流されて流されて
「前売り券……買ってくれたようだね」
闘技場の扉をあけると、やけに嬉しそうな顔の第四勇者が出迎えてくれた。
あまりにいつも通りの表情に、これから決闘を行うのだという事実が霞んでしまう。
「決闘の相手が出迎えますかね、普通……」
「サクラも見知った顔のほうが緊張せずに済むだろう?」
戯けて笑ったあと、俺の顔をまじまじと見つめる。
「桜の美しさは一瞬だ。打ち上げられた花火のように、咲き誇った花はその後に枯れてしまう。……だけどまた、キレイに咲けたようだね」
き……
キザってぇ……なんで真顔でこんな事が言えるのか。これも勇者に必要な技術だとでも言うのか。
「……めんどくせぇ会話は無しだ。どこに向かえばいい?」
「随分と落ち着いているんだね。怖くは無いのかい?」
「……怖いよ。あぁ、怖いさ。だけど、背中を押されちまったからな」
ルミナのやつ、思いっきり叩きやがって。絶対赤くなってる。
「君もまた、そうなのかもしれないね。………場所は彼女が案内してくれるよ」
第四勇者が目配せをした先には、一人の女性が立っていた。
その姿を見て、俺は『ギョ』っとする。
「お前……日本人?」
そこにいた女性は、明らかに日本人だった。
染めたと思われる人工的な金髪に、少々改造された学生服(スカートが短い)、そして腕にはアクセサリーがついている。……所謂ギャルだ。
「第四勇者パイセ〜ン。この人が例の第六勇者ッスか〜?」
「あぁ、そうだよ。……ちなみに君よりも年上だ」
「なっ!?ほんとッスか!?」
日本人の少女は、第四勇者の言葉に分かりやすく動揺し、落胆する。
「やっと『先輩』って呼ばれると思ってたのに〜……」
彼女の姿をもう一度観察する。
……日本人である事は間違いない。同じ国の人間なら、顔を見ただけで分かる。
そして、この異世界に存在する日本人と言うことは、アイラが召喚した勇者であると言うことだ。
つまりは、王国騎士団ーーー戒める者の隊長だ。
だがしかし、ルミナと同様騎士団の制服を着ていない。それどころか、武器さえも見当たら無かった。
「なぁ、この子は?」
問いかけると、第四勇者が答える前に、日本人の少女が背筋を伸ばす。
そして、『ビシィ』っと敬礼のようなポーズを取る。
「始めまして!私の名前は花弁菘ッス!この世界では第五勇者とも呼ばれておりますです!」
うっわ〜、キャラ濃ゆい……
「と言うことで、第六勇者パイセン急ぐッス!もうみんな集まってるですます!」
そう言うと菘は、俺の手を引き、どこかへ引っ張っていこうとする。
「みんなって誰、集まってるって何!?ちょっと説明足りなくないか!?」
菘は俺の言葉を無視し、ズカズカと進んでいく。
女性とは思えない力だ。
「ちょ、第四勇者!」
呼びかけるが、彼はニコニコと手を振るだけなのであった。
✦✦✦✦✦
「ここは……控室か?」
控室。俺が菘につれて来られたのはここだった。
あたりを見回す。簡易的なベッドが一つとそれから……
防具や武器がずらりと並んでいる。
「この扉をでて真っ直ぐ進むと、なんか……アソコに出るッス!」
菘は、俺達が入ってきたのとは逆の扉を指差した。
「アソコ??」
あまりに不明瞭な説明。俺の頭の中には、いくつもの『はてなマーク』が浮かんだ。
「なんて言うんスかね?こう……実際に闘う場所って言うか……」
そう言いながら、空中に円を書き始める。
「周りが観客席に囲まれてて……こう、砂を敷き詰めたようなぁ……」
「あぁ……」
その説明で理解する。
ゲームや漫画でよく見る、闘技場の内部のような場所だ。地面を掘ったような感じで、段々に観客席が囲んでて……なるほど。口で説明しようとすると確かに難しい。
「もう第四勇者パイセンは待ってると思うんスけど……準備とかは特にいらないスタイルの人ッスか?」
「準備ねぇ……」
部屋に並べられている防具や武器を見てみる。
もちろん、俺に武器の心得なんてない。重たいだけだ。そしてそれは防具も同じ。付け焼き刃で着飾るだけ邪魔になるだろう。ちんけな武装をしたところで、アイツに通用するわけないし。
………それに、俺の目的は、ここに来た時点で完遂されているようなもの。
「こいつで十分かな」
俺は、アイルに貰ったナイフをヒラヒラと振った。
「第六勇者パイセンには……」
彼女が何か言いかけたところで、俺はその言葉を制した。
「あーっと、なんだ?その第六勇者って呼ぶの辞めてくれないか?俺の本名は双葉桜っていうんだ」
俺は頭をガシガシとかいた。
始めはカッコイイとさえ思っていた勇者としての名前も、今となっては……
