ねーさん
〜ルミナside〜
王都。偉大なる国王が住まうこの街にも、『影』は存在する。
大通りを外れ、細い路地を抜けると……街の喧騒は殆ど聞こえない。
貧困街……とまでは行かないが、どこか古めかしい建物。道行く人々も、険しい表情が多い。
そんな王都の影の中を、僕は歩いていた。
『とある人物』に会うために。
……こうして歩いていると、つくづく実感させられる。僕達にはこっちのほうが似合っていると。
華やかな街並みは眩し過ぎるし、賑やかさはうるさ過ぎる。
「……ふぅ」
約束をしている酒場の前で、小さく呼吸をした。
扉に手をかけると、大した力を必要とせずにそれは開いた。
薄暗い店内を見回す。昼間と言う事もあり、テーブルの殆どが空いている。
……僅かに埋まっているテーブルは、『いわゆる』と言った感じの人達のすがた。体にお絵かきをするのが趣味の連中だ。
そんな中から、待ち合わせをしている人物を探し、店内をあるく。
……いた。カウンターや入り口からは死角になっている場所に、女の子が一人。
燃えるような赤色の髪をした、酒場には似つかわしくない少女。
彼女も、奇異の視線を向けられるのが嫌でこのテーブルを選んだのだろう。
話しかけることも無く、許可を取ることも無く、僕は少女の正面に腰掛けた。
「……あぁ」
彼女は僕の存在に気が付き、小さく声を漏らした。
「ルミナねーさんから呼び出しなんてめずらしーし。ねーさん、なんかあったの?」
抑揚の乏しく、めんどくさそうな声。その視線もどこか気怠げだ。
だが、別段彼女の機嫌が悪いわけではない。これが彼女のーーーリア・シャムロックのデフォルトなのだ。
「ご注文は決まってます?」
リアの問いかけに答える前に店員が現れる。
「あー、じゃあなんか適当にお酒。キモチ良くなれるやつ」
リアの注文を聞いた店員が、微妙な表情を作る。
「お客様……あの……」
リアの年齢は、見た感じ17か18くらい。幼い容姿と言うわけでは無いが、成人しているようにも見えない。
「あー、ジュースでいい。なんか適当に」
店員の心境を察したのか、リアは注文を改める。面倒くさがりな彼女らしい。
「かしこまりました。そちらは?」
「彼女と同じでいいです」
僕の注文を取ると、店員はすぐさま奥へと引っ込んで行く。
しばらくすると、カラフルな色の飲み物が運ばれてくる。口に入れると、とてもとても甘かった。
僕と同じように、飲み物を口に運んだリアは苦々しい表情を作る。
「甘じゃん、激甘じゃん。なにこれヤバたんかよ。まあ、べつにどーでもイイんだけどさ。……それで、なんでねーさんはウチを呼び出したりしたの。珍しいじゃん」
「どうしてサク……第六勇者を襲ったりしたの?」
無駄話なんて必要ない。聞きたい事だけを聞く。
「知らねーし。ウチがやったみたいな言い方辞めてくんない?てか、ねーさん分かってるでしょ?誰がやったのか」
そう、彼女が言うとおりだ。僕には、誰がサクラを狙ったのかわかる。
……他人を操る力。そんな稀有な力を持っている人物に心当たりがあるのだ。
「気にくわなかったんじゃん?いつもニコニコしてる召喚士様が、さ。ヤバたんだとは思うけど、ウチもあいつ嫌いだし、ねーさんだってそうでしょ?」
「僕は別に……。でも、だからってどうして第六勇者を……」
「ムカつくやつを痛めつけるには、そいつの大切なモノを痛めつける。は、あいつらしいじゃん。マジうけるし」
「そんな理由でサクラをっ……!」
リアにあたってもしょうが無いことはわかっている。だけど、怒鳴らずにはいられなかった。
「なに熱くなってんの?もしかして、6番目の勇者に恋でもしちゃたワケ?」
そんな僕の態度を見ても、リアは至極落着いた様子だった。
「好きっ!?……別に僕はそんなんじゃ……」
「だよねー、知ってる。ウチらは、他人にかまってやるほど人間出来てないし」
「………」
「話し済んだなら、帰ってもいい?」
「リアは……。ううん、なんでもない」
口ごもった僕を見て、リアはため息を一つ零す。
「……『モンスターパレード』」
リアは席を立ち上がり、聞き覚えのない単語を発した。
「王都で大きく動くつもりなんだとさ。ウチは細かく聞かされてないケド。ねーさんにもそのうち話しはいくから」
「モンスター…パレード?」
反芻するが、リアはそれ以上教えてくれなかった。
「あとさ。話しやすいからってホイホイ呼び出すのヤメてくんない?ウチだってひまたんじゃないからさ。……ま、ヤじゃないんだけど」
「うん、わかった。ごめんね」
僕の謝罪を聞くと、リアはバツが悪そうに舌打ちをし、そのままお店を出ていってしまった。