなみんなみんな。死んで、死んで、死んで………死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んじゃったよ。おー、痛ましいねぇ。ーーーそれで、それがどうしたの?」
あっけらかんと、イエスタはそう言った。『人が死んだ』という状況に、何も感じちゃいない。
「誰が何人死のうとさー、関係ないと思いやしませんか?自分が大切、自分が一番かわいい、自分が死ななきゃ関係ない……っと。みんなそーでしょ?誰だって生きる為には食事とか取るわけで……何かを犠牲にしなくちゃ生きていけない訳ですよ。食事の為なら生き物だって殺すし、邪魔になるんだったら魔物もグサリとひと突きよ。魔物を殺すんだったら、魔物に殺される覚悟をー……ってのは、小悪党っぽすぎるかね?」
「……良く回る舌ですね」
「あら、美少女に褒められちゃった。俺っち感激」
「イエスタさん。貴方の思想なんて、正直興味ありません。わかりやすい言葉を使うのなら……『どうだっていい』」
アイルの魔力が、徐々に高まっていく。
「私達は急いでいるんです。その邪魔をするというのなら……っ!」
「ちょーっとまって!待って待って!!」
殺気だったアイルに向かって、イエスタはブンブンと首を振った。
「俺っちもさ、死神さんと1戦交えたいとか、そんな事は思ってない訳でしてぇ……こちとら"時間稼ぎ"さえ出来ればそれでいいのよ。どう?ちょっとお茶していかない?」
「……ふざけてるんですか?」
アイルはさらに怒りを募らせる。
「連れないなぁー、もしかして、彼氏さんとかいる感じ?可愛い顔してるもんね。胸は少し小さいけど。俺っちは全然気にしないから、乗り換えたりしない?」
「丁重にお断りします。貴方の様な軽薄な人は好みではありませんから」
アイルがチラリと、俺を見た。その意味は……なんとなく分かった。
「あーらら、フラれちゃった……か」
「そういうことです。……サクラくん、私はイエスタさんを倒してから向かいます。先に闘技場へ向かってください。……助けを、勇者を待っている人がいるはずですから」
俺は勇者なんかじゃない。俺には誰も救うことが出来ないか知れない。……心の奥底ではそう思っているが、今ここでそれを言うほど馬鹿ではない。
それに、何もできないから、力がないからなんだってんだ。諦める理由にはならない。
「まかせろ。……アイルは大丈夫か?」
「わかりません」
尋ねると、アイルは正直に答えた。
「彼の力を感じることができません。まるで、真っ暗な洞窟を覗き込んでいるようです」
アイルの言う感覚的な話しは俺には分からないが、イエスタが力を意図して隠しているのは事実だ。
通常、どんな人間だって…それこそ赤ん坊だって魔力を有している。
俺の『魔顕の瞳』は、その微細な魔力を直接見ることができる。
……だけどイエスタの体からは、全く魔力が出ていない。これでは見ることも、感じる事も出来ないだろう。
「ちょっとちょっと!勝手に話し進めちゃってるけどさ、俺っちが勇者を行かせると思ってんの?」
慌てた様子のイエスタが、こちらの会話に割って入る。
「……私が行かせないと思ってるんですか?」
「ふーん。お嬢ちゃん、いい殺気だね。……分かった。勇者は……そーだな。『リア』辺りに任せるとして、俺っちは死神さんと一対一で遊ばせてもらおうかな」
……『リア』?聞きなれない名前だった。任せる。時間稼ぎさえ出来ればいい。
彼の言葉の中に、気になるものがたくさんある。
少なくとも今わかる事は、この事件の犯人は……『モンスターパレード』なんてふざけた事を考え出したヤツは一人じゃ無いということだ。
だが、依然として答えが見えない。一体何が目的だと言うのか。
「サクラくん。行ってください」
アイルの言葉で、思考が中断される。
ーーーいまは考えていても仕方ない。できる事をやらなければ。
「直ぐに追いつきますから」
「待ってる」
短い言葉をかわし、俺は駆け出した。闘技場までの道は覚えている。
「………」
すれ違いざま、イエスタを睨みつける。ヤツは相変わらず、ニヤニヤとこちらを見ていた。
「……ちっ」
俺は舌打ちを漏らす。そして……アイルを信じ、二度とは振り返ら無かった。