向けられた刃 その1
人が空に憧れるのは、翼が無いからじゃない。
……きっと、その手が空には届かないからだ。
人は何処までも貪欲で、醜くて、自分勝手で、きっとその空でさえも欲してしまうのだろう。
誰のものでも無いその空を、手に入れようとするのだろう。
……今あるものを抱きしめる事も出来ずに、持ってないものを、他人のものを羨んでしまう。……人間なんてそんなもの。
だけどね、貴方は違ったの。
醜いものばかりの世界で、貴方はキラキラ、キラキラ輝いていた。……だからね。
ーーーだから私は貴方を……
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……。
…………。
体中を、黒い『何か』が駆けめぐっている。
ドロドロ、ドロドロ。……とても気持ちがわるい。
それはきっと憎しみ、それはきっと悲しみ。
………ただ純粋な"悪意"。
なぜだかわからない。何故そのような感情を向けられ無ければならないのか。何故殺意を向けられたのか。
『あは……アハハハハハハハハハハハハ!やったっ!ようやく殺した!これで『あの人』に褒めてもらえるッッッ!!!』
そのおぞましい笑顔が浮かんだ瞬間。
「ーーーッ!?」
俺の意識は完全に覚醒した。
「ここ…は?」
全身から嫌な汗が吹き出している。グチョグチョに背中が濡れていて、気持ち悪い。
……どうやら俺は、悪い夢でも見ていたようだ。
「……サクラくんっ!」
誰かの声が聞こえたので、そちらを見ると……
「やっと……やっと起きたんですね!」
両目の端に涙を浮かべたアイルの姿があった。
アイルは感極まった様子で俺に顔を埋めてくる。
「ちょ、どうしたんだよ急に」
「だって……だって……。もう2日も寝たままだったから……」
「……え?」
2日も寝たまま?
あたりを見回す。ここはルミナの家の、彼女の部屋のベッドの上だ。
なぜ俺はこんな所で寝ていた?それも2日間。
思考を巡らせ、記憶を辿る。
「……そうか」
そうして、思い出す。
俺の胸に深々と突き刺さされたナイフを。
向けられた醜い笑顔を。
「俺はナナリーに……刺されて……」
アイルは俯き、とても苦しそうに頷いた。
「アイル。なんでナナリーはあんなことを……」
言い終えたところで、『しまった』と思った。
アイルとナナリーは旧知の仲だ。そんな彼女に問いかけるのはあまりにも……
「わかりません。……なにも、わからないんです」
アイルは拳を握り、続ける。
「ナナリーがサクラくんを襲う理由なんてないはずなんです。……今思えば、あの時のナナリーはどこか変でした」
「変?」
「はい。どう言えばいいのか分かりませんが、いつもの彼女じゃなかったのは確かです」
「なぁアイル。詳しく聞かせてくれるか?俺が気を失ったその後を。……アイルには辛いと思うけど……」
それでも、知らねばならないだろう。
俺が命を狙われた理由を。俺がナナリーの魔力の中に"視た"違和感を。
「わかりました。お話しします」
アイルはゆっくりと、2日前について語りだした。