ただ一人。君の為の物語。
「姉妹喧嘩と行きましょうか!」
アイラが、妹に向かって叫ぶ。
その手の中には確かな熱量を持った炎の球体。
ってあれ?炎がどんどん大きくなっていくよ?
隣に立っているだけで熱い。とてつもない熱量だ。
それをアイルに向けて投げつけたりするの?やばくない?怪我じゃすまないよ?
怖くなってアイラの方を見る。
その表情は……いたずらを思いついた子供のような、無邪気な笑顔だった。
………本当に、いろいろな顔を見せてくれる。
「いっくよー!アイル!!!」
アイラが手を後ろに回す。本当に投げつけるつもりだ。
「アイル!逃げ………え?」
叫ぼうとしたが、驚きの声が漏れてしまった。
アイルが、ただ突っ立っているだけだったからだ。
俺は別に、武術の心得があったりするわけではない。
だが…アイルの姿勢は明らかに、これから攻撃される人間のものではなかった。
普通なら、身構えたりするものじゃないのか?
だがアイルはいつも通り、手を前で組んで、ただ立っているだけだった。
そして、その表情も。いつものように無表情。
避けたり、受け止めたりする意思が感じられない。
この程度の攻撃では、怪我一つしないということだろうか。
「せい………ヤッ!」
アイラが身体を捻らせ、思いっきり魔法を投げつける。
炎の塊は……アイルに向かって真っ直ぐに……
いや、違う。
アイラはアイルを狙ってなんかいない。
アイラが狙ったのは……
屋敷の廊下と外を隔てる壁だ。
─アイルは、この姉が、自分を攻撃するわけがないと分かっていたのだ。
なんと美しい姉妹愛だろうか。
「って…っ!痛っ!」
炎の塊が壁に直撃する。
壁の破片が飛び散る。痛い、痛いです。
そして…破片が飛び散ったあとには、ちょうど人ひとりが通れるくらいの穴が空いていた。
「サクラ!行って!!!」
アイラが叫ぶ。
「流石に…っ!」
アイルも叫び、そこでようやく、片足を引き俺を捉える準備に入る。
「させないよ!」
すかさずアイラが動いた。俺とアイルの間に入り、アイルを止める準備をする。
「行ってったら!早く!」
再度のアイラの声を聞いて……俺は駆け出した。
逃げるんじゃない。旅に出るんだ。
アイラに最後の別れを告げることも、顔を見る事もしなかった。
その声を聞けば。顔を見れば。
きっと……また別れたくないと思ってしまうから
俺は俯いたまま走った。
「サクラ!」
後ろから、アイラの声が聞こえる。
最後の言葉には似つかわしくない。場違いなほど明るい声。
あぁきっと今。アイラは…
「良い旅を!!!」
俺が一番好きな表情をしているのだろう
振り向き、返事をしたかった。
だがそれは出来ない。
振り返れば、返事をすれば…きっとまた
泣いてしまうから。
そんなのはだめだ。彼女は笑顔で見送ってくれたのだから。
顔を上げ、前を向けよ。
男なんだから、泣いちゃ駄目だろ。
だから……俺は………
振り返る代わりに。
返事をする代わりに。
その右手を、高く高く。天へと突き上げた。