ZYPRESSEN その2
「力を貸してくれよ……アイルッ!」
アイルから貰ったナイフを、力強く握りしめ、視界の先にいる第四勇者を睨みつける。
「ーーーッ!!!」
そして俺は、唯一持っている武器を第四勇者目掛けて思いっきり投げつけた。
まるであの時と……第三勇者の時と同じように。
第四勇者があんなクズ野郎と同じ手に引っかかるとは思えない。だから最初にこの手を使わなかった。
だけどやはり、正攻法では何も出来ない。
どんなに細い糸でも、千切れそうな糸でも……手繰り寄せ、繋ぎ合わせるしか無い。
いくら勇者と言えど、元は俺と同じただの日本人。今はその事にかけるしか無い。
俺の手を離れたナイフは第四勇者の顔あたりを目掛け、回転しながら一直線に進んでいく。
そして第四勇者がナイフに気を取られているスキに、俺自身も距離を詰める。
……先程ナイフでダメージ与えることは出来なかった。だが、いざ飛んでくるとなるとどうだ?
例えばスポーツなんかをしている時。目の前にボールが飛んできたとしたら、咄嗟に目を閉じてしまうだろう。……人間とはそんなものだ。だからきっと、こいつだって。
研ぎ澄まされた感覚によって世界がスローモーションになった。その世界の中を、真っ直ぐにナイフが進んでいく。
ナイフと第四勇者の距離は1メートルをきっている。
だがやつは……全くビビらない。目を閉じたりしないのだ。
いや、それどころか……
瞬き一つしないまま、飛んでくるナイフを軽々と掴みやがった。
「ちっ……」
予想外の反応に、思わず舌打ちをしてしまう。
ビビるだろ、普通。………くそ、化物が!
……いや、落ち着け。第四勇者が予想外の行動を取ったからといって、勢いに乗った俺の体は、急に止まることは出来ない。……このまま行くしかない!
ナイフを受け止めたと言っても、そっちに意識を集中させたはず。ならば、やつの魔力の流れに穴が、身体強化の薄い部分があるはずだ!
俺は右拳を握りしめ、"魔顕"の瞳を持って、肉薄している第四勇者を視る。
そして、探す。魔力の薄い部分を。弱点を。ダメージを与えられる場所を。
探す。探す。探す探す探す。
だが……
そんな場所は『無かった』
「な……んで……?」
握りしめた拳が固まる。指の一つも動きやしないまま、悲痛な言葉が喉をついて出てくる。
魔力の薄い部分?弱点?ダメージを与えられる場所?ーーーそんなもの、第四勇者には存在しない。
最初から分かっていたはずだ。俺が人より劣っていることも、こいつが人より勝っている事も。だけど、いざ眼前に突きつけられると……。
「どうした?なんの為に拳を握ったんだい?」
第四勇者はナイフを掴んでいない左手の拳を握る。
その所作から、言葉から、恐怖や焦りを感じることは出来なかった。
ナイフを……刃物を投げつけられたんだぞ…?たとえそれがダメージになら無いと分かっていても、それ自体が凶器である事は変わらない。俺達の世界にだって存在する、わかりやすい"死の象徴"だ。なのにこいつは……
「そろそろ、反撃と行こうか」
第四勇者は短く息を吸うと、握った拳を俺の腹に突き立てた。
その衝撃に耐えられず…俺は遥か後方へと吹き飛ばされてしまう。
"魔顕の瞳"で視る事のできた魔力の『ゆらぎ』により…第四勇者が『どの部位』で『どこを攻撃してくるか』が分かっていた。だからこそ、ヒットの瞬間に出来うる限りの魔力を腹部に集める事ができた。……その反応さえも遅れていたらこんなモノではすんでいない。きっと俺の腹部には風穴が空いていただろう。
「ぐ……っ、うぼっ…………」
口から液体が流れ出る。血なのか、唾液なのか、胃液なのか。俺にはそれすらも分からない。
ただ一つ分かるのは、俺はもう……立ち上がれないのだろうと言う事だけだ。