「分かりましたですます!サクパイッスね!」
「うん、まあ……それでいいや」
色々と言いたいことはあるが、取り敢えずはそこで落ち着かせよう。第六勇者パイセンよりはマシだ。
「それで、何か言いかけてたみたいだけど……」
俺が問いかける。すると『あ〜』っと、菘は手を叩いた。
「サクパイは何か加護を持ってるんス?私の"奇跡の加護"みたいなすんげーヤツ!!」
目のキラキラさせながら詰め寄ってくる。
加護。それは、この世界における特殊能力の名前だ。
先天的に、完全にランダムに天から与えられる能力。俺が知っているものだと……。
違う世界の住民をこの世界に呼び寄せる"召喚の加護"
魔物を意のままに操る"調教の加護"
触れた相手を必ず殺す"必殺の加護"
それと確か、第四勇者が初対面の時に、嘘がわかる加護を持っていると言っていたっけな……。
だが正直それこそが嘘なのだろう。あいつの性格を考えても、あの状況を考えても、本当にそんな加護を持っているのなら、あの場でわざわざ俺にバラす必要がない。
「俺はなんの加護も持ってねーよ」
と言うか先程、菘が言った"奇跡の加護"と言うのが気になる。ちょー強そうじゃん
「え!?何も持ってないんスか!?それで勇者って、大丈夫なんス!?」
「大丈夫じゃないからこうなっているわけで……」
「あー、完全に理解したッス……」
そうだよなぁ。勇者ならすごい加護を持ってないと駄目だよなぁ。
あぁ、第四勇者も持ってるよなぁ。
「って、そろそろ行かないと、パイセン怒るッスよ!?」
「あ、そう言えばそうだな。けど最後に、1つだけいいか?」
「なんスか?」
「なんで菘が、俺の案内役なんだ?こんなの、わざわざ勇者がする事じゃないだろ?」
「それはッスね〜……会って見たかったんスよ」
「会いたかった?俺に?」
俺が問うと、菘は首を縦にふる。
「だって、同じ国の人には会いたいじゃないッスか。………異世界のこと、少しくらい思い出したいじゃないッスか」
そこで菘は、初めて見せる表情をした。
「菘はさ、この国がいままで何をやってきたか知ってるか?」
「それは………はい」
「じゃあなんで、勇者なんてやってる?」
初対面の相手に対して、少々踏み込みすぎただろうか。
菘は一瞬黙ってしまう。そして、意を決したように。
「"空気"ってあるんスよ」
ポツリポツリと、言葉を紡ぎ始める。
こいつだって俺と同じだ。いや、俺よりも年下の女の子だ。
それまでの人生を奪われ、急に勇者にされて。恐怖や不安は計り知れない。
「この世界にも、元の世界にも。"空気"は右から左へ〜左から右へ〜って、流れて行くッス。………そしてそれには、誰も逆らう事ができない」
菘だって、きっと辛い道を歩んできたんだ。……菘だけじゃない。現存するすべての勇者が、その運命を強引に捻じ曲げられてしまった。あの第三勇者だって……。
「皆が美味しいって言うものは美味しいって言わなくちゃいけなし、皆が可愛いって言うものにも、やっぱり可愛いって言わなきゃいけないんスよ。…そうしないと、ひとりぼっちになってしまうんス」
「だから"空気"に流されるままに勇者をやってるのか?」
菘は悲しそうに頷く。
「私、バカなんスよ。だから世界の為だとか、サクパイがこれから殺されちゃうーとか、そーいうのもよく分かりません」
それはきっと、誰だってそうだ。直接触れて、その冷たさを実感することでしか、人の『死』は理解できない。
理解できないからこそ菘は、これから死にゆく俺に、普通に接することが出来るのだ。
「だから、今は流されるッス!この世界で本当に自分がやりたい事が見つかるまでは、流されに流されまくってやります!」
「そっか……」
俺は思わず、菘の頭をなでた。
そして、我にかえり、急いで手を引っ込める。初対面の女性になんてことを…ここが日本なら、事案発生だ。
「レディーの頭を突然触るとか、失礼ッスよ!」
「わ、悪い。いい位置にあったからつい……」
「わー、いい位置とか!?チビであることを暗に揶揄している!?」
「いや、チビって言うほどでも…」
彼女の詳しい年齢は知らないが……年下の女性であるなら、至ってありふれた身長だろう。
「まあ、今回は許してあげるッス。そこまで嫌って訳でも無かったですし」
無かったで寿司お寿司。うん、このギャグは心の中で取っておこう。
「っとと、本当にそろそろ行かないとッスよ」
「だな」
扉を開けて一歩を踏み出そうとする俺を、菘が呼び止める。
「サクパーイ!また会えたら会いましょ!」
「会えたらな」
そして俺は、とてもとても長く感じられる道を、ゆっくりと歩き始めた。