必要と言われる世界で
「ねえ。おかあさん。」
幼い少女が二人。母親であろう女性に問いかける。
美しい金色の髪に紫の瞳をした少女。その二人の顔、髪型はうり二つである。
「どうしたの?」
お母さんと呼ばれた女性が優しく微笑む。
「なんでアタシとアイルはおなじかおをしているのー?」
少女の片方が質問をする。
「それは、貴方達が双子だからよ」
「ふたご?」
今度はもう片方の少女が首を傾げる。
「そう、双子よ。」
「なんでふたごなの?」
それはね…と一呼吸おいて…
「一人じゃ寂しいから双子に生まれたのよ。アイラも、アイルも。二人でいれば寂しくないでしょ?」
二人の少女……アイラとアイルは少しだけ顔を見合わせて
「「うん!」」
年相応に、可愛らしく頷く。
「でも、これだけは約束して。」
なにー?と二人が首を傾げる
「貴方達は鏡なの。どちらかが悲しい顔をしていたら、もう片方も悲しい顔をしてしまう。」
二人はまた、「んー?」と首を傾げる。
よく意味がわからなかったようだ。
「だから、約束。二人でいる時は──ずっと……笑顔でいてね」
─それならば簡単だ。なんせ、二人は仲良し。どこに行くにも一緒。
約束するまでもなく、二人でいれば自然と笑顔になれる、そんな姉妹。
だから元気よく答えるのだ。
──とびきりの笑顔で──
「「わかった!!約束!!」」
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「ごめんね、私の治癒魔法じゃこれが限界。」
「全然大丈夫。血も止まったし、痛みも引いたよ。」
アイラはリープを気絶させたあと、俺の左肩に刺さった鎖を抜いて(めちゃんこ痛かった。)から魔法で傷を癒やしてくれた。
「よし。」と言ってアイラが立ち上がる。
「そろそろ行こうか。」
と、手を差し伸べてくる。
先ほど、ここから逃げると決めた時と同じ状況。
あの時は迷いもなく握った彼女の手を……いまは握れなかった。
「どうしたの?」
アイラが不思議そうにこちらをみる。
「なぁアイラ。俺って死んだほうがいいのかな」
口をついて出たのはそんな言葉。
死。日本では誰もが使ったことある言葉だろう。喧嘩したときに、あるいは冗談で友人に。
でも、今のはそんなのとは違う。本気で…そう思ってしまった。
「ちょっと…どうしたの急に。ここから逃げるんでしょ?」
そう。ここから逃げると決めた。アイラの願いだからと。アイラの為に生きようと決めた。
それほどまでにアイラは輝いていて…眩しくて………他の事が見えなかった。
アイラの願いと…天秤にかけられているのは世界なのだ。
「リープは言ってたよな、世界のためだって。アイラに聞いて理解はしていたつもりなんだ。命を狙われてるって。でも…」
アイラは真剣な顔で聞いてくれている。
「向けられた殺意は…思ってたよりも冷たくてさ…でもその殺意は、私怨とかじゃなくて、この世界のためっていう正義で。役に立たない俺なんかが死んで、他に優秀な勇者が呼ばれるってんならそれは……素晴らしいことなんじゃないのか?」
漫画や小説。ゲームなんかでもよくある話だ。
世界を救うためにはヒロインが死なねばならないとか…そんなのはよくある設定で、もはや古いとさえ思ってしまう。
そんな物語の主人公は言うのだ。
「君を含めて世界だろ!」
「一人を救えないやつに世界が救えるか!」
「君も世界もどっちも救ってみせる!」
と。
とてもかっこよくて男らしい。そして……
無責任だ。
力があればいろんな選択肢があるだろ。
なら、力がなければ?
世界と天秤にかけられたのが、救いたい大切な人だったらそう言う事も言えるだろう。
でも、それが自分だったら?
誰にも……家族にすら愛され無かった俺の命が世界の為になるというのなら。それはきっと……素敵な事だ。
「死ぬのも、痛いのも嫌だ。でもそれが仕方の無いことなのなら、この世界のためになるのなら…………………アイラ?」
顔を上げると、アイラが涙を流していた。
死んだほうが世界のためになる。そんな俺なんかのために。涙を。
「君の……っ!サクラの世界じゃ無いじゃないっ!」
アイラの瞳に見つめられる。
「だって可笑しいよそんなのっ…!なんでそんな簡単に、死ぬ事が素晴らしいなんて言えるのっ!?死んじゃったら全部終わっちゃうんだよ!?」
「じゃあどうすればいいんだよ……っ!」
思わず叫んでしまう。
あまり大声を出せば人がやってくる。そもそもリープが起きてしまうかも知れない。
だが…そんな事を考えられないほどに、頭は熱くなっていた。
「リープは言った…っ!本物の時間なんて無かったって!俺が勇者になれなかったから!!」
この黒い感情を。どうしようもないやるせなさを。アイラにぶつける。
ぶつけてしまう。
「この世界には勇者が必要なんだろう!?俺は必要じゃないんだろ!?そんな俺が唯一必要とされること……それが死ぬことなら…もうそれで…いいじゃないか………っ」
「…………っ!!」
バチン!!!!
長い長い廊下にそんな音が響く。
「え?」
一瞬の沈黙。何が起きたのかすぐに理解できなかったが、ジンジンと痛む頬によって理解する。
アイラにビンタされた。
アイラは変わらず涙を流しているが、どこか怒ったような……いや…?悲しい表情?
「必要じゃ無いなんて……そんなこと言わないで…」
頬をぶたれたせいか。いつの間にか熱くなっていた頭は冷静に……と言うよりも驚いていた。アイラが人をぶつだなんて。
「世界がサクラの死を必要としてるから。だから死ぬって言うのなら。」
アイラが口にする。
俺が。
双葉桜が。
何よりも。
聞きたかったであろうその言葉を
「 ─私が必要とするから生きて─」
コクン…と胸が高鳴る。
元の世界でも、この世界でも。
その言葉を、その言葉だけを望んでいたのかも知れない。
誰かに見られることを、必要とされることを。
「世界のために死ぬと言うのなら。私のために生きて。」
この言葉だけを聞けば、なんと強情な事を言っているのかと思われるだろう。
アイラ一人の願いと世界の意志が釣り合うわけがない。
馬鹿馬鹿しい。
実に馬鹿だ。
でも……嬉しい。
「私の為に生きて。そして、アタシにも誰かが救えるんだって、サクラが教えて欲しい。」
「俺が必要なのか…?」
喉から出た声は……震えていた。
瞳も潤んでいる。
ダサい、恥ずかしい。
女性の前で泣くなんて。
でも、涙は止まらない。止まってくれない。
「うん。私にはサクラが必要。」
「俺じゃなきゃだめなのか…?」
「うん。君じゃなきゃダメみたい」
やっぱりこの人は………光だ。
「サクラ。」
アイラが手を差し伸べてくる。
「もう一度言うね。」
「うん」
「そろそろ行こうか」
一度掴んだ手。
そして………次は握れなかった手。
この世界の悪意に触れ。
リープの、世界の為という意思に負けて掴めなかった手。
この世界にとって俺は間違いなく邪魔な存在だ。
どうやら死んだ方が世界のためになるらしい。
世界を敵に回す。その覚悟がやはりまだ出来ていなかった。
だからリープの正義に怯んだ。
でも…もう大丈夫。
アイラのいった通り。
俺の世界じゃない。
俺の世界は──アイラだ。
だからもう迷わない。迷いはしない。
また俺は……アイラの手を力強く握った。
今度はもう。離さない。